第百十九話 迫る増援 ~保険、効く
「武器はもう、一切失われてしまったのですか?」
エリーザがマティに聞くが、
「アイテムボックスの中の武器。全部魔王の炎で燃えた」
「じゃあ、手持ちの武器は一切なしですか……」
服を全部脱いだ時、アイテムボックス内に装備品を全て置いて来てしまったのだ。
レリアも、手の中に『とうめい解除薬』を握りこんで持ち出せた程度だ。
「さ、さすがにこの状態では戦えませんね……!」
今の彼女らはシャツ一枚しか装備がない。
それも、疑似オリハルコンコーディングなどされてない、ただの布の服だった。
「ぶかぶかだよー。そして下がすーすーする。
奈落に居た頃を思い出すなー。
穿くパンツにすら困ってたあの頃……」
とレリア。
「でも。おにいちゃんの匂い。ちょっと安心する」
「……そういえば。こ、これって彼シャツとか言うやつ……!?」
レリアがまた真っ赤になったが、
「まだ付き合ってもないのに」
「うぐっ!?」
マティがレリアにクリティカルヒットを繰り出した。
「……のんきしてる場合ではないですよ。
もう一度とうめい薬で姿を消して、やり過ごすのはどうです?」
エリーザがレリアに提案するが、
「その薬を、あまり短期間で使うと、記憶が消えちゃう副作用があるの……」
「こわっ! そんなものまで消さないでくださいよ!」
「そもそも、もう薬のストック自体がないんだよー!」
レリアのカバンも、ボックス内で燃え尽きてしまっている。
「むーん。この状態で戦えるのは、わたしだけですかねえ?」
と国境方面に目を向けながら、アデリーナが言った。
「だ、だめだよー!
女の子が、パンツも穿かずにで大勢の人の前で戦うなんて!」
レリアがやや斜め上の発言をした。
「わ、私もこれでは……」
と、エリーザがシャツの前を伸ばして下半身を隠した状態でつぶやく。
「とはいえ、わたし一人ではどうしようもないかもですね……
あの数……」
じりじりと、バレルビアの大群が押し寄せてきつつあった。
その数は数万にも及びそうだ。
全員が完全武装し、魔王の術により狂戦士化している。
そのほとんどが騎兵だ。逃げても追いつかれるのは目に見えていた。
「さ、さすがにこれは、覚悟を決めるときでしょうか……!
ファニーさま……!」
「おにいちゃん……元に戻ったのを見ないまま。それは嫌……」
「シルヴィアちゃん……シルヴァンさん。
儀式は、上手く行ったかな……?」
エリーザ、マティ、レリアが城の方向を見やる。
どどどどど……
馬のひづめの音が、どんどん近づいてきた……
「うおおおおーっ!」
「倒せ! ティエルナを皆殺しにしろーっ!」
「バレルビアのために!」
バレルビア兵が口々に叫び、手に持った剣を振り回している。
「……可能な限り、お守りしますです。
なんとか、わたしが倒した敵から馬を奪って、逃げてください……!」
アデリーナが三人の前に立ち、向かって来るバレルビア軍に対して身構えた。
その様子に、レリアたちも目を見合わせる。
「……そうだね、最後まで抗おう……!
まだ、希望もあるし。シルヴィアちゃんの」
「そう。そしておにいちゃんにまた会うまで。絶対生きなきゃ」
「そうですね……!
ブレシーナ王国の復活を見ずに、終わるわけにはいきません!
素手の戦闘なら、私が一番得意とするところ!
バレルビアのやつらなど私が全員……!」
レリアたちも、並んで戦闘態勢を取った。
どどどどど……!
