表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/11

3 妹に怒られました

「……誰ですか」


 住み慣れた家の玄関からやや距離を取って警戒心をあらわにする妹。

 それもそのはず、今の俺は美少女の姿になってしまっている。

 知らない人が当然のように家に入ってきたら誰だって驚くだろう。

 不審に思われないよう、なるべくいつも通りのテンションを心掛けて答える。


「俺だよ、俺。永井深夜(ながいしんや)。遅くなって悪かったな……ただいま、真昼(まひる)。」

「……え?」

「色々あって身体が変わっちゃったみたいなんだ」

「……………ええええええええええええ!?!?」


 吸血鬼になったことを聞かされた時の俺にそっくりな反応をする妹。

 兄妹だもんな。やっぱり、そういうリアクションになるよね。


「……好きな食べ物は?」

「パスタ」

「お兄ちゃんと私の誕生日は?」

「3月3日、真昼は1月23日だ」

「子供の頃の夢は?」

「イラストレーター」


「……お兄ちゃんっ!」

「わっ!?」


 突然妹が抱きついてきた。どうやら信じてもらえたようだ。

 今までとは違い、妹の方が少し背が高いのがなんとも不思議な感じだ。

 心配させてしまったことを反省しつつ、肩に顔を埋めて泣く妹を優しく抱き返す。


「心配させてごめんな」

「お兄ちゃんのバカ……なんで3日も帰ってこなかったの」

「えっと、それはだな……」

「しかもなんで女の子になってるの」

「……だから、なんというか、その……」

「ちゃんと、説明してもらうからね」

「あっ、ハイ……」


 有無を言わせない口調に押され弱々しい返事になってしまう。お兄ちゃん、正直ビビってます。

 妹よ……少し見ない間にこんなに強くなってたなんて……(遠い目)




    ◇

 



 その後、俺はリビングで半強制的に正座させられ、取り調べを受ける被疑者のようにひたすら妹からの尋問を受けていた。


 しばらく帰らなかった理由について聞かれたとき、バイトの過労で倒れたと言ったら妹に責任を感じさせてしまうかもしれないと思い「転んで階段から落ちて倒れた」と咄嗟(とっさ)に誤魔化したのだが、何故か一瞬で嘘がバレてもっと怒られた。妹の洞察力をなめていたかもしれない。


 あまり人に言うなとメリアさんに念を押されていたが、流石に一緒に暮らす家族には隠せないので吸血鬼になってしまったことについても正直に話した。

 もちろん驚いていたが、「どんな身体になっても私はお兄ちゃんの妹だよ」とこっちが恥ずかしくなるくらい可愛らしいセリフと共に受け入れてくれた。優しい子だ。




 妹からの事情聴取が終わり、ようやく落ち着いた空気が流れ始める。


「……夕飯。まだ作ってないけど、何かリクエストはある?」

「ああ、それについてなんだが、もう俺に食事は必要ないんだ」

「そっか……吸血鬼って、本当にそうなんだ……」


 これはメリアさんから聞いたことだが、吸血鬼は血液をエネルギーに変えて活動をするため、普通の人間のような食事は必要ない。

 その代わりに定期的に血液を摂取する必要があるのだが、メリアさん(いわ)く生きる為の吸血であれば人間以外の動物の血や血液パックで構わないらしい。

 人間から直接吸血するのが1番美味しく、吸血される側の人間にも快楽が生じるそうだが、俺はメリアさんに教えてもらった特殊なルートで血液パックを定期購入しようと思っている。

 俺が吸血鬼になってしまったばかりに周りの人に迷惑をかけるのは嫌だからな……。


 なんて思っていると、妹が予想外の行動に出る。


「じゃあ……私の血、飲んでみる?」

「は……!?」


 どこか覚悟を決めたような表情で、妹がゆっくりと近づいてくる。

 

「吸血鬼って、血を吸うんでしょ? 私のでよければ飲ませてあげる」


 そう言いながら洋服の肩を下に引っ張り、息がかかりそうなほどの至近距離で首筋を見せつけてくる。

 ついさっきまで血液パックで済まそうと決めていたのに、その決意が簡単に崩れていくのを感じる。


「……ッ!!」


 ドクン。


 ついこの間までなら妹の肌を見てもなんとも思わなかったはずなのに、どうしてか気持ちが強く(たか)ぶる。

 まるで引っ張られるように妹の首筋から目が離せない。

 妹を傷つけたくないと頭では思っているのに、「血を吸いたい」という吸血鬼の本能に抗えない。


「本当にいいのか……?」

「うん。お兄ちゃんになら、いいよ」


 その言葉を聞いた途端、我慢の限界を迎えた俺は首筋へ牙を突き立てた。

 薄皮の破れる感触と同時に、かぐわしい香りが鼻腔(びこう)(とら)かす。

 吸血なんてしたことはもちろんないが、これも吸血鬼の本能なのだろうか。身体は慣れたように動き、欲望のままに血を吸い出す。


「……んっ、んんっ」


 ごくごくと喉を鳴らす。

 濃厚な生命の味が喉をくだり、身体全体が潤っていくのが分かる。

 あまりの美味しさにクラクラしてしまい、正常な思考ができなくなっていくのを感じる。

 もっと、もっと血が飲みたい!!


