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バッドデイ  作者: ふゆむしなつくさ
マウス・グレイ
2/16

(1)

 乾燥しきった冷気が、被った毛布の隙間から入り込んで肌を刺す。

 その日、窓を締め切っていても隠しきれない真冬の空気にあてられて目を覚ました僕の感情を占めていたのは、完璧な憂鬱ゆううつ一色だった。


 あぁ、勘違いしないでほしいんだけど、僕は本来、起き抜けの気分だけは、そこまで悪くないほうなんだよ。寝ることが一番の娯楽になっているような奴だからね。それに伴ってか平均睡眠時間もどんどん伸びて、今では一日十時間以上は寝ていないと辛い身体になってしまっているけれど、それでも予定の何もない手持ても無沙汰ぶさたなだけの時間を直視しないよう寝てばかりいるもんだから、目覚めの瞬間だけは、大抵いつもすっきりしてるんだ。寝不足とは無縁の生活だね。むしろ、寝すぎで逆に眠いってことのほうが多いと言ってもいい。


 その上で、こと今日に関してはどうして寝起きから沈んでいるのかといえば、まぁ単純な話で、それは今日がクリスマス・イヴの前日、12月23日だからだった。


 世の中に数え切れないほどいるクリスマスを楽しめない連中が、この時期一様に抱いている感慨かんがいを、僕もまた同じようにこじらせているわけだ。参加しなくても咎められない分、まだ優しい季節イベントだとは思うけどさ。


 枕元で充電コードに繋がれていたスマートフォンを起動すると、今が午前の9時27分であることがわかった。他に目に入ったのは度々(たびたび)やっている日雇いバイトの業者からのメールだけで、着信やコミュニケーションアプリの履歴といった表示は、一切ない。


 そのままベッドからもそもそと這い出て、小窓のカーテンを中途半端に開ける。結露けつろした窓を寝間着ねまきそででこすって外を眺めると、ぶ厚い雲が日差しをほとんど遮っていて、そんな時間にも関わらず夕方みたいな薄暗さが町を覆っていた。いつ雨が降り出してもおかしくない、の典型だったな。


 もう一度毛布にくるまって覚めたばかりの脳をゆっくり起こしてから、ベッドを降りて、部屋の目の前にある洗面台へ向かった。普段は大学近くのアパートで一人暮らしをしていて、その環境に慣れてしまっている僕にとって、生活空間の中に自分じゃない誰かがいるというのは中々にしんどいものがあったけれど、妹は今日はまだ高校へ行っているはずだし、母もこの時間は大体だいたい居間で本でも読んでいるか朝終わりの居眠りでもしているはずで、事実、家の中は静かなものだった。ありがたい話だ。


 ぬるま湯で顔をばしゃばしゃ撫で回してから歯を磨いて、適当な服を見繕みつくろって着替えを済ませた。下はベッドの上に脱ぎ散らかしていたワイドパンツだったりするけど、特に気にはしなかった。別に僕の毎日の服装に気を払ってる奴なんていないだろうしね。


 今日これからの予定であるここ最近の僕の日課のことを知れば、見てくれに気を遣わないというのはなんだか矛盾してるんじゃないか、そう思う人もいるかもしれないけど…、恥ずかしい話、近頃の僕は、外見を整えるって行為自体が頭から抜け落ちてきているというか、どこか上手くできなくなっている節があった。


 お洒落をしたければ人に見られる仕事をしろ、みたいな言葉があるけれど、なるほどよく言ったものだと思うよ。言うなれば、その逆バージョンだね。あまりに人と関わらない、人に見られない生活を送っていると、自分を良く見せるっていう考えそのものが、だんだん頭から無くなってくるんだな。

 

 パソコンデスク用の椅子にかけっぱなしだったモッズコートを羽織り、赤茶色のマフラーを無造作むぞうさに巻いて、スマートフォンやら財布やら必要なものをコートのポケットに突っ込んでから居間へ降りると、案の定、母は食卓椅子に腰掛けた状態でうたた寝をしていた。


 卓上には妹の弁当を作った時の残り物だろうおかずが一皿に纏められていて、それは多分僕が起きてきた時用にわざわざ残しておいてくれていたものだったけれど、どうしても手を付ける気にはなれず、僕はそれを無視して直接玄関口へ向かった。食べ物の匂いそのものが胃の底に溜まってもたれてくるような、そんなしみったれた気分だったな。


 玄関扉を開くと、途端に吹き込んできた冷気が、むき出しの手と顔を容赦なく襲ってきた。

 思わずしかめ面になりながら、コートのポケットに左手を突っ込む。家族に黙って吸っている、入れっぱなしの煙草たばこの箱がガサガサと音をたてた。


「行ってきます」


 届ける気のない声量でそれだけ呟いて、静かに扉を閉めた。

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