第3話 「戦場」の「死神」
かつて栄えたその街も、今は巨大な廃墟に過ぎない。かつて子供たちが笑顔で駆け抜けたであろう手狭な道を、アリアは風のように駆け抜ける。
背中に構えた巨大な剣を、通路の中で引き抜いた。路地の先、アリアの瞳に映るのは魑魅魍魎の有象無象。粗悪な装備で身を固めた魔人の軍団。
二メートルはある牛に、翼の生えた毛むくじゃら。その姿は多種多様。
関係ない。敵だ。
「!? 死神!」
「敵襲だ!」
狭い通路から大きな路地へ。アリアと目が合った時にはもう遅い。肉が砕ける音と粗悪な鎧がへこむ音。
叫び声がさらに大きな音にかき消される。倒れ込んだ魔人の上に乗って、アリアはその頭部めがけて剣を振り下ろした。
頭蓋が砕ける音がする。大きく振り上げて降ろす。角の生えた大きな顔を原型がなくなるほどに何度も何度も何度も。
「何やってるの!」
アリアの動きを止めたのはリンの声だった。甲高い絶叫のような声が体を貫く。
「……仕事だ」
「止めて。もう死んでるわ。そこまでやる必要なんかない」
きれいな瞳がこちらを見ている。穢れも汚れも知らなそうな純粋な目。下らない反吐が出そうだ。
「覚えとけよ。ここは戦場だ。やるなら徹底的に。忘れんなよ。ここはそういう場所なんだ」
「戦場ならなおさらよ! 必要以上に、個人的な理由で無駄な攻撃を加えるのは愚か」
「何でもいいだろ! 仕事はしてるんだ! ボクがどうしようと勝手だろ? 大体、お前みたいなあまったれがボクに……!」
最後まで言葉を絞る前にアリアはハッと振り向いた。真後ろから飛び掛かって来るのは、小柄な影。緑色の体に棍棒を握りしめた魔人。
他愛もない。斜めに振り上げた剣が魔人の頭部を壁にたたきつけた。
「……一応言うけど私たちは異常な殺戮者じゃないわ。戦士であって……」
「同じだよ。戦士っていうのは殺戮を正当化するための言い訳だ。だからボクはここに来た……」
「あんた、いったいそこまで何で……」
アリアは剣を強引にサヤにしまって、ため息をついた。
「ボクの親は、魔人に殺されたんだ」
「ミライト家。貴女の生まれでいいのよね……。事故、火事で全焼。あなたが唯一の生き残りだと聞いてるわ」
「違う。ボクの家は、あの日確かに魔人によって襲撃を受けたんだ……」
「……何で」
「ソレは、どっち“何で”だ? ボクの家族が魔人に襲撃された件か? それともお偉方がこれを隠蔽した件か?」
「どっちもよッ……そんなの、どっちもに決まってるじゃない」
アリアは、少し考えるしぐさを見せた後、かぶっていたフードを取り払った。全身を包む黒い上着の前を開けてそれを脱ぎ捨てれば、アリアはズボンと白い下着だけという格好になった。
「お前、この格好を見てどう思う?」
「は? いきなり脱いで頭おかしいのかなって」
「体を見てって意味だ」
「胸が小さい」
ドスっと。重たい音が響く。アリアが思いっきりリンを殴った音だった。
「それ以外だ」
「それ以外って、別に。きれいな体だな……としか思わないわよ。細く見えるのにしっかりしてるし、んー、あ、顔もしっかりしてると思うわ。中性的って感じ? そのほかには……」
「あー! もういい! やめろやめろ!」
顔が熱い。叫びながらアリアは言葉を遮った。
「な、何よ。あんたが言ったんじゃない!」
「馬鹿が。傷がないってところをみろってんだよ」
「あぁ」
リンが納得したようにポンっと手をたたくのを見てアリアは大袈裟にため息をついた。
「ボクはあの日、瓦礫の下敷きになって大けがを負った。炎はすぐそこまで来てたし正直言ってもうだめかと思ったよ。なのにボクの傷は完治してる。それがなんでかわかるか?」
「わかるわけないわ。どういう理屈なの?」
「ボクもわかんね」
「はぁぁ!?」
アリアは上着をまといなおしてフードを被った。
「でも少なくともこれは家族代々のものなんだと思う。父ちゃんも、そのまた父ちゃんも……。大けがをしてもすぐに治ってた。だからな」
「血筋に何かあるってことね?」
「おぉ。たったこれだけの情報で良く答えにたどり着いたもんだ」
「まぁ、私も似たようなものだから」
アリアに言わせればそれは皮肉だったがリンが神妙な面持ちでうなずいたのでいぶかしんだ。
「お前も何かあるのか……?」
「私は……」
リンが何かを言いかけた直後、遠くの方で爆音が響いた。そちらの方に目をやればそこから煙が上がっている。
「話の続きは後だな。生きてりゃの話だが……」
「ソレはあんたが? それとも私が?」
「……どっちもだ」
アリアは小声でそう返すと黒煙の上がる方向に向かって駆け出した。戦場をかけるのは復讐の為。自分からすべてを奪った魔人族と、その元凶たる魔人に復讐するために。憎しみだけがアリアの原動力、国のためや人間の未来のためではない。
「横ッ! 気を付けて!」
「いわれなくともッ!」
道の端から飛び出してきた犬の特徴を持つ魔人を一瞬で切り捨てた。命を摘み取るのにかける時間はほんの一瞬。何も敵が弱いというわけではない。
動物の特徴を持っていたり、そもそも魔法を使える魔人は、実際のところ強い。しかし、アリアがそれ以上に強いのだ。
彼女が通った戦場の線上には、必ず魔人の死体が積みあがる。ソレは、戦いではなく、一方的な殺戮の跡である。数多の戦場を渡り歩き、己は無傷で、敵には甚大な被害をもたらして帰還する。その姿を、人はこう呼んだ。
『戦場の死神』……と。