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バッドデイ  作者: ふゆむしなつくさ
プロローグ
1/16

The Good old days.

 ありきたりな出だしになって悪いんだけど、昔、好きな女の子がいたんだよ。小学校の途中から中学校の最初辺りまでの話だ。


 コヨリって名前の子でさ。転校生だったんだけど、自己紹介の時になるべく誰とも目を合わさないよううつむいてボソボソ喋るもんだから、第一印象は暗い子だなって感じだった。学級担任の教員が渋い顔をしてたのをよく覚えてるよ。多分それくらい愛想あいそのない挨拶だったんだろうな。


 丁度その時は、僕の隣席の奴が少し前に転校していった後でさ。だからコヨリも自然とその席につくことに決まって、僕は彼女の横顔を、すぐに間近で見ることになった。小学生の癖に、もう既に、期待ってもんをどこかに落っことしてきちまったような、なんというか、感情の基本を『寂しい』で固定されたみたいな目をしてて、それがやたらと印象に残ったな。


 その頃、僕は活発な子供でさ、休み時間は数人の友人を連れて必ず外に遊びに出ているような、そんな奴だった。逆にコヨリは、最初の印象通り物静かで、教室でただじっとしていたり、図書室の隅で本を手に取る訳でもなくぼうっと書棚しょだなや外を眺めているような、そんな子だった。性格的には正反対だったはずなんだけど、それなのに、僕らはまるで触れられない何かに導かれるみたいに、急速に仲を深めていった。席が隣だったことや、家がすぐ近くだったことも、要因としてはあったんだと思う。


 朝、通学路沿いの近所の公園で合流してから一緒に登校して、学校ではお互いおもおもいに過ごし、放課後、校門を出たところで待ち合わせて、一緒に下校する。そんな毎日が長い間続いた。


 学校ではほとんど口を開かないコヨリだったけど、二人でいる時はそれなりに話すし、笑うことも多かった。その笑顔ってのがまた魅力的でさ。普段は二人で話してる時も、やっぱりどこか憂いを帯びた目をしてるんだけど、道端みちばたに野良猫を見つけたり、桜の花が枝を離れて舞っているのを眺めたり、駄菓子屋だがしやに寄って安いお菓子を買ったり、そういうちょっとした出来事があった時に、まるで今まで諦めてた事なんて全部忘れちまったかのように、ぱっと笑うんだ。花が咲いたような笑顔、なんてよく言うけど、本当にそんな感じだったな。普段の印象との大きな差が、余計にその笑顔を引き立ててた。


 それがもう半端じゃなく可愛くてね、僕はコヨリのその時折ときおり見せる笑顔が大好きだった。いつだってコヨリの隣には僕がいて、僕の隣にはコヨリがいた。僕達にとって、それはごく当たり前のことだったんだ。


 だから、卒業式を間近に控えた頃、中学に上がるタイミングでコヨリが引っ越すって話を聞いた時、僕は自分でも信じられないくらい、ひどく動揺した。校内で人目もはばからずどういうことかと詰め寄ると、コヨリは物凄く悲痛そうな表情で、「ごめん…ごめんね…」とただ謝るばかりだった。


 それから卒業式までのおよそ一ヶ月、僕とコヨリが登下校を共にすることはなかった。その残された貴重な時間をコヨリと過ごさなかったことは今になってみれば後悔の塊でしかないけど、その時の僕はまだ小さな子供で、そういう自分にとっての理不尽をすぐに飲み下せるような成熟した心は、まだ持ち合わせていなかった。どうしようもなかったんだ。


 卒業式が終わった後、コヨリと別れの挨拶を交わした時も、僕は彼女の顔を、まともに見ることが出来なかった。本当に馬鹿なことをしたと思うよ。せめてそういう大事な節目ふしめくらい、綺麗に済ませるべきだったのにな。


 さて、ここまでで既にそこそこの長さになっちゃったけど、実はこの話は、もう少しだけ続くんだ。


 というのもね、中学に入って二週間ほど経った頃、彼女から突然手紙が届いてさ。コヨリのいない時間に必死で慣れようとしていた僕はたっぷり一週間どうしようか悩んでから、結局それを読んで、その後すぐに返事を書いた。それから僕達は、しばらく手紙のりをしていたんだ。学校での生活とか、慣れない身の回りのこととか、時には髪を切ったことだとか、そういう取り留めのないことを、お互い届いたら二日後までには返事を出しているような早いペースで、伝え合った。


 コヨリからの手紙は、僕が新しい環境に慣れる努力をする上で心の支えになったし、コヨリの方も、どうやらそれは同じなようだった。互いが、互いの居ない状況でも押し潰されずしっかりと満たされていけるようになるために、僕らは手紙という緩衝材かんしょうざいを挟んだわけだ。


