第37話 魔王
転移扉の先は、薄暗い荒野だった。
厚い雲は今にも雨が降りそうだ。
しかし、そんなことを気にしている場合ではない。
前方一帯が闇に覆われていた。
向こうの景色がまったく見えない。
魔眼でも見通すことは不可能である。
闇は禍々しい魔力の塊だった。
その只中に金色の眼球が一つ浮いている。
赤い瞳が静かに俺達を注視していた。
「……ッ」
俺は全身の震えを自覚する。
これは根源的な恐怖だ。
ただの視線だけで本能的に死を予感している。
あれは人間が決して歯向かってはいけない存在である、と頭が悟った。
しかし、そんなことは些事に過ぎない。
今の俺はただの人間ではないのだ。
規格外の能力を手にした魔術師であった。
限界はない以上、あの闇の化身にも十二分に対抗できる。
(落ち着けよ……大丈夫だ。呼吸を意識しながら集中しろ。恐怖に屈するな)
心が挫けないように鼓舞しつつ、俺は務めて冷静に考察する。
金色の眼を持つ闇の化身は、五年前に君臨した魔王だろう。
当時は正体も能力も一切が不明だったが、現在は国王達から奪い取った記憶がある。
そこには前方の魔王に関する情報も含まれていた。
通称は『千里眼の魔王』で、何もない荒野地帯を縄張りにしている。
かつての配下は失って現在は単独行動に徹していた。
度重なる裏切りや下剋上で疲弊し、人類への侵略戦争もままならない状態なのだ。
肝心の力も大幅に衰退したが、それでも他の魔王とも渡り合えるほどらしい。
どこの傘下にも下る気はないようで、犠牲を恐れる他の勢力が敬遠した結果、誰も手出しせずに黙認されていた。
たまに小競り合いは発生するも、千里眼の魔王は孤独な存在となり果てていた。
長い沈黙の末、魔王が思念を飛ばしてくる。
『――幻術師レード。お前を待っていた』
脳内で重苦しい声が響く。
抑揚の感じられない声だった。
いずれの感情も読み取れない。
俺の名を知っているのは、千里眼の能力で見ていたからだろう。
ほぼ無制限の距離を認識できるので、どこかで俺の存在に気付いて監視していたに違いない。
ここまで何度も幻創魔術を使ったからそれが原因だろう。
俺はさりげなく魔眼を解放しながら応じる。
「何だ」
『来訪したのはお前だ。用件があるのだろう。話せ』
千里眼の魔王は微動だにせずに言った。




