第九十二話 シルヴィアの結婚式? ~首都決戦開始
――婚姻の儀は、粛々と進んでいた。
人魚国の祭司長による、
「この婚姻に異議はないか」
「二人は海の女神、マーリーナの祝福を受ける決意があるか」
などという、いくつかの質問に花嫁と花婿が「はい」と答えていく。
……まあ、その花嫁は俺なんだが。
純白のドレスに身を包み、半透明のヴェールで顔を隠し、うつむきながら質問に静かに答える。
対する花婿の半魚人のドグラス皇子は、非常に面倒そうに、適当に質問に答えていた。
――作戦開始、十分前。
「とっても綺麗! シルヴィアちゃん!」
「良い。羨ましい」
ウェディングドレスを着て、くるっと一回転してみる。
腰から足元にかけてのスカート部分がふわっと広がった。
肩口にはフリルをたっぷり、腰の後ろにはリボンがあしらわれたデザインだ。
「どう……かな?」
レリアとマティが、ほうっ、とため息をついた。
やっぱり、この衣装は女の子のあこがれなのかな。
まあ正直……少しテンションは上がっている。
しかしまさか、俺が真っ先に着る事になるとは。
とりあえずまだ、マリエッタマスクはつけていない。
リリアーナは鼻を抑えていた。また鼻血出したか……
「お手数をかける。面倒な役を押し付けてしまったみたいで」
マリエッタ姫が申し訳なさそうに、頭を下げた。
「いや、まあ貴重な経験だよ、これも……」
俺はそう言って、マスクをかぶる。
「うう。私がもう一人いて動いているみたいで、少し落ち着かないな。
とりあえず予定通り、事は進んでいる」
とマリエッタ。
皇子は神殿の所定の場所につき、待機中だ。
クラーケンはゆっくり、こちらに向かっているらしい。
遠目で見たが、言われる通り、かなりの巨体だった。
さすがに神殿には入れないため、ある程度離れたところに落ち着くのだろうが……
「式典で時間を稼ぎ、引き付けるだけ引き付けて、一気にやってしまおう」
という経緯で、今に至るが……
いよいよ、契りの儀式……二人の顔を近づけてアレを……っていう。
そこまで進行しても、クラーケンは一定距離を保ったまま、近づいてこない。
慎重なやつ。
仕方ない、ここで一つ始めるとするか。
たとえマスク越しでも、あんな皇子と、なんてごめんだからな!
「では。お二人には、誓いの……」
「ゲハーッ!」
もう我慢ならん、といった様子の皇子が祭司長の言葉を待たず、鼻息荒くこちらを見た。
「オマエ、俺ノ、モノニナレ……!」
唸るような声をあげ、両手を広げて飛び掛かってきた。
いや、襲い掛かって来るというのが正しいか。
なので、これは正当防衛って言っていいよな。
「【強く、可愛く、いちはやく】、『アイスミサイル』!」
中レベルに強化された氷魔法が、多数の氷のつぶてとなり、凄まじい速度で皇子を撃つ。
「グガガガゲゴーッ!?」
全身をボコボコにされた皇子が、断末魔の声を上げて吹っ飛んだ。
それを合図にして……
建物(幻)の壁の中に潜んでいた、マリエッタ姫とその親衛隊たちが、武器を手に次々と現れた。
そして神殿内にいた半魚人たちを、あっという間に全滅させる。
「この結婚式は、無効だ!
私はイブリ・クスの者たちが、我が領土に立ち入る事を拒否する!」
と、三つ又の槍を高く掲げ、遠くにいるクラーケンに向かって突きつけた。
「海の神々よ……私たちに力を! 進めー!」
いっせいに、マリエッタの部隊が神殿内から飛び出していく。
街の外に待機していた主力部隊がようやく動き出し、戦闘準備に入った。
しかし、いきなり皇子という指揮官を失った部隊の動きはにぶい。
そこへ、マリエッタたちがときの声をあげながら、一丸となって突っ込んでいった。
「うおおおおーっ!」
「グゴゴゴー!?」
突き出されるマリエッタの三つ又の槍に、ひとり、またひとりと半魚人が突き刺され、屠られていく。
「ヤレ! ヒルムナー!」
彼女へ向かって、何体もの半魚人が殺到していった。
しかしマリエッタは、ふりおろされる半月刀を受け流しながら、槍を水車のように振り回す。
それに巻き込まれた半魚人たちは次々と吹っ飛び、なぎ倒されていった。
半魚人の付けている鎧兜も、あっさりと砕かれ、全く用をなさない。
「……すごい。シルヴィアのかけてくれた『強化』、これほどの威力を発揮するとは!
今まで使っていた武器が、まるで別物……! 伝説の海神が使う槍さながらだ!
勇気すら湧いてくる!」
ぐっ、とマリエッタは槍を握り直し、ふたたび半魚人たちの群れに突入していった。
▽
「お、おお……!」
マリエッタの様子を、幻の建物の中から遠巻きにうかがっていた王から、ため息が漏れた。
「見よ、我が娘の、あのさまを……!
まるで、我が妻、カーリナのようではないか……!」
「ええ、かつて、王と肩を並べて戦った、お妃さまのような戦いぶりでございます……!」
レイヨじいも、ヴィルホ王の言葉にうなずき、震えが止まらない様子だ。
「忘れていた。あの頃の、勇気と希望を。
わしはカーリナを失い、この世は暗黒のように感じていた。
だが、光はまだあった。我が娘……!」
ヴィルホ王は拳を握り直し、うつむきがちだった顔を上げる。
「わしは愚かな王だった。だがようやく目が覚めた気分だ。
わしも、行くぞ……! 娘と肩を並べ、戦うのだ。
付いて来てくれるか、皆の衆……!」
そばに居た、王を守る親衛隊たちに呼びかける。
「もちろんでございます!」
「お供いたします! 王の目には、かつての勇気の炎が燃えておられます!」
うおおおお、と皆が槍を天に突き出し、雄たけびを上げた。
「すまぬ! いや、ありがとう! この国を、憎き半魚人どもから守り抜くのだ……!」
▽
「マリエッタたちのあの戦いぶりなら、加勢する必要もなさそうだ。
……おっと、ヴィルホ王も参戦するみたいだぞ」
戦場をぐるっと回り込みながら、クラーケンに近づいていく俺たち。
戦況は、人魚たちに優勢に働いている様子だ。
ちなみにもうマリエッタマスクは脱いだ。
だがウェディングドレスはそのままだ。
戦場に一人、ウェディングドレス姿。傍から見れば、相当違和感だろうな……
クラーケンの前に立って名乗りを上げつつ、ドレスの肩辺りを掴んで、一気に引っぺがすように脱ぐ……とかやってみたいけど。
もったいないじゃん!?
「おにいちゃん。来たよ!」
マティの警告。
戦場には加わらなかった、一体の巨大サメと、シーサーペントが三匹。
どうやらクラーケンを守るべく、配置されていたようだ。
こちらを発見したらしく、向かって来ている。
「……さて、こちらもきっちり、仕事していくか!」
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