第八十三話 白昼の惨劇 ~海へ!
「はあはあ……お姉さま……!」
怪しい動きのリリアーナが、迫って来る。
エウねーさんが、俺を羽交い絞めにしたまま、俺の体を上下に揺さぶりだした。
「ああ……! お、お姉さまのお胸が、たゆんたゆん……!」
リリアーナの顔がさらに紅潮し、鼻息がどんどん荒くなっていった。
お、俺このまま一体なにをされてしまうの……!?
思わず目をぎゅっと閉じるが、しばらくしても特に何も起こらない。
恐る恐る目を開くと……
リリアーナが前のめりにぶっ倒れ、床には大量の血が広がっていた。
「うわー!? 何だこの突然の惨状!? 殺人事件……?」
お、俺の仕業なのか……?
無意識に、何か魔法でもぶっ放してしまった!?
「私、何かやっちゃいました……?」
後ろを振り向き、エウねーさんに尋ねる。
「いや? オマエは固まってただけだよ、可愛いやつ!」
うぐぐ……!
「仕方ないだろ、この場合!
ドラゴンを相手にする時より、緊張したわ!」
息を吐いて力を抜く。
ファニーのホッとした雰囲気も伝わって来た。
「リリアーナは、感情が高ぶり過ぎると、いつもこうなるんだ。
鼻血を大量に吹き出して、気を失うのさ。
今回はいつも以上に鼻血を出して……」
俺を解放し、床のリリアーナを指さす。
「まさか、それを知ってて……?」
「まあね。さすがにその、ファニーさんとやらの体を好きには出来んだろ。
こうすりゃ、被害が出るのを食い止められる。
あとは、レリアが持ってる『いい夢が見れる薬』でも飲ませときゃ、満足してくれるさ」
……。
考えがあるなら、最初からそう言っておいてくれ!
「いやー、オマエの素の反応も見たかったし。
だはは! 可愛いリアクションだったわ!
民族衣装とやらの色っぽさも、都合よく利用できたし!」
がっくりと肩を落とす俺。
まあ、なにもされずに済んだなら、それで良しとするか……
「……それで、あとは私は何か、することってないのか?」
エルフの民族衣装から、いつもの服に着替えながらエウねーさんに問いかける。
三つのオーブの力で問題が解決するなら、もう自分の出番はないことになる。
「そうだねえ……」
エウねーさんが少し考え、
「海に、連れてけ」
は? 突然の海?
「いやーもう、ずーっとこもりっきりで研究三昧だったからねえ。
まあアタシは元々そうだが、たまには広い所で、太陽の光を浴びたくなる時があるのさ」
と、伸びをしながらそんな事を言った。
引きこもりが外に出るのか……?
と、俺がけげんな表情になったのを察し、
「一番、研究に適した生活をしてるってだけだよ! 外に出るのが嫌なんじゃないわ!
オマエ、古代魔法のオーブ獲得に対する報酬で、どっかの海に面した領地を貰ってたろ。
そこに連れてけ。ちょうど、泳ぐにも良い季節だしね」
確かに、三度目のオーブ獲得の時に報酬として、俺らはある土地を王から賜っていた。
その頃は国は戦争準備に忙しく、結局、三度目の祝賀会もお流れになり……
土地の権利書などは貰ったものの、実際にその場に行くことも無かったのだった。
「その後は、オーブ奪還作戦や、エルフの里でのあれこれに忙しかったからなー。
バカンス気分で、海に行くのも悪くない……それじゃ、そうしますか」
ん? でもその間は、『天国』の位置特定はお休み?
「安心しな。それは『アタシたち』がやるから」
???
「『生命のオーブ』を使って、アタシとリリアーナのクローン……
複製体を数体、作ってあるんだ。
今も、そいつらが総がかりで、天国の位置特定作業に当たっているよ。
だからアタシは遊んでても、自動的に研究は進んでるってわけさ」
!?
