2 吸血鬼になりました
(知らない天井……)
目が覚めると、見覚えの無い、暗い部屋のベッドの上にいた。
記憶を辿るがすぐには思い出せず、状況を確認しようと上半身を起こす。
すると、サラッとした慣れない感触が頬をくすぐる。
そして、体全体にどこか違和感を覚える。
なんだかおかしいなと思い、視線を下げてみると――
「え……?」
驚きのあまり声が出た。
自分の身体が二回りほど小さくなっている。ピッタリだったはずのTシャツがダボダボになっているので気の所為ではないだろう。
しかも、髪の毛が腰辺りまで伸びている上に白銀色になっている。
それに、今発した声もいつもと違ったような……?
(……どうなってるんだこれ!?)
状況が飲み込めず混乱する。
現状で分かっていることは、起きたら知らない部屋にいて、身体が自分のものじゃなくなっているということ。
落ち着かない頭で辺りを見回してみると、この部屋はファンタジー映画のような内装になっていることに気付く。
ドアやカーテンは完全に閉められ、室内が暗いということは分かるのだが、派手な装飾のついた高級感のある家具や不思議な造形の置物が何故か昼間のようにハッキリと認識できる。
ガチャ
突然ドアが開き、慌てて音のした方向へ顔を向ける。
「お、目覚めたか」
ドアから顔を覗かせたのは、肩下まで伸びた黄金色の髪と紅い瞳が煌めく、現実味のないほどに美しい女性。
未だに自分の置かれている状況が理解できず呆然とする俺にどんどん近づいてくる。
「体調はどうだ? 痛むところなどないか?」
「えっと……それは大丈夫です」
「ならよかった、君は真夜中の裏路地で倒れていたんだぞ」
「えっ……!?」
「もうすでに死んでいたようだから、家へ連れ帰って助けてやったんだ」
そこまで聞いて、ようやく最後の記憶を思い出す。
(そうだ、俺はアルバイトからの帰り道で気を失ったんだった……)
倒れた俺をこの人は助けてくれたのか。命の恩人じゃないか。
でも『すでに死んでいた』ってどういうことだ……?
それに自分の身体が小さくなっていることについても謎のままだ。
「あの……俺の身体はどうなってるんでしょうか?」
「ああ。それについてだが、ちょっと色々あってな……心して聞いてほしい」
「わかりました」
「実はな……」
ごくり。
俺はどんなことでも落ち着いて受け止めてみせると覚悟を決め、次の言葉を待つ。
「君は吸血鬼になったんだ」
「え、今なんて……?」
「聞こえなかったか? 君は吸血鬼になったんだ」
「……………ええええええええええええ!?!?」
無理だった。予想以上にファンタジーなことが俺の身に起こってしまったらしい。
こんなの聞かされて平常心でいられるわけがなかった。
そんなことってあり得るのか?夢でも見てるのかな、俺。
「すごいリアクションをしてくれるな、君」
「当たり前でしょう!?」
その後も長々と話を聞いたが、要するに俺は裏路地でのたれ死んだところをこの金髪吸血鬼(メリアというらしい)に拾われ、ギリギリ魂が抜ける前だったので死体を吸血鬼化させることによって復活させてもらったそうだ。
そして、魔術的な用語が多くて説明はよくわからなかったが、吸血鬼になる過程でなんやかんやあって銀髪ロリ美少女になってしまったと。
……なんてこった!? 一体何をどうすれば男子高校生が美少女ロリ吸血鬼になるんだ!?
色々とツッコみたいところはあるけれど、このメリアという吸血鬼の女性が自分を助けてくれたことに変わりはないので、一先ず感謝を告げる。
「助けていただいてありがとうございました。自分にできることであればお礼をしますので」
「気にするな。君、両親が亡くなってしまった家の子だろう。妹の為に頑張っていたのは知っている」
「あ、ありがとうございます……」
どうやらメリアさんは自分のことを知ってくれていたようだ。
見かけたことはないけど、意外と近所に住んでいるのかな?
「それと、私や吸血鬼のことはあまり多くの人に話さないでほしい」
「やっぱり隠してるんですね。わかりました」
「ああ、吸血鬼だとバレると少々面倒だからな」
実際、自分も今日まで吸血鬼が実在するなんて知らなかった。
日本ではあまり見かけない金髪と紅い瞳は目立つが、身体つきは一般的な人間と同じようだし、人に紛れて普通に生活しているのだろう。
そこで、ふと思い出す。
……すっかり忘れていたけど、今何時だろう?
部屋の隅に置かれていたアンティークな振り子時間で時間を確認する。
時刻は午後7時。
メリアさんに今日の日付を尋ねると――俺が倒れた日から3日も経っている!?
妹に何も伝えずに3日間も家へ帰らないのはどう考えてもマズい。
すぐに妹に連絡しようと考えたが、生憎スマホの充電は切れていた。一刻も早く家に戻らなくては!
「すみません、妹が心配しているかもしれないので家に帰ります」
「わかった。また何かあれば来るといい。君の家はここからそう遠くないはずだ」
「ありがとうございます。お世話になりました!」
メリアさんにはまた今度しっかりお礼をしようと決めて、急いで部屋から出る。
内からじゃ分からなかったが、メリアさんの家はヨーロッパ風の豪華な屋敷だった。
近所にこんな屋敷があるなんて、知らなかった。――が、今はそれどころではない。
「きっと今頃寂しい思いをしてるよな……ごめん、真昼……!」
遠くからでも目立つ高い建物を頼りに妹が待っているであろう家の方向へ走る。
吸血鬼になったおかげか、細い足腰からは信じられないくらいの力が出せて、男子高校生だった頃よりも数倍速く走れている。
だんだんと見慣れた景色に変わり、普段使っている通学路に出る。
そこではなんと、あちらこちらに「探しています」の文字と共に男子高校生だった時の俺の顔写真が印刷されたポスターが貼ってあった。
(めちゃくちゃ恥ずかしい!!)
ポスターの質からして、恐らくは妹が手作りしたものだろう。
……これはかなり心配させてしまったようだ。
罪悪感に押しつぶされそうになりながら走り続け、ついに家の前へたどり着く。
これだけ全力疾走したのに全く疲れていない自分の身体に驚いてしまう。
そして、どう説明しようかと悩みながらも、覚悟を決め――
ガチャ
玄関を開ける。
「お兄ちゃん!! どこに行って…………え?」
目を真っ赤に腫らした妹が扉の音に反応し、すぐに駆けつけて――固まる。
やっぱりそうなりますよね。