第4話 「新星」の「神聖」
大きく飛び上がって魔人の軍隊の中に飛び込んだ。混乱の声が聞こえるのはほんの一瞬、叫び声をあげる前にその軍団は絶滅した。剣にまとわりついた血を払い、アリアは深く息を吐く。
「ちょ、ちょっと! ま、待ちなさいよ……!」
「……体力に自信がないなら本拠地でパパに慰めてもらえよ」
敵を見つけてアリアが切りかかり、後ろから億得てリンがついてくる。先ほどからずっとその繰り返しだ。そんな状況にいい加減にアリアは呆れ始めていた。
「うるさい。私には、私の戦い方があるのよ」
「体力のない戦士の戦い方ってなんだよ」
「それは……」
呼吸を荒くしながらリンは言葉に詰まった。結局何もないのだろう。アリアはわざと大きなため息をついた。
「もう帰れよお前」
「な、何よ! 別に口にしにくいだけで私だって戦おうと思えば戦えるんだから!」
「おいおい、笑わせんなよ? 根拠のない自信を振りかざす奴は死ぬだけだ。死にたくないならせいぜい空っぽの自信を振りかざすんじゃなくて臆病にちゃんと生きる努力だけしてろ!」
「何よ! 根拠のない自身で暴走してるのはあなたじゃない! 一人で勝手に突っ走って死ぬ気じゃないでしょうね!」
「ボクは死なない」
「そういうのをやめろって自分で言ってなかった?」
「ぐっ……」
アリアは言葉に詰まった。リンの言っていることが正論だと思ったからだ。反論の隙も無い。
「兎も角。ガチャガチャいう前に私の戦い方もみなさいよ。本当に根拠なしか判断するのはそれからでも遅くはないでしょう?」
「お前がそれで敵に突っ込んで死んでからじゃ遅いぞ」
「それなら大丈夫よ。別に敵の近くに行くわけでもないから」
アリアは眉をひそめて首を傾げた。てっきりダガーやナックル系の武器を使うのかと思っていた。リンが銃や弓を装備しているようには見えないのだ。大きな胸が持ち上げる黒いコートだがその下に大きな武器を装備しているようには見えない。
「銃とか持ってるようには見えないけど?」
「……」
今度はリンが黙りこくった。そして次の瞬間、暗い路地から燃え盛る火球が飛来する魔法だ。
空気を引き裂く人智を超えた魔法さえ、アリアには意味がない。分厚い剣が火の玉を弾き飛ばしてその場には火の粉だけが飛び散った。
「出てこい!」
「はへぇ。魔法を叩き落しますか……それはそれは……」
ケタケタと笑い声をあげながら、小道の奥から何者かが現れる。全身をボロボロの布で包んだ人物だ。魔法を使ったということは種族は魔人。声からしておそらく男。体は二メートル近いが布の上からでも細身に見える。
「ぶっ殺す! お前は隠れてろ!」
「あ! ちょっと!」
アリアは剣を構えて路地の中に飛び込んだ狭い路地で縦に剣を振りかぶって振り下ろす。重たい金属の塊のような武器が魔人にぶつかる前に激しい金属音を建てた。
「防御の魔法!」
「ご名答ッ!」
敵に伝わるはずだった衝撃が、自分の体を駆け抜ける。しびれに顔をしかめながらも目線だけは真っ直ぐ敵に向ける。
だから、新たな魔法の火炎が産声を上げるのをアリアは見た。
「ーッ!」
「火炎弾!」
ボウッーと、音を立てて炎が音を立ててはじけた。重たい剣を使って火球を防いだのだ。押し殺しきれない爆風が、アリアの体を路地の外に吹き飛ばす。
「あの狭い場所でどれだけ器用に剣を使うのよ!」
「努力のたまものだッ!」
「……ここは私が!」
「ふざけんな! 向こうは魔法を使える。特に防御魔法は実力者のあかしだ! お前じゃ太刀打ちできない!」
慌てて路地の奥に目をやれば一際大きな炎が燃えている。あれはやばい。早く、叩き壊さなくてはならないのに、目の前に立ったリンが邪魔だ。
「舐めないで」
「おい……! お前!」
火球がついに解き放たれて、アリアは目を見開いた。自分たちをとらえる魔法に対してではない。
自分の目の前に立った邪魔者でしかないはずの少女が引き起こした事象。少女の手のひらに生成された大きな水は、次の一言で炎に向かって放たれた。
「水流!」
水が伸びてまるで蛇のようにうなりながら火球をかき消して、真っ白な蒸気を巻き起こす。
「なッ!!!」
「今のは……魔法……?」
有り得ない。魔法を使えるのは魔人だけだ。大掛かりな機械を使って疑似的に魔法を再現することはできるもののリンがそれを使ったような気配はなかった。
「……」
「お前。いったい何を……」
「人間の切り札。新たなる魔法兵器の新星であり神聖なる希望の魔法使い。それが私よ」
リンは自信満々にそう言った。魔法使い……。人間で唯一の。
「詳しくは、あとで聞かせてもらう」
まずは、やつを倒してからだ……。とアリアは構えた。
「えぇ、あいつを倒して生きていられたのなら……ね」
「イレギュラーだ。何としてでも確保する。もう片方を殺してでもな」
中央地区。東南エリア。辺りに狭い路地の伸びる手頃な広場。
「覚悟しろ」
アリアの言葉と共に、戦いの火ぶたが落とされた。