「つまりエウねーさん、リリアーナと同じ能力の人間を作りだして……
そいつらに作業をさせてるってこと?」
「そういうことさね。
海へ行って戻ってきたら、だいたい作業は終わってるんじゃないかね」
良いのかなそれ……
生命の冒涜とか、倫理的な問題とか、そういう単語が頭をよぎる。
「大丈夫。研究のためには、発想の飛躍ってやつが大事なんだ。
それに、クローンのアタシには意思も魂もない。ゴーレムみたいなものと思いな。
脳みそはアタシと同格のものを持ってるけど」
……まあ、そういうものを禁止する法律なんてないしなあ。
バカンスに行って戻ってきたら、クローンたちによる反乱、とか起きてなきゃ良いが……
▽
「うみだー!」
ざざーん。
目の前に広がるのは、鮮やかな青色の……大海原。
波打ち際にかけよったレリアが、喜びの声を上げた。
「広い。大きい。そして青い」
「うう。ぼくは、あ、あまり日に焼けたくないんだけど……」
ティエルナの面々に加えてエウねーさんと、リリアーナにニーナさんもいる。
かなり大所帯だ。
今回はクエストではなくバカンスなので、ここは皆で一緒に……という事になったのだ。
ティエルナ領となった、ヴァレントの地、初訪問。
目の前の海はヴァレント海だ。
「海、初めて! 泳ぐ、っていうの、やりたい!」
レリアが手を上げる。
「まあ落ち着きな。まずは、水着に着替えるんだ」
エウねーさんがレリアの肩に手を置いた。
「みずぎー?」
「ああ、全員分あるから、泳ぐんだったらそれに着替えるんだよ」
と言って、どこから取り出したのか、紙袋を一人ひとり渡していくエウねーさん。
エウねーさんは、あらかじめ水着の用意をしていたのか……?
「でも、ここで着替えるの? な、何もないよー?」
確かに、この海岸には建物も何もない。
いくら女性だけだからって、外で着替えるのはどうかなあ?
俺の目もあるし……自分で言うのもなんだけど。
「大丈夫さ。魔女の小屋の、ミニチュア版を用意した」
そう言って、適当にその辺にあった巨大な岩をコンコンと叩く。
すると、その岩に人が入れるくらいの、黒い穴が開いた。
中に入ると、
「……おお、いつもの小屋だ」
「あの小屋とは繋がってないよ。あくまで別空間の小屋さね」
魔女版、海の家ってとこか。
「小さいが個室もある、皆それぞれの部屋で着替えるといいよ!」
皆も小屋に入り、個室に入っていった。
俺もさっそく、部屋に入って紙袋から水着を取り出し……
「エウねーさん?」
俺はねーさんの個室をノックし、「あいよ」との返事の後に、扉を開けて入る。
「アタシはこれから着替えるところだよ。
覗きに来たのかい、いやーん、この変態」
「違うわ! ノックする覗きがどこにいるんだよ!
じゃなくて……この水着、男性用じゃないか!」
俺が渡された紙袋に入っていたのは、一枚の四角いスイムショーツだった。
「それ、だいぶ前にシルヴァンに用意しておいたもんだからね。
良いだろ、オマエは中身がそうなんだし」
「ファニーの体で、トップレス水着とかダメだろ!」
「ま、軽い冗談だよ」
と、ねーさんが紙袋を放って来る。
中をあらため、普通の女性用水着が入っているのを確認した。
「そうそう、これなら良し……」
そう言って、俺は部屋に戻ろうとする。
その時ふと気づき、エウねーさんを振り返った。
「私、でなく。俺の水着を用意してた……って。
いつか俺と一緒に泳ぎに行くことでも、想定していたのか?」
「う、うるさいね。さっさと出ていきな、着替えるから!」
その辺の小物を投げつけられ、俺は追い出されるように部屋を出る。
うーん、まさか照れてた?
さすがに、それはないか……?
しかし、男性用水着を受け取って「これじゃねえ!」とか普通に思ってしまったが。
男に戻った時、そういう感覚も元に戻せるか少し心配だな……
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