5 吸血鬼の初配信
「できた……!」
人気Vtuberを志してから約1週間。
キャラクターモデルの制作と諸々の準備を終え、いつでも配信が始められる状態となった。
夏休み中だし、基本的に夜のコンビニバイト以外は一日中家にいるので、時間をたっぷりかけて準備することができた。
そしてついに今日の夜、自己紹介も兼ねた初配信をしようと計画している。
せっかく銀髪ロリ美少女吸血鬼になったので、そのままの自分を設定に活かそうとキャラクターモデルはかなり現実の自分の容姿に近いものにした。
紅い瞳、ふわりと広がる白銀のロングヘアー、美しく幼い顔立ちと体格、マシュマロのように白い肌。
服装はソシャゲのキャラクターのように露出度が高く、フリルのたくさん付いたヒラヒラのドレスのようなデザインにした。
現実の姿を写真に撮ってそれを元に制作したので、自分で言うのも何だがかなり可愛く描けている。
必要な資料はすべて自分で撮影できるというのはとても便利だった。
キャラクターの設定も現実に合わせて吸血鬼ということにした。
あまりにも現実に寄せているので身バレ(身元がバレること)が怖いが、『吸血鬼』を名乗るVtuberを見て中の人も吸血鬼だなんて思う人はまずいないだろう。
流石に年齢は現実に合わせるとやや不自然なので、14歳ということにしておいた。
吸血鬼になって見た目も幼くなったので、そのくらいが妥当だろう。
『今日の22時から初配信をします!』
初配信の待機所を立て、告知のツイートをする。
ちなみに現在のTwitterフォロワー数は約800人。
開設したての頃は全然フォロワーが伸びなかったが、#VTuber準備中 のタグと共にボイス付きのツイートをしたら一気に増えて驚いた。
まだ10秒くらいの短い挨拶を録音しただけなのに、既にたくさんの人に声を褒められていて照れくさい。
当然だが、Vtuberとして活動する際は話し方や一人称はいつもとは変える。
有名になるためにも、しっかりと美少女吸血鬼になりきって活動しようと思っている。いや、実際に美少女吸血鬼になっているのだけども。
(それにしても、すごい反応だな……)
初配信の告知ツイートをしてから、ピコンピコンと頻繁に通知音が鳴る。
先日のボイス付きツイートの反応がよかったとはいえ、まだ一度も配信をしていないというのにこれだけのリアクションがもらえるなんて、Vtuber界隈の人口はすごいなと改めて感じる。
そんなことをしていると、段々と眠くなってきた。
時計の針は午前10時を指している。そろそろ寝ようかな。
普通の人間だったころからは考えられない生活リズムになっているが、日光が苦手という吸血鬼の性質上、どうしてもこの時間帯に寝て夜に起きる生活に落ち着いてしまう。
シングルベットの下に入り込み、大きな布団を両端に垂らして狭くて暗い空間を作り出す。
これが吸血鬼になってから一番落ち着く寝場所だ。フローリングの床がひんやりしていて気持ちいい。
初配信に寝坊しないように20時にアラームをセットする。
起きたらついに本格的にVtuberデビューか……。
期待と不安が入り混じった感情を抱え、遠足前日の小学生のような気持ちで眠りの世界へ誘われていった。
◇
パチッと目が覚める。
起きた瞬間に初配信のことを思い出し、慌てて時間を確認する。
スマホの画面に映し出された時刻は19時30分。アラームよりも少し早く目が冷めてしまったようだ。
緊張のせいか、既に頭は完全に覚醒していて、もう一度眠る気にはならない。
のそのそとベッドの下から出て、21時から行う予定の初配信の待機所の様子を一応確認する。
まだ配信開始まで1時間以上あるので誰もいないかと思っていたが、【待機】というシンプルなコメントを残して待ってくれている人が数名いた。
期待されているのを感じて緊張するが、それと同時に嬉しくもある。
妹の為にも、視聴者の期待に応えるためにも、この初配信を絶対に成功させる!
