なぜ、それを為すのか。
佑衣奈は本当に三日間寝続け、オレは三日学校を休むにことになった。起きたときに隣にいなかったら、後々なにをいわれるかわかったもんじゃない。
結果、座った体勢ではあったが、オレもよく寝た。
グリーンリバーの封筒をもらったあの日から、ばたばたしどおしだったから、こういう休養も必要だったのかもしれない。
そして、夢を見た。
昔は、よく見た夢だ。
風景のない暗闇のなかに、幼いオレが立っている。
泣きたいのに、涙をこらえて立っている。
そこへ、どこからかトメさんが現れて、手紙を渡していく。
両親からのエアメールに心を躍らせ、急いで封を切ると、
「もう、晃平は、いりません」
簡潔な一文。
幼いオレは、それでも泣かずに、立っている。
悲しい。
平気。
寂しい。
泣くもんか。
辛い。
幸せ。
嫌だ。
嫌じゃない。
自分のなかに、感情があふれ出す。
そこで、いつも、目が覚めるのだ。
三日経ち、熱の下がった佑衣奈は、オレに、どうして神になりたいのかと聞いた。それはまるで、あのキーワードをそのまま問われているようで、オレは少なからず驚いた。
オレは答えた。マイナスを、できるだけゼロにしたいのだ、と。
寂しいとか、悲しいとか、辛いとか、そういうマイナスを、全部。
最初は、単純に、自分が寂しかったから。
そして、世の中には犯罪が絶えないこと、理不尽なできごとがなくならないことを知って、思いは強くなった。
でも、最近、考えずにはいられない。
ヨーコさんは、世の中はマイナスとプラスがバランス良く在るからこそ、成り立っているといった。
中根紀美子は、余計なことをしないでと、オレを睨んだ。
そして、佑衣奈の問い。
良いことってなんですか──?
「おまえのノートはわかりづらい。実に、わかりづらい。ノート一つで、そいつの頭の程度がしれるな」
金曜、三日ぶりに登校し、孝史からノートを借りると、休み時間フル稼働でノート写しに専念した。コピーですむ問題ではないのだ。自分なりに、まとめ直しておかないと。
中根のことは、気になっていたのだが、見た目にはいつもどおりだ。佑衣奈のいっていたとおり、もっといじめてやろう、という展開になっていなくてよかった。
でもこれは、結果論だ。
オレが迂闊なことをしたという事実は変わらない。
「なら返せよ。ノート貸して、文句いわれちゃたまんねえよ」
「文句なんていってないだろ。感謝してるぞ、孝史」
ひがみっぽいやつだ。
すっかり元気になった佑衣奈が、オレの上から二冊のノートをのぞき込んでくる。
「コーヘー、頭良いんじゃないんですか? ノートなんて写さなくても」
思わず鼻で笑った。
わかってない! まったく、わかってない!
