第百二十話 人魚の牽引 ~復活
ブレシーナ王国、東の海――ブレシーナ湾岸。
その水路には、バレルビア海軍の舟が十五隻、戦闘態勢を維持したまま航行していた。
船には選りすぐりの海兵隊が一隻あたり数百人、乗り組んでいる。
その実力はまさに精鋭。
陸上での軍を動員したドラゴン討伐の手柄は、ほとんど海兵隊たちがかっさらっていくと言われるほどだ。
「上陸用――意!」
「上陸用――意!」
陸地に近づき、小舟を用意して海兵隊を上陸させる準備を整えようとしたところ……
「うわっ!?」
操舵手がとつぜん勝手に回りだした舵輪に振り回された。
船が揺れ、あらぬ方向へと進みだす。
「何事か!?」
船長が叫んだ。
見渡すと、全艦艇がふらふら蛇行し始めている。
「わ、分かりません! 海底の岩礁に、舵がぶつかったのかも……」
慌てて操舵手が報告した。
「そんな馬鹿な。あらかじめ探知魔法で、この湾の海底地図は作成している。
この辺りにはそんなものはない……」
船長が不可解といった表情を浮かべる。
「ほ、報告! 海の中に、人魚のような影が動くのを見た、という者が!」
海兵の一人が走り寄って来て報告した。
「人魚だと? あの伝説の種族か?」
「見たものには幸運が訪れるというぜ。幸先良いんじゃないのか、俺たち」
報告を聞いた海兵隊員がざわざわと騒ぎだした。
「バカ者。船の異常が発生して、幸先良いもあるか。
すでにブレシーナ侵攻作戦は開始されている、急がないと間に合わないぞ。
腰抜けのバレルビア騎兵どもに後れをとるなど……」
船長が叱咤しようとしたところ、再び船が揺れた。
そして、さらなる異常事態が船を襲う。
「……バカな!? 船が勝手に動いている!
元来た方向へ戻り始めた!? それも後ろ向きに……操舵手!」
船長が操舵手を振り返るが、
「わ、わたしは何も! そ、それに、舵がききません!
舵輪がむなしく回るだけです!」
操舵手が必死に舵輪を回すが、船は一直線に逆進したまま、変化がない。
「魔道士!」
「探知魔法で調べましたが、大きな魚群がかなりの数、確認されました!
に、人魚かどうかまでは……!」
「くそ、一体何が起こっているんだ……!?」
船長が悔しげに表情を歪ませた。
ブレシーナ湾、その海中では。
「よいしょおー!」
人魚たちが一斉に、ロープを引いていた。
ロープは船底、舵部分に結ばれており、一隻あたり十人の人魚が引っ張っている。
足ひれを振り、海中をぐんぐんと進んでいく。
人魚たちに引っ張られ、バレルビア海軍の舟は洋上を逆走していた。
「今こそ、国の危機を救ってくれた、ティエルナに恩義を返すとき!
皆、力いっぱい引っ張れ―!」
人魚たちに檄を飛ばすのは、マリエッタ姫騎士だ。
自らもロープの一本を引っ張り、皆と力を合わせている。
「うおっしゃー! 引け引けー!
全ての舟を、元来た場所へ送り届けるのじゃー!」
人魚の一般兵に混じって、ヴィルホ王もロープを引っ張っていた。
「様子を確かめに、海に潜ってきた人間がいるだと?
すぐ気絶させ、丁重に船に戻して差し上げろ!
それー! 引け―!」
マリエッタが叫ぶ。
洋上では、十五隻もの軍船がいっせいに逆進していた。
海に飛び込んだ何人かの海兵隊が、すぐに不自然な格好で海から飛び出し、元の船に戻っていく。
その奇妙な光景を目撃した者が何人かいたが、自分の村に帰って話すも、信じてくれる者はなかなか居なかったという……
▽
「……たぶん、人魚の姫騎士さんと王様が頑張ってるんだ!」
海兵隊が来る様子がないのを見て、レリアが笑顔を見せる。
「全部終わったら。お礼言いにいかなきゃ」
レリアとマティが顔を合わせて、うなずいた。
「あの怖い半魚人たちはもう居ないから、エリーザさんも次は行けるねー!」
「そ、そうですね……
何か、人魚の国に行かなくても怖い目にあった気がするのですが……
うっ、頭が」
ぶるっと震え、こめかみを抑えるエリーザ。
「じゃあ、もうここに居る必要はなさそうですねえ。
お城に行って、ご主人様のお手伝いをしに行きたいですう!」
アデリーナがそう言って手をあげた。
「そ、そうだね! 魔王が復活したし!
儀式は上手く行ったのかな……?」
「おにいちゃん。元に戻れてたら……」
真っ先に抱き着きに行きたい。
そうしたら、泣いてしまうかも……
と考えたマティは、やや先走った涙が目からにじみ出てくるのを感じていた。
「しかし、我々が行って、助けになるでしょうか?
あの魔王キマイラには手も足も出せず……」
エリーザがうなだれて眉を寄せた。
「……でも、ただ待ってるわけにもいかないよ」
レリアが皆を見回して言った。
アデリーナもうなずいて、
「そうですよ! 城に行くまでに、何ができるか皆でかんがえましょー!」
「だね。そしてわたしの場合。勇者が魔王から逃げるわけにもいかないし」
「……そうですね。私は人魚国に行けなかったぶん、余計に働かないと!」
意見の一致を見たティエルナ一同。
エルフたちから馬を借り、この場を彼らに任せて、城へ向かうのだった。
▽
「……魂のエネルギーを天国から、人間一人分抽出……
うん。上手く行った」
「次はわしの秘術で、そのエネルギーに精神の力を宿すのじゃな……」
「よし。それで疑似の魂が完成する。
そいつを、活性化したシルヴァンの体へ。
ニーナさん、頼むよ」
「分かりました。魂の扱いなら私にお任せを……
疑似の魂、体に入って、定着しました」
「助かる。
次は、ファニーの体から、本物のシルヴァンの魂を持ってきてくれ」
「了解です。
ファニーさんの魂に引っ付いた、シルヴァンさんの魂を……
慎重にはがして……シルヴァンさんの体中の疑似魂に……
くっつけました! ……特に異常なし。こちらも、定着しました!」
「……ふう。成功だよ……!
この世に神が居なくて、助かったね……!」
▽
……
……落下感があった。
(なんで、自分は落ちてるんだっけ)
ああ、ファビオに奈落へと突き落とされたんだったか。
落下感はすぐ終わり、今度は浮き上がるような感覚。
(体から魂が離れかけたところを、誰かに引き留められた……)
奈落での顛末はそんな感じだった。
その後は女の子の体で蘇るんだよな……可愛くてやたら胸が大きい……
毎朝起きて見下ろすと、大きい二つのお山がそびえてる光景にも、すっかり馴染んでしまって。
もうそれが普通の俺の体だって……
「……んん?」
目が覚めて、寝ぼけ眼でゆっくりと体を起こす。
体を見下ろすと、大きな山が……ない。
「あれっ!? い、いつの間にかつるぺたに!?」
いや、妙にごつい胸板だな。
ファニーの体はなるべく筋肉質にならないよう、気を付けていたはずだが。
「なに寝ぼけてんだい。もう、シルヴィアじゃないんだよ」
あれ、ねーさん。
シルヴィアじゃない……とは?
ねーさんが手鏡を差し出してきたので、のぞき込む。
そこには……シルヴィア、いやファニーではなく、男が映っていた。
自分の、シルヴァンの顔が、映っていた……!
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