1 ぷろろーぐ
初投稿です。よろしくお願いします。
「ただいま、真昼」
「おかえり、お兄ちゃん」
アルバイトが終わり、家へ帰ると妹が笑顔で出迎えてくれる。
壁にかかった時計を見ると時刻は午後10時。
もう遅い時間だというのに、妹は俺の帰宅をいつも待ってくれている。
「今日は暑かったから先にお風呂入る?」
「いや、食事にしよう。どうせお前もまだ食べていないんだろ?」
「うん、じゃあ準備するね」
まったく、出来過ぎた妹だ。
出来過ぎていて、最近少し困っている。
頼んでもいないのに家事全般をこなしてくれるし、何よりこうして一緒にご飯を食べたり、家族としてのコミュニケーションを取る時間を積極的に作ってくれる。
そのせいで学校生活に支障が出ていないといいのだが。
「お兄ちゃん、今日は何のお仕事をしてたの?」
食事に手を付け始めると、妹が話しかけてくる。
「この前始めた飲食店のアルバイトだ。学校が終わる時間からすぐに入れるし、時給も高い」
「……もうこれで掛け持ち3つ目でしょ? 私のことは大丈夫だから、もっと自分の為に時間を使いなよ」
「そういうわけにはいかない。お前にはお金のことで苦労させたくないんだ」
「お兄ちゃんのわからず屋」
――両親が事故で亡くなってから約1年。
決して裕福とはいえないが、母も父も優しく幸せな家庭だった。
絵を描くことが好きだった俺は、絵を見せるといつも喜んでくれる母親が大好きだった。
突然の両親の死に絶望した俺達兄妹は、はじめこそ親戚や周りの大人達に頼って暮らしていたが、それを続けるわけにはいかず、今はこうして住み慣れた一軒家に2人で暮らしている。
残された唯一の家族である妹だけは必ず幸せにしようと誓った俺は、妹の大学進学までの費用を賄うため高校に通いながらアルバイトを掛け持ちし、計画的にお金を稼いでいる。
妹は昔から頭がよく、常にテストは満点、成績も学年トップを維持する天才だ。
「お金がない」なんて理由で優秀な妹の未来を閉ざしたくはない。
自由に好きな進路を選んでもらうためにも、これは必要なことなんだ。
「お前こそ、無理しなくてもいいんだぞ。家事は分担しようと決めたじゃないか」
「お兄ちゃんが夜遅くまでお仕事をしてるのに、私だけ何もしないなんてできるわけないでしょ!?」
「……お前はまだ子供なんだから、もっと遊んでていいんだよ」
「その理屈で言ったら、お兄ちゃんだってまだ子供でしょう!」
困った。本当に困った。俺の妹が歳の割に賢すぎる。
妹を楽にさせてあげたくてアルバイトをしているのに、これじゃあ本末転倒かもしれない。
真昼はまだ中学2年生。
高校生以上からでないとアルバイトが出来ないため、どうしても俺が2人分の生活費を稼ぎながら妹の進学のための貯金をする必要がある。
そのために俺は一日のほとんどの時間をアルバイトに費やす必要があり、妹はその間にほぼすべての家事を終えている。
「「はぁ……」」
どちらからともなくため息が溢れる。
互いに互いのことを考えすぎる俺達兄妹は、やはり似た者同士なのかもしれない。
◇
翌朝。
「いってきます」
「いってらっしゃい、お兄ちゃん」
妹より少し早めに家を出る俺はいつものように高校へと向かう。
昨夜は妹と険悪なムードだったが、お互いに悪気はないことは理解していて、それにあのような話題はもう何度もしたこともあり、寝て起きればいつもの雰囲気に戻っている。
学校に着くと、いつもよりテンションの高い学生達がいたるところで盛り上がっている。
それもそのはずで今日は夏休み前最後の登校日、つまり終業式だ。
普通の学生なら長期休みは何をして遊ぼうか、どこへ行こうかとワクワクしているところだろう。
生憎俺には遊ぶ時間なんてなく、都合の良い短期バイトを増やすだけなのだが。
「おはよう、深夜」
「ああ、おはよう」
教室へ着いてすぐに前の席から声をかけてきたのは小学校からの親友である須藤竜助。