「頭が良いことと、知識があることと、学校のテストで点が取れることとは、まったくの別問題だ。テストは、これ!」
びし、とノートを示す。
「教師は、教えてきたことをちゃんと理解しているかどうかの確認で、テストをする。逆にいえば、教えていないことは決してテストに出ない! そんなことしたら問題になるからな。授業でいったこと、ノートの内容を完璧にしていれば、ほぼ確実に満点だ! そのためには、板書されなかったこともメモをとる、教科書にチェックを入れる、などの技が不可欠であり……」
「おまえ、神やめて塾講師にでもなれよ。向いてるよ」
「最後まで聞けよ」
質問をしてきた佑衣奈もあさっての方向を向いている。聞く気ナシ。
がらがらと扉を開け、中本サンが入ってきた。
帰りのホームルームだ。
「はーい、じゃ、ちょっと配るものがあるだけだから、ちゃちゃっと配って、ちゃちゃっと帰りましょー」
年甲斐もなく──何歳か知らないけど──ミニスカートの中本サンが、なにやらプリント類を配っていく。重要そうでもなかったので、見もせずにしまいこんだ。
「これでおしまーい。なにか、お知らせ質問その他、ある人いる?」
いつもながら、中本サンのホームルームはテキトー感があふれ出ている。特にやることがない日は、本当になにもしない。
いつものパターンでいけば、次は挨拶をして、もう解放だ。教室内に、期待のようなものがうっすら満ちる。
「あるわ」
びしりと、手が挙がった。柳原が立ち上がり、金髪縦ロールをうしろに払う。
「はい、柳原さん」
すでに立ち上がっているのに、中本サンがほんわか指名する。その場でいえばいいものを、柳原はカツカツと歩き出し、教卓を陣取った。
「みなさん、明日は、なんの日かご存じ?」
しん、と静まる。知らねーよ、という空気。
「実は、明日、十一月十一日は、この私、柳原千鶴の誕生日よ」
ふーん。
「そこで──日頃、世間知らずな惣太がみなさんに迷惑をかけているお詫びも兼ねて、明日の土曜日は柳原家でパーティーを催します」
「パーティー? って、食べ放題のあれですよね? チヅル、やりますねー」
佑衣奈のなかでは、パーティーイコール食べ放題、なのか……。
「もちろん、一流シェフのお料理をたっぷり用意するわ。みなさん、普段着でどうぞ」
どこまでも高圧的に告げ終わると、柳原はぱちんと指を鳴らした。教室の戸が開き、黒スーツの男が四人、入ってくる。彼らは、招待状が入っているのだろう、金のラメ入りの封筒を配っていった。
柳原は教卓に両手をつき、毅然としていい放つ。
「全員参加ということで、どうぞよろしく」
柳原主催のパーティーなんて、面倒なことが起こるに違いない。
行きたくない。
が、なにか企んでいた場合、阻止しないわけにもいかない。
でも行きたくない。
「おいしいもの食べ放題は魅力的ですが、ソータがいるのは面倒ですねー」
佑衣奈も、悩んでいるようだ。
しかし、オレたちのそんな葛藤は、結局意味を為さなかった。
朝の十時過ぎには、黒スーツがリムジンで迎えに来たのだ。
有無をいわさず乗せられた車内で、柳原のいった、全員参加の意味を思い知る。
途中、何台かのリムジンと合流したので、クラスメイト全員の家へ迎えに行ったのだろう。近所の家は乗り合わせもあったようだが、それでも何台のリムジンを所有してるんだか。
「花子、元気になってよかったな」
胡蝶蘭を持ってリムジンに乗り込んだ佑衣奈に、そう声をかける。佑衣奈の回復とともに、胡蝶蘭も回復したらしい。土を替えたのだと、トメさんはいっていた。
「元気でなによりです。これで、毎日のごはん、五人分はキープですね」
喜々として、そんなことをいう。だんだんこいつのことがわかってきていたので、オレは苦笑しただけだ。
そもそも、車に乗るほど遠くはない柳原家には、すぐに到着した。リムジン数台でプチ渋滞が出来上がっていたが、それほど待たされることもなく、でかい門を抜けて敷地に入る。
先日行った本宅を通り越し、ヨーロッパを思わせる大ホールの前で、車は停まった。
「ごきげんよう、木下君」
ホールのなかでは、見るからに重そうな衣装の柳原が待ちかまえていた。光沢のあるピンク色のドレス。仕組みは知らないが、社会科の教科書で見た明治時代の貴婦人のように、裾が異様に広がっている。右手には、綿みたいなものがそこら中についた扇子。
趣味が悪い。
「おまえ、オレらには普段着とかいっといて、自分はそれかよ」
「あら、普段着でといったのは、私なりに気を遣ったのよ。パーティーに着られるようなお洋服なんて、お持ちじゃないでしょう?」
ああ、そうですか。まあどうでもいいな。
見わたすと、ホール内はこれでもかと、こてこてに飾りつけされている。正面には、「千鶴様、十四歳おめでとう」の垂れ幕、頭上には複数の照明と、クリスマスツリーにつける電球を大きくしたようなカラフルな光の数々。立食形式なのだろう、イスはないが、丸テーブルが転々と並んでおり、それぞれにピンクの花が飾られていた。ホール全体をぐるりと囲むように並ぶテーブルには、すでに料理がずらりと準備されている。
要するに、お誕生日会、というやつだろうに。大げさだ。
……あ、もしかして、プレゼントとか持ってくるべきだったのか?
