第九十六話 対クラーケン戦・後編 ~決着
「おにいちゃん。水を戻して。直接斬る」
俺はうなずいて、引かせた水を元に戻した。
マティが高速でクラーケンに向かって行き、剣を抜き放ちざまに素早く斬りつける。
「……!」
だが、クラーケンの本体に大きく切り口が開いたものの……
その傷はすぐに閉じ、治っていく。
今度はレリアがクラーケンの周りを泳ぎ回って『どろどろ薬』や『ばくはつ薬』を振りまいた。
しかし、
「だめ、治ってっちゃうー!」
「自己修復能力か……どこか、弱点はないか」
クラゲは脳も心臓もないというが、クラゲではない以上、そういう器官はあるはず……
「マティ、鑑定を」
と言おうとしたとき。
クラーケンに剣を打ち込んでいるマティの後ろに、クラーケンの触手が伸びていた。
地面に這わせた触手を、建物の影から回していたのだ。
「マティ、後ろ!」
だが遅く、振り向いたマティの体に向けて、触手からバリっと電撃のようなものが走る。
そしてまたレリアにも、後ろから伸びた触手から電撃が。
「マティ! レリア!」
並大抵の魔法なら、疑似オリハルコン製の水着を通さないはずだが……
電撃を食らった二人は、意識を失ってだらりと手足を伸ばし、海中に浮かんでいる。
「今、行く! ……?」
しかし、二人はすぐに意識を取り戻したようで、頭を上げた。
安心したのもつかの間……二人の目は、赤く光っていた。
その赤い目は、敵意を込めて俺に向けられている。
「しまった。洗脳ってやつか」
またしても、クラーケンは自力で戦う事を拒否したのだ。
そして次の瞬間、マティが高速でこちらに向かってきたかと思うと、剣を打ち込んできた。
俺は水を操り、マティとの間に密度を上げた壁を作る。
そこへ突進したマティはぼよんと受け止められ、弾かれた。
「【清く、可愛く、取り除く】、『覚醒』!」
ブーストした覚醒魔法をかけると、マティは頭を振って俺を見た。
その目に赤い光はなく、元に戻ったようだ。
しかしすぐマティは泣きそうな目になり、
「ごめん。おにいちゃんに斬りかかるなんて。あたし。最低」
「大丈夫だ。マティは悪くない……大丈夫。
……レリア?」
気づくと、レリアの姿が消えている。
直後、俺の首が後ろから誰かに絞められた。
「ぐっ、レリアか」
レリアが『とうめい薬』を使って、俺の後ろに忍び寄っていたようだ。
振りほどこうにも、ファニーの力だとなかなかそれが出来ない。
マティも、見えないレリアを傷つけずに引き離すにはどうすればいいか、迷っている。
「え、えーと? ここら辺、かな。
あ、見つけた。これ、レリアさんのお尻だね」
俺の腰にしがみついていたリリアーナが、俺の後ろの空間を手探りし、レリアの体に触れたようだ。
すると、レリアの手が力を失って離れた。
「【生物操作】でレリアの体を動かしたのか! 助かった」
「そ、そう。よかった、またお姉さまの役に立てた!
こ、今度は、お姉さまのお尻を触らせてくださいね!」
「それはだめ」
「わーん!」
わーんじゃない。
俺はレリアがいるらしい場所に向かって、ブーストした覚醒をかけた。
見えないがレリアは正気に戻ったようで、
「あれ……? あれ!? さ、さっきはごめんね、シルヴィアちゃん!
