第八十九話 入国 ~政略結婚
「姫さま!」
人魚国に近づくと、人魚たちが十人ほど現れ、俺たちを包囲してきた。
しかし、先頭にいるのがマリエッタだと分かると、年老いた男の人魚が飛び出してくる。
「レイヨじい」
「姫さま! ご無事で何よりですじゃ!
姫さまの部隊が全滅したと聞いて、わ、わしはもう!」
レイヨじいと呼ばれた人魚が、目から大量の泡を吹き出している。
あれが人魚の涙なんだろうか?
「心配かけたな、じい。私は無事だ。だが、他の者たちは……」
「……そうでしたか。しかし、姫さまだけでもご無事だったのは、不幸中の幸い……」
やりとりを聞くに、マリエッタの世話をしているじいや、という立ち位置のようだ。
しかし、男の人魚も普通に居るんだな。
俺たちを包囲しているのは皆、三つ又の槍で武装した男の人魚たちだ。
男の人魚は、髪の色が濃い青なのが特徴のようだ。
じいは見事な白髪だけど。そこは人間と同じか……
「この者たちは? 足こそ我々と同じですが、どう見ても人間……」
じい人魚がこちらを警戒の目で見ながら、マリエッタに問いかける。
「皆、警戒を解け。彼女らは私の命の恩人だ。
私の部隊を襲った巨大シーサーペントを倒し、私を救ってくれたのだ」
ざわり、と男の人魚たちが顔を見合わせた。
「巨大シーサーペントを……!?」
「まさか! まだ、子供ではないか!」
という当然の反応が返ってくる。
しかし、
「私の言葉に偽りはない! 彼女らへ敵意を向けるな。二度は言わぬ。
彼女らを傷つける者は、私の名を傷つけるのと同じことと知れ!」
とマリエッタが一喝すると、人魚たちが「はっ!」と直立不動の姿勢になる。
そして、俺たちへの警戒を解き、頭を下げた。
「ティエルナ、という人間の冒険者パーティだ。
彼女がリーダーのシルヴィア。シーサーペントを単独で倒した本人でもある。
大事な客人たちだ。丁重にもてなすよう」
「あ、あんたが姫さまを……!? な、なんという大恩!
このじい、感謝の言葉もありませぬじゃ!」
と、じいが俺の手を取って、自分の額に押しいただいた。
「姫さまの命を救った、偉大なるティエルナ。
人魚国にとって、初めての人間の客として、歓迎いたしますじゃ」
ざっ、と音を立てて、男の人魚たちが揃って敬礼の姿勢を取る。
こうして、俺たちは人魚国テレース連邦の賓客となったのだった。
「姫さま! 姫さま!」
「ご無事のご帰還、何よりで!」
「彼女らが姫さまを助けてくれたんだそうだ! ありがとう!」
この国の人魚たちが総出で姫の帰還と、俺たちを歓迎してくれた。
「姫、大人気だねー!」
「ああ、人望も厚そうだ」
そして俺たちはいったん、宮殿の一角にある貴賓室のような広い部屋に通された。
「豪華な部屋! サンゴの椅子に、サンゴのテーブル!」
「色とりどり。綺麗」
レリアとマティがはしゃいだ声をあげた。
窓の外に見えるのは、洗練された白い街並み。
小魚の群れがあちこちで泳いでおり、色とりどりの海草が都市に花を添えている。
「美しい都市だな……水の中とは思えない」
「も、もっと暗い場所かと思ってた。まだここは、し、深海じゃないんだね」
一人だけ、やたら明るい部屋に居心地が悪そうな人間が。
リリアーナは、ここよりクラーケンの棲み処のほうが良かったりするのか。
まあ、そのうち戦いになれば、そこへ行く事にもなるだろう……
「おのおのがた。くつろいでいただけてるだろうか」
ノックのあと、部屋にマリエッタ姫が入ってきた。
「ええ、とってもー!」
レリアが、手を振って答える。
俺とマティもうなずいた。
「良かった。ゆっくりしていってくれ」
「それで、深海のやつら……イブリ・クスとの戦いは、いつ、」
「やつらとは、停戦協定が、結ばれた。戦いは……もう、ない」
なんだって?