「お、晃平、佑衣奈ちゃん!」
いま到着したらしい孝史の声に振り向く。
思わず目を見開いた。
「……おまえ、なんで紋付き袴なんだ?」
「タカシ、かっこいいですね! ジャパニーズビューティー!」
会場の雰囲気も相まって、結婚式の新郎のようだ。
「やー、一応礼儀かと思って、オヤジのを借りてきた。あ、柳原さん、誕生日おめでとー!」
「ありがとう」
さすが、柳原は動じない。
「さあ、そろそろ開始のお時間ね。存分に楽しんでらしてね」
含みのある笑みで、こちらを見る。
「──素敵なゲストも、余興も、用意してあるから」
「……ゲスト?」
ウィーン、と、頭に響く甲高い機械音が鳴った。続いて、あーあーマイクのテスト中ー、と間の抜けた声。
柳原は颯爽と、ステージになっているホール前方へ向かい、惣太からマイクを受け取った。
「みなさん、本日はようこそお越しくださいました」
凛とした声で話し出せば、皆が一斉にそちらを向く。ざっと見た限りでは、クラスの面々しかいないようだ。
「この、柳原千鶴の誕生日をお祝いしてくださること、とても嬉しく思います。今日はどうぞ、存分に、お楽しみを」
ドレスの裾を持ち上げて、優雅に礼をした。だれかが拍手をし、つられて拍手の渦が起こる。
「もう食べてもいいですかね?」
「……もうちょっと待て」
いま我慢していることが驚きではあるが。
「そして今日は、特別にゲストをお招きしました。中本先生のご友人であり、私も大変お世話になっている、ヨーコさんです!」
じゃーん、と効果音が鳴り、申し分なくドレスアップしたヨーコさんが、ステージのそでから姿を現した。ホテルで見たような、和服をアレンジしたドレス。オレは思わず、目を瞬いて、確認してしまう。
「ヨーコさん……」
が、来るとは思わなかった。柳原のやつ、なにを考えてるんだ。
「え、だれだれ?」
現れた妖艶な美女に、孝史だけでなく、皆が顔を見合わせる。そうだな、だれも知らないよな。
逃げてまでヨーコさんに会おうとしなかった佑衣奈は、あからさまに嫌そうな顔をしていた。
「なんでメイドさんがくっついてんだ?」
それはオレにもわからない。
「こんにちは、はじめまして。中本可奈子ちゃんの飲み友だちの、ヨーコです。ヨロシク!」
柳原からマイクを奪い取り、例のハスキーボイスで告げて、ばっちんとウィンクをする。もしかしてニューハーフ? と、孝史がつぶやいた。ちょっと鋭い。
それにしても、中本サンとなにか関係があるのではとは思っていたが、飲み友だちか……。なんか、変に説得力あるな……。
「コーヘー、ゆいな帰りたいんですけど」
そんなに嫌か。
「せっかくの食べ放題だ、木下家の家計のためにも食いだめしとけ。きっとうまいぞ」
「でも、ソータだけならまだしも、ヨーコやミナまでいるんですよ。帰りたいですよねー、ハナコ」
胡蝶蘭を鉢ごと傾け、頷かせる真似をする。
「ほら、多数決で帰ります」
「なにが多数決だ。ヨーコさんまで呼んでんだぞ、あいつら絶対なにか企んでんだから、帰るな」
「えー。ゆいなには関係ないですよ」
ぼやくが、こいつが勝手に帰るのではなく、帰りたいと意思表示をするようになったというのは、大変な進歩だ。少し前なら、壁をぶち破ってさっさと帰っていたことだろう。
「みなさんにお披露目したいものがあります」
ステージの上から、声が続いた。
本当に帰ろうとする佑衣奈の傘をつかみ、声の方向を見る。柳原は一礼し、マイクを惣太に手渡した。
「あーあー、ごほん」
緊張しているらしい惣太が、咳払いを一つ。
