第62話 暗殺強行
刃から闇槍が飛び出す。
魔王は瞬時に身を屈めて回避した。
信じられない反応速度で闇槍の軌道を見切ったのだった。
ただし、出遅れた数人の幹部は貫かれて、胴体や頭部に穴が開いてしまう。
そういった者は即死だった。
リエアのようなアンデッドではなくただの獣人族なので、致命傷で簡単に死んでしまうのだ。
俺の奇襲を見て、残った者達が動き出そうとする。
その前に連続で不浄剣を振り回して、追撃を繰り出していった。
青炎の斬撃は向こうの防御魔術を食い破るように突破し、被害を押し付けていく。
幹部達はあらゆる能力を焼き尽くされて絶命した。
炎はリエアの固有能力だ。
幹部程度がどうにかできる代物ではない。
そんな中、裁きの魔王が青炎を散らして突進してくる。
超高速で迫る姿は、特殊な能力を使っているようには見えない。
魔力による純粋な身体強化だけだろう。
そこに獣人族の運動神経が加わって恐るべき速度に達しているのだ。
ほとんど一瞬で俺の眼前に来た魔王は、無造作に斧を振るってきた。
俺は防ぐ暇もなく胴体を両断される。
暴風のような破壊力で人体が木端微塵になりそうになった。
その寸前、幻創魔術を行使して肉体を瞬時に砂へと変換する。
物理的な損傷を帳消しにしつつ、至近距離から不浄剣を突き刺しにかかった。
魔王は鉈で防御する。
しかし不浄剣の切っ先が鉈をすり抜けるように貫くと、そのまま闇槍を解き放った。
漆黒の槍は裁きの魔王の肩を捉える。
「ぐぅ……っ!?」
魔王はすぐさま飛び退く。
肩の傷口から闇の魔力が暴走し、肉体を蝕み始めた。
それに気付いた魔王は肩の肉を切り飛ばす。
ところが傷の断面も既に闇の魔力に侵蝕されていた。
魔王は慌てた表情でさらに肉を切除する。
今度の断面もやはり闇に覆われていた。
闇の魔力は体内の奥深くまで根付いてしまっているのだ。
もはや手遅れである。
「ウゴアバアアアアアァァッ!」
狂った魔王が絶叫し、その場で崩れ落ちた。
全身から噴き出した真っ赤な血液が、だんだんと漆黒の粘液に変わる。
闇の魔力に侵されている証拠だ。
もはや本人には止めようがないだろう。
(このままでは死んでしまうな)
そう判断した俺は、幻創魔術で裁きの魔王に干渉する。
闇の魔力と親和させて、圧縮しながら鎮めていく。
出来上がったのは漆黒の毛玉だ。
手のひらに載るくらいの大きさで、表面の色合いは七色に変動する。
無理やり親和させた影響か、魔力の輝きはどことなく鈍い。
毛玉の触れた大地が湿り気を帯びていた。
これは魔王の能力とは関係なさそうである。
きっと本人の抱く恐怖や絶望を表しているのだろう。
絶対的な力で君臨する魔王が、抗えない蹂躙を受けて意味も分からずに滅びゆく。
その感覚は計り知れないものだ。
ここまで一方的な結果になったのは、不浄剣に宿る怨念のせいだった。
犠牲者を求める習性が発露したのである。
物理戦闘に特化した裁きの魔王にとって、この上なく相性が悪かった。