 コヨリからの手紙をどころにしながら、中学校での人間関係を出遅れないよう精一杯構築する日々を送っていたら、時間はあっという間に過ぎていった。


 そうして中学最初の一学期が終わり、互いに、もう大丈夫だろうとなった所で、僕とコヨリは夏休みの期間を利用して、最後に一度、会っておくことにした。時期は夏休みの最後の週に決めて、僕の方がコヨリの住む町に電車で向かうことになった。手紙の中にもよく書かれていた、コヨリの住んでいる町が見たい、そう僕が伝えた結果だった。


 当日は少し曇り空だったけど、まだ衰えていなかった夏の熱気が、が隠れることで少しはマシになるって意味じゃ、丁度良かった。宇都宮線うつのみやせんの電車に乗ったのは、その時が始めてだったな。


 朝早くから大体三時間くらいかけて電車を乗り継いで、コヨリがいる町へ向かった。途中の駅で若干迷って慌てたりしながらもなんとか辿り着いてホームへ降り、改札を抜けると、待合のベンチに少し髪が短くなったコヨリがうたた寝しながら座っていた。髪のこと以外はほとんど変わっていないコヨリを見た瞬間、妙な安堵を覚えたな。自分が置いてけぼりになっているような不安や焦燥感しょうそうかんみたいなものが、変わらないコヨリの姿を見て、少しうすらいだんだ。


 顔を斜めに傾け、ベンチの肘掛ひじかけに体を預けて無防備に眠るコヨリに数秒だけ見惚みとれてから、華奢きゃしゃな肩を揺すって起こすと、コヨリは僕の姿を視界に入れた途端大袈裟に驚いて、そでで汗を拭ったり手で前髪を押さえつけて顔を隠そうとしたりしながら、「いや、早く来すぎちゃって、それで…」と言い訳をした。コヨリが落ち着いて、ベンチから立ち上がるのをゆっくり待ってから、二人で並んで閑散かんさんとした小さな駅を出た。


 その後のことは、うまく言葉にするのは難しいけど、今でも隅々まで鮮明に思い出せる。


 陽射ひざしは隠れているはずなのに、未だに肌を暑く撫でる熱気。驚くほどに濃い、土と緑の匂い。途切れることなく響く、重なった蝉の鳴き声。付かず離れずの距離を保つ、二つの影。不自然なほど少なく感じる、建物と人の数。「ハルキ君が来たら一緒に行こうと思ってて」と連れられて行った、古びた駄菓子屋。教えてもらって遠目とおめに眺めた、コヨリの通う中学校の外観。二人でベンチに座ってコヨリの作ったお弁当(お母さんに手伝ってもらったと恥ずかしそうに言っていた)を食べた、人気ひとけのない小さな公園。そしてそれらの中で何よりも近く隣にる、話したり、笑ったり、照れたり、膨れたり、控えめにはしゃいだりする、コヨリの存在――。


 さて、想像以上に長くなって悪かったけど、これで僕の思い出話はおしまいだ。


 いやぁ、自分で言うのもなんだけど、いい記憶だね。コヨリとの最後の一日なんかは特に、僕の人生が一番輝いていた時間といってもいい。大袈裟に思うかもしれないけど、あの時、あの瞬間の自分には、誇張こちょうでもなんでもなく、感じられる世界の全てが掛け替えのないものに思えてたんだ。


 まぁ、不毛な荒れ野の中でぽつんと光ってるもんだから、余計美しく輝いて見える、ってのもあるのかもしれないな。美化してるだろって意見も別に否定しない。


 過去の思い出しか浸れるもののない惨めな野郎の自慢話だと思って、適当に流しながらでも聴いてもらえたなら、それで充分だからね。


 そもそも20年程度しか生きてない僕が人生だなんだなんて、おこがましいにも程があるよ。いくら自分の中ではもう限界だと思うほど長く感じられた20年だったからといって、そんなのはただの個人の感覚だし、客観的に見たら、20年なんてそんなだいそれた数字じゃないってのは、事実だからさ。


 ともかく、あの頃の僕は、綺麗に結晶化したその思い出を糧にして、自分の進む未来に小さくない希望を抱けていた、なんというか前途のある子供だった。


 でも、それはあまり長くは続かなかった。


 それからしばらくして、僕はわかりやすく落ちぶれて、抱いていたはずの前向きな意識や姿勢はその拍子にぐしゃぐしゃに潰れて消え去り、気付いたときにはもう影すら残っちゃいなかった。


 今となっては、どこまでも降って湧き続ける毎日の何があんなに輝いて見えてたのか、逆に不思議に感じられるよ。


 正しい生き方をしていたのは間違いなくあの頃の自分の方だってことは、それこそどうしようもないほど、わかってるんだけどな。


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