こいつは整った顔立ちと筋肉質な体を兼ね備えていて女子にモテそうな奴なのだが、本人曰く『二次元にしか興味ない』らしい。
かれこれ10年以上の付き合いだが一度もクラスが離れたことはなく、周りからもいつもの2人組として認識されている。
「ついに夏休みだな。 深夜も今日くらいはパーッと遊びにいかないか?」
「……ごめん、今日もバイト入れてるんだ」
「やっぱそうかー。じゃあまた今度な」
最近はいつも断り続けているので申し訳ないと思いつつ、次に遊べる日はいつになるのだろうかなんて考える。
きっと、高校卒業して就職するまでは自由な時間なんて持てないんだろう。
昔は暇さえあれば絵を描いていて、イラストレーターを目指そうなんて本気で思っていた時期もあったが、今はそんな夢を見ている場合じゃない。
――妹の為にひたすらお金を稼ぐ。
これが今の俺の目的で、それ以上に優先するべきことなんて何もない。
◇
「それじゃあ、これでホームルームは終わりです。皆さん、気を付けて帰ってくださいね」
学校が終わり、ついに夏休みが始まったことにより浮かれるクラスメイト達が一斉に帰宅の準備を始める。
「それじゃまたな、深夜」
「竜介も元気でな」
結局、部活動の友人たちと遊びに行くことにしたらしい竜介と挨拶をして、俺も帰ろうかと荷物をまとめ始める。
「あの……! これからクラスメイトの一部でカラオケにいくんですけど、よかったら永井さんもどうですか?」
席を立とうとしたところで、学級委員の水瀬夏海に声をかけられる。
珍しいなと思いつつも、永井という名字はクラスに俺しかいないので人違いではないと確信する。
「ごめん、今日はバイトの予定が……」
「やっぱり……永井さん、いつも忙しそうですもんね。引き止めちゃってすみません」
「いや、こちらこそごめんね」
クラス1の美女に声をかけられて一瞬戸惑ってしまったが、焦りは顔に出ていないはず……多分。
「いつも忙しそう」だなんて思ってもらえていたことにビックリ。それにちょっとだけいい香りもした。
俺も普通の人生を歩んでいれば、ああいう子に恋しちゃったりするんだろうか。
……そんな叶わない妄想はやめて、さっさと帰ろう。
放課後、俺はバイト先の飲食店へ向かいながらスマホで短期アルバイトを探し始める。
引っ越し補助、仕分け作業、新聞配達、ラベル貼り。近場で検索し、時間が許す限りバイトを詰め込む。
最近は一日の予定が完全に埋まっている状態が当たり前であり、逆にスケジュールが空いていると何かやるべきことを見つけるまで落ち着かない。
妹が言うにはこれは「空白恐怖症」と呼ばれるらしいが、俺にとっては改善する必要もないので、そんなことはどうだっていい。
時間の許す限りたくさん働いてお金を稼がなくてはならない理由が、俺にはあるから。
◇
――夏休みが始まってから約2週間。
とにかく働いて、働いて、多い日は一日で3つのアルバイトを掛け持ちでこなしていく日々。
スマホに映る現在時刻は午後11時52分。いつもより長引いてしまった飲食店のアルバイトを終え、フラフラと倒れそうになりながら帰宅する。
(夏休み前のバイトも合わせると、これで20連勤くらいだろうか……)
妹の為と自分に言い聞かせながらここまで頑張ってきたが、これはそろそろヤバいかもしれない。
(なんだか目眩がする……それに、吐き気も……)
気付いた時にはもう遅かった。
人気のない暗闇の中、ついに限界がきたことを察する。
(そういえば昨日の夜……真昼がもう休んだ方がいいって言ってたっけな……だけど俺は無視して自分の部屋に戻っちゃったんだっけ……)
(……もう少し……妹の言うことを聞いておくべき、だったな……)
月の光だけに照らされた裏路地。
結局のところ、妹の為ではなく、自分が両親を失った悲しみから目を逸らす為に忙しなく働き続けていたのかもしれない。
そんな真実を悟るのと、永井深夜の生命が尽きるのはほぼ同時だった。
本日は7時、12時、20時に更新します。