突然の展開に、思わずサンゴの椅子を蹴って立ち上がる。
「せっかく来ていただいたのに心苦しいが……当分、ここに落ち着かれるとよい。
食事でも、なんでも、不自由ないよう、手配させるゆえ……」
マリエッタ姫の表情は、暗くかげっている。
「何が、あった?」
「……」
しばらく黙るマリエッタ。
そして、一度天を仰いだのち、
「イブリ・クスのドグラス皇子が、私に求婚してきた。それを受け入れれば、停戦する、と。
二人の婚姻が滞りなく行われれば、イブリ・クスはテレース連邦の盟友となり……
その発展に惜しみなく寄与する、と。さきほど、王が、それをのんだ」
言い終えたマリエッタは、くっ、と唇をかむ。
「政略結婚、ってやつか……」
俺も思わず拳を握る。
「そ、そんなのってないよー!」
レリアも抗議の声を上げた。
「この国の王……私の父が、決められたことだ。
私も、あなた方の戦力について説き、一応の説得を試みたが……
王は考えを改める様子はなかった。これ以上、戦いで民の命を失う事に耐えられぬと」
「マリエッタ……」
「王の決定には、従おう。私が結婚することで、この国が平和になるのなら。
民が、安心して暮らせるのなら……黙って、そのようにしよう」
感情を押し殺し、ようやく口から言葉を出しているように見える。
「そんな! あたし、王様に言って来る、」
「やめてくれ。王も、苦渋の決断を下されたのだ。
……二時間後、王と私と、あなた方で会食をすることが決まった。
その会食には、イブリ・クスから派遣されてきた特使二人も同席する。
ぜひ、出席していただきたい。では、のちほど」
と言い残し、マリエッタが部屋を出ていった。
ぱたんと扉が閉じ、なんともいえない雰囲気の俺たちが残された……
その後。
会食の時に、俺たちはこの国の王、ヴィルホ・シェルリング王と言葉を交わした。
猫背で縮こまったような姿勢の、一見して気弱そうな人魚の王だった。
(こりゃ、相手の圧には屈服してしまいそうな王だな……)
と思ったものだったが。
しかし俺たちが何と言おうと、婚約の決定は覆すつもりはないようだった。
そんなわけで……微妙な雰囲気のまま、会食は終わってしまった。
部屋に戻ると、またレリアがぷんすこしながら、
「このままじゃ、マリエッタ姫がかわいそうー!
王さま、ほんとに姫のお父さんなのー!?」
「……だいぶ、疲れているようにも見えた。
だいぶ悩んだんだろうとは思うよ、娘の幸せと、国民の命を秤にかけて……」
「それは分かるけど! でもー! んー!」
まあレリアの気持ちも分かる。
しかし、俺は同席したイブリ・クスの特使たちについて思い出していた。
なんともおぞましい姿をしている半魚人たち……姫の絵の通りだった。
こちらとは一切言葉を交わさず、ただ料理を食べるだけ。
ときどき唸るような声でひそひそ話をし、嫌な笑い声を立てていた。
こちらを見る目には、明らかなあざけりの色があった。
「……見た目で判断してるわけじゃ、ないんだけど。
あいつら……信用できない、って気がしてならない」
「わたしも。おにいちゃんに同じ」
「あたしもだよー! 絶対、停戦なんてうそ!」
「ぼ、ぼくも。あの目は、よからぬ事を考えてる、目だと思う。
見た目の話、じゃなくて」
そんなレリアたちの様子を見回して、俺はニヤリと笑った。
「満場、一致だな。
じゃ、あの特使たちを、ちょいと探ってみようじゃないか」
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