ひづめの音が大きく響き渡って来る。
接敵まで、もうわずかだ。
「さあ来い……!」
エリーザが率先して、バレルビア兵の先頭へと突撃しようとした、その時。
ヒュン、と頭の上で空を切る音がしたかと思うと――
バレルビア兵たちが次々と意識を失い、馬の首に抱き着くようにして倒れた。
馬も走るのをやめ、スピードを落として止まると……
ゆっくりとひざを折り、その場でうずくまってしまう。
「え……? な、なにが起こったんでしょうか……?」
とまどうエリーザ。
後続のバレルビア兵も、全員が同じように倒れ、馬も次々と止まる。
ヒュン、ヒュン……
空を切る音が鳴り続けている。
その音が鳴るたびに、兵が一人ひとりと、脱落していくようだった。
「矢ですね、矢がどこからか飛んで……? これは、まさか!」
「……うしろ!」
マティが叫んだ。
皆がいっせいに振り向く。
その方向には……
「……エルフ! エルフの人たち! 駆けつけてくれたんだー!」
レリアが両手を広げてぴょんと飛び跳ねた。
はるか向こう、南の国境線から姿を現したのは……
馬に乗った、エルフたちだった。
全員が弓を装備し、次々とバレルビア兵に向かって矢を放ち続けている。
その先頭に立つのは、
「シルヴィアからの連絡を受け! ただいま到着いたしました!
エルフの戦士一同、この戦いに参加する!」
「アルカディーか!」
エリーザの目が見開かれた。
「おにいちゃんのかけてた『保険』。間に合ってくれた」
マティの顔がほころんだ。
シルヴィアがロレーナに頼み、エルフの里と人魚国へ使い魔を送ってもらっていたのだ。
ロレーナに頼んだのは、エウフェーミアが儀式の準備でそれどころではなかったからだった。
「リナもいるよー!」
相変わらずアルカディーの背中に張り付き、今回は片手でラッパを吹き鳴らしている。
「あのプープー鳴らすの、なに?」
「ラッパ手ですね。その吹き方で軍隊に号令を出したり、指令を伝えたりするんです。
……ただあの吹き方だと適当すぎます。それっぽい事をただやってるだけですね」
レリアの問いにエリーザが答えて、笑った。
エルフ一人一人が弓の名手だ。
リナの指令があろうとなかろうと、彼らの放つ矢は、恐ろしい命中率で次々とバレルビア兵を倒していく。
「アルカディーさん! ありがとう!
でも、殺してるわけじゃないよねー?」
馬を駆り、近くまで走り寄ってきたアルカディーにレリアが聞いた。
「ええ、もちろん。昏倒させているだけです。
死なないよう、矢じりをかすらせる程度に当てています」
「ああ、エルフの里であたしがもらった毒!」
レリアの屈託のない笑顔に、アルカディーがやや申し訳なさそうに苦笑いする。
そしてエルフの援軍の前に、バレルビア兵はことごとく昏倒させられていき……
ついには全軍が無力化されたのだった。
「やったー! 助かった、あたしたち!」
「おにいちゃんの保険。まさに生命保険」
「ありがとうございます、命長らえました!」
レリアとマティがハイタッチし、その後ろでエリーザがアルカディーに頭を下げる。
後ろに居るのは、下半身の装備無しを見られないようにするためだ。
「いえ! 里を救っていただいた恩義、多少なりとも返せるのであれば!」
さいわいアルカディーには気づかれなかった。
そして彼はまたエルフたちの隊列に戻り、今後に備えて第一種戦闘配備のまま待機、などと命令を出している。
「危機一髪でしたね……私の個人的な意味でも……
しかし、ここにエルフの人たちが来たのなら?」
とエリーザが東を見た。
その先にはかつて港湾街が栄えていた、ブレシーナ湾がある。
そこにはバレルビアの海軍が集まり、そろそろ上陸していてもおかしくない。
しかし、こちらへ押し寄せてくるはずの海兵隊の軍勢が見えてくる様子はなかった。
「うん。きっと。海のほうは彼女たちが」
「彼女たち?」
アデリーナがマティに疑問符の浮かんだ目を向ける。
それに微笑を浮かべて、マティは答えた。
「人魚さん」
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