「……ちょ、ちょっとお兄ちゃんストップ!」

「ぷはぁ」


 妹の声で我に返り、慌てて口を離す。

 初めての血は想像以上に美味しく、飲みすぎてしまった。


「ご、ごめん!大丈夫か!?」


 妹の様子を伺おうと抱いていた腕を緩めると――


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 顔を真っ赤に染め、トロンとした目で腰が砕けるように座り込む妹。


「……なにこれ、気持ちよすぎ……」


 吸血されると気持ちいいとは聞いていたが、まさかここまでとは。

 妹の(みだ)らな吐息についドキッとしてしまう。


 吸血する相手と場所にはしっかり気をつけないとなぁと考えていると、そこで妹の首筋からまだ血が垂れていることに気付く。


 これまたメリアさんからの情報だが、吸血鬼の唾液には傷を治す効果があるらしく、ゆっくりと舐めとるように吸血すれば基本的に吸血痕が残ることはないらしい。

 恐らく、慌てて一気に牙を抜いてしまったせいで傷が塞がりきらなかったのだろう。

 傷を残すと悪いので、今からでも首筋を舐めてあげた方がいいかもしれない。

 

 腰が抜けて座り込む妹に目線を合わせ、もう一度首筋に顔を近づける。


「ちょ、ちょっと待って! 今はもう無理……!」

「大丈夫。舐めるだけだから」

「え、それってどういう……ひゃん!」


 短い舌を伸ばしてぺろぺろと傷口を舐める。

 吸血鬼の唾液は人間のそれと比べて粘度が高く、触れたところからゆっくりと傷が治っていく。


「んぅ…っ、お兄ちゃ、ん…っ!」

「うん、これでよし」


傷口が完全に塞がったのを確認し、顔を離す。


「な、なんで今舐めたの……!?」

「吸血鬼の唾液には傷を治す効果があるんだ」

「そういうことね……」


 傷を治すことに集中しすぎて、そういえば事前に説明するのを忘れていた。

 妹を驚かせてしまったが、傷はしっかり治ったのでこれでいいだろう。

 

 それにしても、妹の血はとても美味しかった。

 メリアさんの言う通り、今まで飲んできたどんな飲み物よりも美味しい気がした。……というか、むしろ美味しすぎた。

 吸血鬼はエネルギー効率がいいので少しの血を飲めばしばらくはもつそうだが、それとは別にして吸血行為にハマってしまいそうだ。

 自重せねば。


 そんなことを考えていると、いつの間にか妹の顔色も元に戻っていた。

 

「それで、どうだった? 私の血」

「すごく美味しかったよ。ありがとう」

「そっか。よかった」


ふっと笑みを浮かべる妹。


その表情を見て、改めて思う。……妹の役に立ちたい。

そのためにはやはり、お金が必要だ。

吸血鬼の身体を手に入れたことにより、前よりも丈夫になったはず。

夏休みを3日間も無駄にしてしまったし、失った時給を取り戻すためにまた頑張ろう。


「お兄ちゃん、まさかまだアルバイトの掛け持ちを続けるとか考えてないよね?」

「……え」


 まるで心を読んだかのように的確に思考を当ててくる妹。


「その顔は図星ね。今回みたいなことがもう二度と起きないように、お兄ちゃんはもう頑張らないで」

「でもこうして吸血鬼になれたし、もう大丈夫だよ」

「お兄ちゃんは、また私のお願いを聞いてくれないの?」

「……その言い方はズルいだろ」


 実際、今回の件は妹の忠告を無視した俺に非があるのでうまく反論ができない。


「お兄ちゃんはこれからバイトの掛け持ちは禁止。家事も全部私に任せてね」

「いや、でも」

「禁止だから!絶対!!」

「ハイ……」


 珍しく大声を出す妹に押される形で了承してしまうが、そもそも今の俺は普通の人間ではないのだ。

 体力的に全然問題ないのでそこまで心配する必要はないのだが……。まぁ、言って聞くわけでもないか。

 自分が倒れてしまったことによりさらに妹が過保護になっている気がする。


 掛け持ちせずに1つに絞るなら、圧倒的にお金が稼げる仕事を見つけないとな……。

10話までは毎日20時に更新します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