――それから約1時間後。
配信前の最終確認や開始ツイートの準備をしていると意外とあっという間に時間は過ぎていき、気付けば配信開始時刻があと数分まで迫ってきていた。
待機所の人数を確認してみると、なんと93人。
初めての配信だというのに100人近くの人が集まってくれるなんて思っておらず、嬉しい反面ますます緊張してきた。
チャット欄では【wkwk】【初配信にしては人多いねー】【ロリ吸血鬼と聞いて】【頑張ってください!】と多種多様なコメントが流れている。
俺はこの人達の期待に応えられるだろうか。
覚悟を決め、パソコンの前で何度か深呼吸をして――
ついに配信開始のボタンをクリックする。
【初配信】朔夜ミヨの初配信!【新人Vtuber】
98 人が視聴中・0 分前にライブ配信開始
「はじめまして! 私は美少女吸血鬼Vtuberの朔夜ミヨです! よろしくね!」
初配信は、泣いても笑っても一度きり。
恥を捨てて、全力で。ちょっと生意気な美少女吸血鬼になりきる。
【きちゃ】
【こんばんは!】
【お、始まった】
【声可愛い!】
【期待の新人キターーーー】
チャット欄の反応は上々。
最初の壁を乗り越え、心の中でホッとする。
「まずは、自己紹介をさせてもらうね。私の名前は朔夜ミヨ。身長は145センチで、好きなものは人間の血液。嫌いなものは十字架と流水よ!」
【かわいい】
【は?かわいすぎる】
【ちゃんと吸血鬼の設定なのね】
【ふーん、えっちじゃん】
【これは人気でそう】
挨拶から立て続けに自己紹介をする。
普通に現実の自分のことを話しているだけなのだが、架空の設定だと思われているようだ。まあ、別にいいんだけど。
口調については、敬語で普通に話すVtuberはありきたりだと思い、敢えて小生意気なロリっ子のような感じにしている。
少しでも他と差別化したほうが人気も出やすいだろうという打算的な思考だ。
その後もしばらくプロフィール説明や軽い雑談などを挟みながら進めていくと、段々とトークテーマが尽きていく。
まだ配信開始から30分程度しか経っていないので、今終わるには少々早すぎる。
話題を提供してもらおうと、視聴者に問いかけてみる。
「なにか私に質問とか、要望はあるかしら?」
【スリーサイズ】
【何歳ですか?】
【耳舐めてほしいです】
【モデルをもっとよく見せてほしい】
【結婚して】
変態ばっかじゃねえか。
早々に視聴者の民度に不安を抱きつつ、質問に答えていく。
「スリーサイズは秘密、年齢は14歳よ。耳舐めと結婚なんてするわけないでしょ! このヘンタイ!」
【14歳か。ちょうどいい】
【ありがとうございます】
【我々の業界ではご褒美です】
【スパチャさせてくれ、お金を払わせてくれ】
【ふぅ・・・】
変態ばっかじゃねえか。(2回目)
確かに最後のセリフは一部の人にとってはご褒美のようなものだとは分かっていたが、まさかここまで清々しい反応を返されるとは……。
ちなみに、まだYouTubeの収益化基準を満たしていないので、この配信ではスーパーチャットを送ることができない。
投げ銭懇願ニキ、収益化ができるまで待っててくれ……!
「そういえばさっき、モデルをよく見せて欲しいってコメントもあったわね。いいわよ、見せてあげる!」
先程送られたコメントの中に【モデルをもっとよく見せてほしい】というものがあったことを思い出す。
自分で作ったということもあり、キャラクターモデルに関心を寄せてくれるのは素直に嬉しい。
細かいパーツや表情パターンにも結構こだわって制作したので、こちらとしてもぜひ見てもらいたい。
「じゃあ、顔を近づけていくわね。私こんな表情もできるのよ!」
配信ソフトを操作して、キャラクターモデルを拡大し、色々な表情パターンを見せようと設定を弄る。
――だが、初めての試みということもあり配信中の操作に慣れていなかった俺は、数あるVtuber配信の放送事故の中でも最もやってはいけない最低最悪の失敗を犯してしまう。
「えっ……」
今までキャラクターモデルが表示されていたはずの場所に、現実の映像、つまりフェイストラッキングソフトを通していないそのままの俺の姿が映し出される。
完全に油断していた俺は、咄嗟の判断ができず反応が遅れてしまう。
数秒経ってから状況を理解した俺は、慌ててウェブカメラを手で塞ぐ。頭の中はもう真っ白だ。
あまりの焦りに心臓はこれ以上ないくらい素早く鼓動し、視界が点滅する。
(……終わった……)
最悪のやらかしをしてしまった。