第1話 「最低」の「バディ」
かつて、世界を作った神々は、その世界の行く末を、二つの種族にゆだねることにしました。一つは魔族。強靭な肉体や、獣の力を持つ力の化身。その身に魔力と呼ばれる力を宿し魔法という力を扱える種族、魔人。
もう一つは人間。力はなく、魔法も打てない、か弱い種族ではあったが物を作る力に長け、無限の可能性を秘めていました。
二つの種族は互いに協力し、苦難を乗り越えながらも幸せに生きていました。
しかし、平穏な世界は突如崩れ落ちる。
神々の国はある日突然崩落し、世界には絶望が満ちた。神々の国に封じられていた六つの災厄が解き放たれたからだ。
災厄の力をその身に宿した魔人と人間は悪夢のような力で世界を蹂躙していった。人々は、彼らをこう呼ぶ『反逆者』と。
平和というのは常に絶妙なバランスの上に成り立っている。そんなありふれた、戦記でも見れば一ページ目に書いてありそうな言葉は、実感して初めて重みをます。生まれて初めて、崩落する平和を見て、初めて痛感するのだ。
あたりは火の手に包まれて、もはや逃げ道はどこにもない。吸い込む空気は熱く、世界を燃やす炎は自分の眼球すら燃やしてきそうだ。
「ぁ……」
火炎の向こうに手を伸ばす。成り立っていた平和を、崩落させた犯人へ。
巨大な影、火炎の向こうに見える。そこに向かって手を伸ばす。体は動かない。それでも、強引に、そこに向かって。
「……ぁく、ま……ッ!」
崩落の炎は激しさを増していく。それ体をも焼き尽くす。明確な死の気配を隣に感じて、それでも、誓う。復讐を、すべての元凶である魔人が、こちらを見て笑った気がした。
不規則に揺れる馬車の中で、アリアはフードを深くかぶりなおした。
大陸ファーイスト。魔人との紛争地帯となっている『中央地区』に向かっている馬車の中。国中から集められた精鋭たち。
アリアを含めて計六人。誰もが黒いコートを身にまといフードで顔を隠しているそれぞれが自分の隣に武器を置いて向かう戦場の状況を考えて精神を集中させていた。
「ねぇ、君」
「……」
「ねぇ、ねぇったら」
うるさい奴だ。ちらりと目をやればフードの下にある顔がこちらをのぞき込んでいる。 フードのむこうに見える美しい金髪と青い瞳。服越しでもわかる程に大きな胸。とても戦えるようには見えない。
「……」
「ねぇ、聞いてるの。白髪ショートの貴女~。赤い瞳のきれいな貴女」
如何やら話しかけてきているのは勘違いでもないらしい。別に人と話す気分ではなかったが無視するのも面倒そうだ。アリアはため息をついてから隣を改めて見直した。
「何の用?」
「いや、ちょっと、緊張しちゃって、お話したいなあって思ったのよ」
「……いいか。これはお前のためを思って言うんだが、お前みたいな甘ちゃんは向こうに着いたらそのまま帰った方がいい」
「な、なによ! 何もそんないい方しなくったって!」
立ち上がった少女が感情をむき出しに叫ぶ。アリアは自分よりもほんの少し背の高い少女をにらみ上げて軽く胸を突いた。
「なめんなよ。ボクらがこれから行くのは戦場なんだ。魔人を片っ端からぶっ殺す気概もなく何が緊張したからお話だ。なめんなよ!」
「はぁ! 何よあんた! 私を誰だと思ってるのよ!」
「知らないな。それに、これから行く場所にお前がだれかとか関係ないからな。覚えとけ、ボクらは魔人をぶっ殺す為に国から正式な依頼を受けた戦士なんだ」
「な、何よ……!」
不規則な揺れが少し大きな揺れの後に止まる。
「目的地に到着しました。外に出てください」
馬車の外から男の声が聞こえる。少し意識すれば感じるのはむせそうな程の血と死の匂い。
「話はこれで終わりだな。緊張はほぐれたか? せいぜい死ぬなよ」
背の高い女を突き飛ばして、アリアは馬車の外に飛び出た。真っ先に目に入るのは曇天と、幾つかのテント。
「よくぞ来てくれた勇敢なる戦士諸君!」
向こう側から人影が近づいてくる。白いコートのような礼装に身を包んだ初老の男だ。覇気の無いやつれた男。彼がアリアたちを徴収した張本人である『中央地区』における人間と魔人の抗争。その全軍指揮を任された最高責任者。名前はグロウツ・ファーリン。
「お父様ッ!」
戦場に似合わない弾んだ声。こんな声をこの場で出せる奴なんか一人しかいない。ため息交じりに怒りを隠さず、声のした方に目をやれば案の定である。金髪の少女がグロウツに勢いよく飛びついた。
