9 夏休み最終日
8月31日。夏休み最終日だ。
妹に手伝ってもらったおかげで課題もしっかり片付いたので、これで心置きなく明日を迎えられる――
なんてことはない。
まだ、最も懸念すべき事柄が残っている。
そう。ついこの間まで普通の男子高校生だった俺は、この夏休み中に銀髪美少女ロリ吸血鬼になってしまっているのだ。
自分としては既にこの身体に慣れきっているのだが、学校の先生やクラスメイトには間違いなく驚かれるだろう。
それに加えて、学校の授業は当然昼間に行われるので、日光を浴びずに登校する術も見つけなくてはならない。
……明日のことを考えるだけで憂鬱な気分になってきた……。
一人で考えても埒が明かないと思った俺は、親友でありクラスメイトでもある須藤竜助に相談することにした。
さっそくLINEで連絡をする。
『久しぶり。ちょっと相談したいことがあるんだけど、俺の家に来ない?』
相談だけではなく、まずは一番仲の良い友人に自分の状況を知ってもらうというのも狙いだ。
一人でも理解者がいてくれたほうが、クラスメイトにも受け入れられやすいだろう。
すぐに返信がくる。
『お前の方から誘ってくるなんて珍しいな。わかった、今からそっち行くわ』
一年前までは毎日のように放課後一緒に遊んでいたが、両親が亡くなりアルバイトを始めてからは俺の都合でほとんど遊べなくなっていた。
そんな俺の方から誘うのはかなり久しぶりなので驚いたようだ。
15分後。
『ついた』というメッセージが送られてくると同時に、家のチャイムが鳴らされた。
今は明るい時間帯なので、なるべく直射日光に当たらないように気をつけながら玄関を開けて出迎える。
「深夜、久しぶりだな……ってあれ?」
美少女になった俺の姿を初めて見た竜介は、当然困惑した表情を浮かべるが、意外とあまり驚いていない。
肝が座っている奴だなと思いながら、笑顔で迎え入れる。
「久しぶりだな、竜介」
「えっと……? あの、永井深夜くんはいますか?」
「いや、俺だけど……?」
「……………ええええええええええええ!?!?」
数秒の沈黙の後、叫び声を上げる竜介。
どうやら肝が座っていたわけではなくて、この美少女が俺だと認識できていなかっただけらしい。そりゃそうか。
「お、お前……女装に目覚めたのか!?」
「いや違うからね!?」
「すげえ可愛い……全然アリだな! お前、男の娘の才能あるよ!」
「だから違うって! ほら、声も身長も変わってるでしょ!?」
「た、確かに……女声まで練習してたなんて、すごい熱意だ……」
「なんでそうなるのー!?」
◇
必死に説明してようやく状況を理解してもらえた頃には、既に夕方になっていた。
ちなみに、吸血鬼になってからVtuber活動を始めたことについては隠しておいた。だって恥ずかしいもん。
「つまり、この夏の間に吸血鬼の女の子になっちまったのか?」
「そういうことなんだ」
「う~ん……まあ、本人が言ってることだし信じるしかないんだろうけどさぁ……」
「やっとわかってくれたか……!」
竜介は未だに半信半疑といった様子だが、とりあえず信じようとしてくれているようだった。
「なら、相談っていうのはそのことについてなんだな?」
「察しが良くて助かる。明日から学校が始まるわけだが、どうすればいいと思う?」
ようやく本題に入る。
みんなにどうやって説明するべきか、日光に当たらずに登校する方法はあるのかなど色々考えてみたのだが、どれもイマイチな気がするのだ。
すると竜介は腕を組んでしばらく考えたあと、口を開いた。
「そうだな……まずは正直に打ち明けるべきだと思うぞ」
「打ち明けるって、誰に?」
「もちろん、クラスの連中にだよ。お前がどんな姿になっても俺たちは友達だってことを証明しないとな! 俺も説明するのを手伝ってやるから、安心しろ。きっと大丈夫だ」
「竜介……!」
なんて良い奴なんだ。俺、感動したよ。
「それに……」
「それに?」
「これからはこんなに可愛い美少女と過ごせるなんて、まさに男の夢じゃねぇか。お前と友達でよかったよ」
「それが狙いかよ!?」
前言撤回。さっきの感動を返して欲しい。
「それと、日光に関してはやっぱり日傘や日焼け止めを使うしかないんじゃないか?」
「やっぱそうだよなぁ……」
色々と試してみた結果、早朝や夕方の日が登りきっていない時間帯であれば、直射日光さえ避ければなんとかなりそうだったので、日傘・日焼け止め・長袖の服・サングラスという日光対策フル装備で行くことにした。
季節によっては不審者にしか見えないような格好で通学するのはかなり恥ずかしいが、こっちは命が懸かってるんだ。
そうするしかないだろう。
「あとは制服とか体育服も用意しないといけないんじゃないか?」
「たしかに……。 でも今からじゃ間に合わないよなぁ」
すっかり忘れていた。
始業式は明日なので、今から制服を作りに行っても遅いだろう。
「ああ、それなら家に姉のお下がりがあるから、それ貸そうか?」
「えっ、いいの?」
「姉はお前のこと覚えてるだろうし、状況を話せば貸してくれるはずだ」
「ありがとう……! 本当に何から何まで申し訳ない」
随分と身長が離れてしまった友人に感謝を告げる。持つべきものはやはり親友だな。
「気にすんなって。困ったときはお互い様だろ。……それに今のお前はすげぇ可愛いから、上目遣いで感謝されるとこう……クるものがあるよな。」
「おい最後!本音漏れてんぞ!!」
「おっと、つい本音が」
「まったく……お前は昔から変わんねぇな」
「へへ、悪い」
久々にそんな軽口を叩いていると元気が出てきた。
こうして竜介といつものように話せるなら、明日もなんとかなる気がしてきたぞ。