第7話 渓谷の竜
その後、すぐに村を発った。
これまでと同じ移動方法で件の渓谷に到着する。
最短距離で突き進んだので大した時間はかからなかった。
魔力反応を追って渓谷を下りると、深い霧の奥から地鳴りのような声が聞こえてきた。
「人間よ。何の用で我の住処を訪れた」
「村の資源を搾取する悪い竜を倒すためだ」
俺は堂々と答える。
少しの沈黙を挟んで、声は念押しするように問いかけてきた。
「……倒す? 貴様が、我を倒すと言ったのか」
直後、声が大笑いする。
渓谷全体が揺れるような声量だった。
俺はその場から動かず、無言で霧を見つめる。
魔力はだんだんと接近していた。
肌のひりつきが際限なく強まっている。
声は俺に対する嘲りを隠すことなく述べる。
「滑稽だな。蛮勇ですらない。自害ならもっと楽な方法もあったと思うが」
「俺は本気だ。ここで死ぬつもりもない。お前を倒して村を救う」
そう断言すると、霧の中の気配が変化した。
嘲笑に混ざって苛立ちと怒りが生じる。
場の空気が張り詰めて軋む。
途方もない質量の魔力が物理現象となっているのだ。
やがて声が宣言する。
「――自惚れるなよ。人間ごときが竜に歯向かうか。身の程をしるがいいッ!」
叫びと同時に霧が晴れた。
現れたのは赤い鱗に覆われた竜だ。
屈強な後脚で大地を踏み締めて立ちはだかっている。
翡翠色の双眸が俺を見下ろしていた。
(凄まじい魔力だ。ただ存在するだけで天候に影響を与えている)
上空の雲が乱れて渦を巻く。
直前まで快晴だったのに、今にも雨が降りそうだ。
この分だと雷も警戒すべきかもしれない。
竜は動かない。
己の威光を知らしめているのだろう。
そして、俺の絶望を煽ろうとしている。
絶対強者に盾突いた憐れな人間に、存在の差を主張しているのだった。
無論、俺が怯むことはない。
ただ静かに呟く。
「さっそくだが封印を解くか」
魔眼のことだ。
乱用はしないと決めたものの、この場において発動を渋るのは違う。
今回は間違いなく使うべき相手だろう。
能力発動を躊躇って殺されるのはさすがに間抜けすぎる。
俺は疼く両目を意識しながら竜に警告した。
「ここから先は加減できない。一瞬で死んでも恨むなよ」
「グハハハハハハッ! 大した自信ではないか! ではその力を見せてみよ。我がさらなる力で凌駕してやろうっ」
竜はますます怒りながら笑う。
どうやら挑発と解釈したらしい。
その巨躯から滾る魔力が暴風となって解き放たれた。
渓谷の岩壁が削れていく様を見て、俺は魔眼の封印を解除した。
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