「ぅお……。困るよリン……。こういった場所で指揮官とか、せめてグロウツさんとかで呼ぶように何度も言っているだろう?」
薄幸そうな顔に困った表情を浮かべて飛びつく少女をたしなめている。
あの今にも折れそうな体でよくもまぁ女性にしては大きめでスタイルのいい彼女を受け止めあれるものだと、アリアは少し感心した。
そしてそれと同時にあきれる気持ちが強くなる。
「呆れたもんだな。お前親父に会いに来たってわけか。ココを何だと思ってるんだ?」
誰が何を言うよりも早く、アリアが嚙みついた。
「別に。それだけじゃあないわよ。一応腕っぷしもあるのよ。少なくとも見るからに弱そうなアンタよりも強い自信あるわよ」
その言葉にあたりが一気にざわついた。
「おいおい、マジかよ……」
「アイツ、アリア・ミライトに喧嘩売りあがった」
「死神アリアに喧嘩売るやつ初めて見た……」
『死神アリア』幾つもの戦場を渡るうちに、それがアリアの通り名となっていた。別に名声が欲しかった。というわけではなかったアリアにしてみても自分が魔人を多く殺したという証明は気分が悪いものではなかった。
「死神……あんたが?」
「流石に知ってるか?」
「名前くらいはね」
「そういうお前はリン・ファーリンだな」
「やっぱりシンセイのリンなのか」
「あのリン……」
ざわつきがアリアを中心に広がっていく。『死神』と『シンセイ』。姿は兎も角その通り名を知らないものはいないだろう。それほどまでの有名人だ。特にリンは……。
「ゴホン! 騒ぐのは終わったかな……?」
グロウツが咳払いをしてから話し始めた。今にも消えそうな声質と枯れかけのような声。だというのによく通る声だ。とアリアを含めてその場にいた誰もが思った。
「えぇ、どこまで話したかな。あぁそうだ。先ずはここまでご足労いただき感謝している」
グロウツは体調が悪そうに咳をしながらゆっくりと話す。
「諸君も知っての通り、この大陸ファーイストにかつて存在した王国が魔人の裏切りのよって壊滅し、我ら人間と戦争に突入してより百年。戦況は悪化し続けている」
長い口上が始まった。この大陸に栄えたファーイスト王国が魔人の卑劣な裏切りによって滅び、戦争に突入したことなど子供でも知っている常識だ。
「大陸の各地で広がる戦火を止めるには、最早攻めの一手を打つしかない。この大陸の中央を制した方が、百年の戦争に終止符を打つ」
それも知っている。ファーイスト大陸は現在、東西に各陣営か本拠点を置き、領土を奪っては奪い返しを繰り返している。
そしてこの『中央地区』はかつて王国として栄えた場所だ。今はすっかり風化してしまってはいるが当時作られた壁などはそのままである上に何よりも地の利がある。ここで勝ったものが百年に及ぶ戦争の勝者だろう。
「ぇえ。要するに、君たちはこの戦争の切り札であり。えぇ。まぁそういうことだ。さてと、ここからが本題なわけだが」
ようやくか。自然と体に力がこもる。
「敵の力は強大だ。そこで君たちにはこれから二人一組のチーム。即ち」
「バディをくめってことね」
リンが言葉の先を引き継ぐとグロウツは咳をしながら頷いた。
「君たちはバディを組み、互いを支えあって戦ってもらう。きっと更なる成長の起爆剤になるはずだ」
アリアは内心ため息をつきながら馬車に乗ってきたリン以外の四人を見た。体を隠し、顔が見えなくともわかる、おそらく全員が相当の手練れ……。
いや、自分の足さえ引っ張らないなら誰でもいい。添いいう意味なら。
アリアは次にリンを見た。コイツ以外ならば誰でもいいのだと。
「ついては君たちの適正を加味したうえでバディはこちらで決めさせてもらった。というわけでまずはアリアくん、君のバディなのだが……」
きた、と、アリアは息を吐いた。
「リンくん」
「今なんて?」
一瞬時が止まった。グロウツは疲れ切った眼でこちらを見ている。そして次にリンに目をやった、するといやそうな顔の少女と目が合った。最悪だ。コイツ以外ならだれでもよかったというのに。よりにもよってコイツ……?
「一応言っとくわ。よろしく」
「ボクはお前みたいななめた奴とよろしくするつもりなんかない」
「あら。ソレは私もだけど? まぁ社交辞令ってやつよ」
「そうか。じゃあボクもよろしくしとくとするか」
いつの間にか差し出して来ていたリンの右手を、アリアは強く握り返した。見た目より強い握力に顔をしかめながらアリアは表情だけで笑った。
ちぐはぐで最低最悪のバディが、ここに生まれた。