あ、あたし……ん? んー!? あたし、もしかして裸!? やぁーん!」
と慌てたような声が聞こえてきた。
完全に姿を消すには着ているもの全部、脱ぐ必要があったんだった。
見回すと、レリアが脱いだ水着と、人魚の足ひれが海中に浮かんでいる。
「あ、あれ、沈んじゃう! たすけてー!?」
足ひれなしだと、上手く泳げないか。
レリアの、あわあわしながら手足をばたつかせてる様子が、目に見えるようだ。
いま目に見えたら困るけどな……全裸だし。
「レリア、どこだ?」
今のままだと、防御力ゼロだ。
クラーケンを警戒しながら、手探りでレリアを探す。
「こ、ここー!」
そっちか、と手を伸ばす。
と、手がむにゅっと何か柔らかい、ささやかな膨らみのようなものを掴んだ。
「きゃん! そ、そこは胸だよー……! えっち!」
「ご、ごめん!」
マティが水着と足ひれを回収して持ってきたので、見えないレリアに渡し、また着けてもらう。
何もない水中で、ひとりでに水着が動いて、見えない人体に着用されていくのは妙な光景だ……
「こっち見ないでー! ばかあ!」
な、何も見えないのに!
俺は、崩れた都市の上で揺らめいているクラーケンに目を向けた。
クラーケンは自分の作戦が失敗したのを認識しているはずだが、やはり変わった様子はない。
相変わらず何もしゃべらず、リアクションも無い……
いや、やつは触手を海底にはわせ、いつでもこちらの誰かに洗脳攻撃をする準備をしていた。
こちらの隙を、いつでもうかがっているのだ。
「よくも、レリアやマティを操り、私を攻撃させたな……!
私が被害を受けたというより、レリアたちの心に傷を負わせた! それが許せない!
どんだけ回復しようが、仲間を呼ぼうが、意地でもぶっ倒す!」
とはいえ。
大抵の傷を即時回復してしまう奴を、どうやって倒すか?
一瞬にして消滅させるなら可能かもだが、クジラ百頭分のデカさはやっかいだ。
「鑑定の結果。クラーケンの脳みそ兼心臓。核を見つけた」
そこを仕留めれば、回復させずに倒せると?
「でも。常に体内をぐるぐる動いてる。狙うのは難しい」
なんて面倒なやつ。
「リリアーナ、アレ食べられない? 一部で良いから」
と、軽口をたたいてみる。
「く、クラーケンを!? い、いくらお姉さまのお願いでも、無理!
せめて、お姉さまのお胸を、い、一日中触りまくれる権利でも貰わないと!」
権利あげたら食うんかい。
……とはいえ、本気でそう言う事はさせられない。
いや、胸を触らせることじゃなくて、あんなもんを食わせることが、だけど。
「クラーケン。人体に猛毒」
マティが報告した。
つくづく面倒な生物だな。
「全身毒、自己修復能力、移動する核……
一部分を攻撃したところで、無駄。
であれば。どこに弱点があろうと、関係ない攻撃を思いついた……
【強く、可愛く、神々しく】、『ウォーターショット』」
三叉神槍を再発動。
俺の腕に激流が渦巻く。
そして俺は、両手のひらを胸の前で、間に距離を開けた状態で向かい合わせた。
「水圧。増大」
少しずつ、手のひらどうしの距離を縮めていった。
クラーケン周囲の水圧を、じわじわと増やしていく……
「深度五百……深度六百……」
クラーケンに変化はない。
しかし、
「千……二千……
五千……六千……!」
ぐぐぐ、と少しずつクラーケンの大きさが縮み始めた。
抗うように、クラーケンが触手を振り回す。
すると、クラーケンの背後からシーサーペントや巨大サメ、イカなどが出現。
しかしクラーケンの周囲の高圧に巻き込まれ、次々と潰されていった。
「八千……」
べこん! とクラーケンの一か所がへこんだ。
連鎖的に他の場所でも、次々とへこみ始める。
「……一万!」
ばしん、と手のひらどうしを打ち合わせる。
水圧はついに、深海一万メートル級の圧力に達した。
瞬間――クラーケンは全身をぐしゃりと潰され、
「GWOOOOOーーーNNN!」
クラーケンのと思われる、叫びのようなものが深海に響いたかと思うと。
ぼしゅっ! 玉になったクラーケンは虹色の光芒を放ち、消えてしまった……!
「や、やった! お姉さま!」
クラーケンは圧壊し、海の藻屑となりはてたのだった。
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