第八十六話 人魚姫騎士マリエッタ ~海の魔物クラーケン
「で、こちらがエウねー……エウフェーミアさんに、ニーナさん」
ニーナさんはぺこりと頭を下げ、エウねーさんは「ども」と片手をあげる。
これで、ティエルナとお供の面々の紹介を終えた。
「皆様方……よろしく、お願いする」
エウねーさんの水着姿に一瞬ぎょっとなってたな、マリエッタ姫……
「あたし、人魚のひとに会うの、初めてー!」
「私も、人間の方々と言葉をかわすのは、初めてだ」
お互い、初めての邂逅ってところか。
まれに人魚と遭遇した話を聞くこともあるが、せいぜい目撃してそれっきり、程度だし。
ここまで接近し、会話した人間なんてまず居ないだろう。
「人魚国ってどんなところなのか、聞いてもいいですかー?」
さっそく、好奇心旺盛なレリアがマリエッタの横に座り、声をかけた。
「……」
しかし、マリエッタは黙り込んでしまった。
なにかマズイ事でもあるのかな……?
「あ、あの。ダメでしたか? やっぱり、秘密の国なのかな……?」
「い、いや。そう言う事では、ないのだが……」
レリアの悲しそうな目を見て、やや言葉を濁すマリエッタ。
しばし考え込んだあと、こちらに向き直った。
「……いま、私たちの国で起こっている事は、人間界にもいずれ関わってくることだ。
あなた方は信用できると思う。あらかじめ話しておいてもいいかもしれない。
海の中で、進行していることを……」
お国自慢の話でも聞ければ、と思ってたところだったが。
なにか、深刻な話になってきそうな感じだな。
マリエッタの目も、かなり真剣だ。
「……なら、こんな地べたに座ってってのもなんだね。
うちに招待しよう。そこで改めて、ってのはどうだい」
とエウねーさんが提案した。
「うち……?」
マリエッタが周囲を見回す。
あたりには建物らしきものが一切ない事に、困惑しているようだ。
「あの岩に、入り口があってね」
「はあ……」
まあ行ってみれば、わかってもらえるだろう。
って、人魚の足だと、陸上は歩けそうにないな。
なので、エリーザに抱えてもらおうかと思ったが……
「ちょ、ちょっと今腕がダルくて。申し訳ありません」
かなり疲労困憊の様子だ。
かなりの遠泳をしていたうえに、シーサーペントから全力で逃げて来たんだもんな……
仕方ない。
「んじゃ、私が」
と自身に強化魔法をかけ、軽々とマリエッタを抱き上げる。
男の体なら軽く抱えられるが、ファニーの体だと強化でもしないと無理な話だった。
「う、うわ! わ、私を抱えあげて、どうするつもり……はっ!
このまま岩陰にしけこんで、よからぬ事をするのではあるまいな!? くっ!」
違います……
しけこんで、とか姫の使う言葉じゃないでしょ。
「単に運んでるだけだって。信用できると思ったら、最後まで信じてくださいよ」
「う、その通りだ。また誤解をしてしまったか……申し訳ない。
その……お、お手数をおかけして……すまぬ」
ちょっと赤くなりながら、マリエッタがうなだれた。
「いいなー、お姫様だっこ!」
レリアがうらやましそうな顔で見てくる。
「わたし。子供の頃。してもらったことある」
ややドヤ顔のマティ。
「いいなー、マティちゃんも!」
「ぼ、ぼくも後でよろしくお願いします!」
「じゃあ、あたしもー!」
「じゃあ。わたしも」
リリアーナが手を上げたのを皮切りに、続々と名乗りを上げてくる。
そんなに良いものなのか? お姫様だっこ。
あとじろじろ見るから、マリエッタが恥ずかしそうにしてるでしょ!
姫を抱きかかえ、岩に空いた黒い穴の入り口に入る。
中が小屋のような空間になっている事に、驚くマリエッタ。
「地上の人間の家は、こうなっているのか」
ここだけが例外なんだけどね。
俺たちは椅子に座り、マリエッタはソファに寝っ転がってもらうことになった。
「このような姿勢で、失礼する……」
いや、人魚がこう横たわっている様子って結構、絵になる。
「まあ気にしなさんな。で、あんたがたの国で起こっている事って、なんだい」
エウねーさんがうながした。
「……」
しばし沈黙した後、マリエッタは静かに語りだした。
「我が連邦は、現在侵攻を受けている。
深海から来るもの……イブリ・クスの半魚人どもに」
半魚人。
人魚以外にも、海底で生きる種族がいるのか。
「といっても、我々とサハギンとの争いは、数世代前から続いているものだった。
それも領土の境目で、小競り合いをする程度の。しかし……」
とマリエッタは一度言葉を切った。
「数年前。サハギンどもの主が、クラーケンに変わると……
サハギンどもの攻撃性が増し、一年前、ついに全面戦争状態になったのだ」
クラーケン。
伝説や英雄譚で語られる、伝説のモンスターだ。
洋上を行きかう船を襲って人を捕食する、タコとクラゲが合体したような姿の海の怪物。
出没する場所が海のため、ドラゴンよりも遭遇率の低いモンスターとされるが……
その力は、ドラゴンと変わりないものだとされている。
「ここから遠い、南の海に棲むという話と聞いてるけど?」
俺の言葉に、ティエルナの面々もうなずく。
目撃例も、南の海にしかなかったはずなのだ。
「ああ。だが、やつは何故か突然この海に現れ、サハギンどもの主におさまった。
いまでは、サハギンどもから神のようにあがめられている」
というのが、マリエッタの答えだった。
「クラーケンには、他の生物を自在にあやつる力があるらしいのだ。
深海から次々と強力なモンスターたちを呼び出し、サハギンどもと組ませ……
我々の領土に侵攻してきた。
半魚人どもだけならともかく、シーサーペントや巨大サメなどが併せて襲ってくるのだ。
我々の戦力は削られる一方になった」
さっきのシーサーペントも、クラーケンによって呼びだされたものだったようだ。
あの巨大さは、そういう理由によるものなのかな?
「今ではシーサーペントが人魚国の領海内を、我が物顔で泳ぎまわる始末。
私も一部隊を率いて領海警備に当たっていたが、シーサーペントの奇襲を受けてしまい。
その部隊は全滅させられ……私もあわやというところだったが、その後は知っての通り」
再び頭を下げ、感謝の言葉を繰り返すマリエッタ。
「しかし、それがどう人間界にかかわってくるって言うんだい?」
とエウねーさんが問いかけた。
「クラーケンは、われわれ人魚国の殲滅が目的ではないのだ」
マリエッタは、俺たちをぐるっと見回す。
「クラーケンの目的は、海と地上の、全生命の支配。
我々の国が支配下に置かれたその次は、あなた方が標的となる」
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