零の巻:伊賀と甲賀と滋賀
◆はじめに!
このお話の時系列は本編【第30話】が終わったあたりです。
ちょっとネタバレがあるかもしれませんので 未見の方はご注意を……。
「食らうがいい。鬼忍法・灼熱火遁」
かつて近江と呼ばれた滋賀県に点在するとある川の上流、その河川敷にて。赤や白の装束をまとう忍者と、青や黒の装束をまといし忍者が激しくぶつかり合っていた。両者に共通している点は、男女2人組かつ、どちらも単なる忍び装束ではなく高度な技術が使われた――メカニカルなものを身にまとっていたことだ。
「鬼忍法・波乱風遁! そして鬼忍法・雷霆嵐!」
「ッ! これが望月家と水口家の力……」
「甲賀の『ニンジャテックスーツ』がこれほどまでに潜在能力を引き出すとは……」
精神エネルギーに由来する力によって発現した巨大な火柱が上がったかと思えば、直後に激しい竜巻と荒ぶる稲妻が降り注いで赤と白の男女を襲う。敵対者のあまりの力量を前に、白装束の女忍者と赤いパワードスーツの男忍者がそろって言葉を洩らす。ニンジャテックとはきっと、彼らに伝わる特別なハイ・テクノロジーのことを示すのであろう。2人が言及していた敵は反対側に立ち、同様のスーツをまとっていた男のほうは、毒蛇の意匠がある仮面を展開して素顔をさらけ出した。
「伊賀とは違うんだよ伊賀とは!」
火花だけでなく花びらが舞い散り、双方ともに激しく斬り結んでいた中で甲賀忍者の男が高らかに叫ぶ。三重の伊賀忍者、滋賀の甲賀忍者、彼らは長きにわたる宿敵同士の間柄だ。その長い歴史の中で手を取り合ったこともあったが、敵同士である事実に変わりはなく、今も互いの正義のために戦いを続けている。
「世の中、単なる善悪の二元論では割り切れないことは、お前たちもよく知っているだろう……。伊賀の『綺来也』」
そう、青いパワードスーツをまとう女戦士アブソリュートゼロ……こと、『アデリーン・クラリティアナ』が自由と平和のために巨悪と戦っていた時、彼らもまたそれぞれの譲れないもののために戦っていたのだ。裏側から国家を、平和を守るために――。
「何が言いたい。ここまでやっておいて……」
「では、シンプルに。直球ド真ん中に! 言わせてもらおう。……いかなる時も、お前たち伊賀忍者ばかりが勇者で、英雄だった。だが我ら甲賀忍者は、ほぼほぼ悪のレッテルを貼られてきたのだ。栄華の裏で……」
素顔を出した銀髪の男が、胸中で渦巻く複雑な感情を口に出して左手を握りしめる。なおも攻撃をしかけようとしたのを見て伊賀の男が止めようとしたが弾き飛ばされ、その前に凍てつく風を吹かせながら甲賀の女忍者が立ちはだかり鉄扇を向けた。腰には専用の忍び刀も差している――。
「滋賀の桜太夫! あなたにもわかるでしょう」
甲賀の男の側近と思われる黒い着物の女が、彼に便乗する形で滋賀の女忍者へと投げかけた。言われた側はその言葉が引っかかったのか、唇を噛みしめる。挑発する目的だが、本心は隠しながらも感情は微かに見えており、滋賀の女にとってはそれがつらかった。
「ちゃうねん、『氷華』ちゃん。ウチら滋賀忍者もそのことは重々承知や、せやから争ってばかりじゃアカンって話になってたやろ……」
忍びの者の2大勢力の戦いの裏に彼らの存在あり。甲賀市を拠点とする甲賀忍者のほかに、かつて近江と呼ばれた滋賀にはもうひとつ、歴史の裏側を歩んできた者たち――甲賀以外の地域、つまり県全体を守る滋賀忍者が存在していたのだ。それが『桜太夫』と呼ばれた女忍者・『結衣菜』と、その仲間たちだ。
「……結衣菜、あなたのことは大切なお友達だと思ってるけれど。私は幻ノ介之烝様の味方でもありたいの」
わかってはいたことだ。だが、彼女のその感情はそう簡単に割り切れるものではない。先ほど幻ノ介之烝が述べた考えと同じように、だ。
「親友同士を仲違いさせて! それもまた、手段を選ばないゆえのやり方か? 水口幻ノ介之烝ッ」
「氷華自身が望んだことだ! お前は単純すぎるんだよッ。鬼忍法・折鶴吹雪」
幻ノ介之烝が印を結んだとき、彼の精神エネルギーに呼応して発生した七色の折鶴が無数に飛び交い、綺来也たちを攻撃する! 攪乱も兼ねたその忍術で2人を圧倒した後、彼と望月氷華は踵を返さんとした。
「どこ行くんや!」
「ええい! わからんのか。わかれよ、滋賀の同志!」
しがみついてでも止めようとする白い忍び装束の結衣菜を、幻ノ介之烝は振り払う。その顔は不快に思った顔ではなく、「できればこういうことはしたくない――」という表情だった。それもまた、互いに同じものであろう感情が表出していたのだ。
「我々にはやらねばならぬことが山ほど、否……滋賀の湖沼の数ほど存在する。じゃあな、同志・結衣菜よ。そして伊賀者の頭領!」
「これにてドロン!」と、閃光を伴う煙玉を爆裂させて幻ノ介之烝たちは去って行く。望月家の氷華が自分たちのことを切ない瞳で見つめていたのを、結衣菜は見逃さなかった。
「いつものことやけど。あの子ら、また本心を隠しとる。上層部に無理矢理戦わされてるとかかな」
彼女たちから見た雲の上の存在の中には、甲賀そのものの将来を背負う彼らの親族も少なからずいるのだろう。それゆえに結衣菜も、綺来也も歯がゆさを感じていた。
「だが、俺たちだけではどうしようもない。ネコの手でも借りられたらいいんだが……」
「……それやわ、綺来也さん!」
ひらめきは突然に――。先ほどまでうつむいて沈んでいたにも関わらず、忍びの頭巾とハチガネを外した結衣菜に笑顔が戻る。桜色の髪と合わせてまぶしく、ほがらかだった。
「え!?」
「ウチらにはヒーローさんがいる。正義のスーパーヒーロー、アブソリュートゼロさんとその仲間たち!」
縁もゆかりも無く、アポイントも無いのに、結衣菜はどうやってそのアブソリュートゼロに助けを求めようというのだろうか。綺来也はその点が引っかかって、結衣菜からの提案に乗り切れないでいた。――だが、人々が認知しているように忍者の情報網は侮れないものがあり、実際に彼女はアブソリュートゼロたちの素顔の写真も確保していたのだ。
「問題は、言い方悪いけど待ち伏せするか、同盟の誰かにお使いに行ってもらうかやね――」
綺来也があれこれ張り切っていた裏で、既にそこまで結衣菜は想定していたのである。