「飲み物とか、デザートは、全面的にオレが、千鶴の親戚でぱてぃしえのオレが、担当する!」
いわされた感丸出しの棒読みだ。
「出てこい、スイーツ六号──!」
ぱちん、と惣太は指を鳴らした。
クラッシックが鳴り響き──ベートーベンの運命、か?──ステージがごごごと振動し始める。
ドライアイスでも用意してあったのか、もくもくと白い煙がたち、ステージの一部がせり上がってきた。ここからでは見えなかったが、もともと、沈んでいた状態だったのだろう。
煙が晴れていき、大きな影が姿を現す。
「おお……!」
孝史が歓声をあげた。出てきたのは、まるまるとした大きな人型ロボットだ。アニメなんかに出てくるやつを、ガチャガチャ用に二頭身にしたような、お粗末なロボ。素材は相変わらず、菓子類なのだろう。
「おいしそう」
佑衣奈が身も蓋もない感想を述べる。
「改良に改良を重ね、このスイーツ六号は、給仕ロボとして完璧な性能を得た! なにか注文があれば、こいつにいってくれ!」
ほんとかよ。
給仕ロボがガオーンと両手を掲げると、拍手が巻き起こる。
もう何でもありだ。
「では、パーティーを始めましょう! お飲物は行き届いてまして?」
黒スーツがわらわらと、ワイングラスを運び、ジュースを注いでいった。いつの間にか持たされる。
「乾杯!」
柳原のこの一言で、『パーティー』は始まった。
惣太のスイーツ六号まで登場して、なにも仕掛けて来ないはずはないと、警戒したまま数十分。
何ごともなく、パーティーは進行していた。
「すごいですよ、コーヘー! 無限です! 食べても食べても出てきます!」
先ほどの不満はどこへやら、目をきらきらと輝かせ、佑衣奈は片っ端からがっついている。それを上回るスピードで黒スーツが出入りをくり返し、料理は未だなくなる気配がない。っつーか、スイーツ六号、給仕してねーな。
オレは、テーブルの一つにもたれかかり、まわりの様子を観察していた。
視線の先にいるのは、見るからに居心地の悪そうな、中根紀美子。来たくなかったのに、むりやりリムジンに乗せられた、というところなのだろう。
中根のまわりに、人はいない。だれも話しかけない。
きっと、オレがここで話しかけるのは、中根にとってみれば余計なお世話になるのだ。やっかいな話だ。
「中根さん、かわいそうね」
柳原が、オレの前までやってきて、わざわざそんなことをいってくる。まったく、「かわいそう」という口調ではない。
「そろそろ、余興の時間に移ろうかしら」
「おまえ、なにを……」
するつもりだ、といおうとしたとき、流れていた音楽が突然止んだ。ステージの上から、惣太の声が響く。
「いまから、ゲームを始める! 男は男と、女は女とで、ペアを作ってくれ!」
突然のことに、場が騒然とする。柳原は、無心で食べ続ける佑衣奈に、カツカツと歩み寄った。
「桜田さんは、私とペアよ」
「は? どしてですか?」
「……なにをするつもりだ?」
柳原は、扇子で口元を覆った。目が、楽しそうに細められる。
「このクラスは、男子は十六人、女子は桜田さんを入れて十九人。もちろん、ゲストは除外。どういうことか、わかる?」
はっとした。
こいつ……
「中根を、孤立させる気か?」
「ペアを作ったら、手をつないで、そこから動かないでいてくれ!」
もう一度、惣太の声。皆、とりあえず、近くにいたやつと、ペアを作ったようだ。立食パーティーなんて、そもそも仲の良いやつらでつるんでるんだから、二人ずつになれという要求はさして難しいことでもない。少し離れたところにいた孝史も、オレのところにやってきた。
「あら、大変」
わざとらしく柳原が声をあげ、ぱちんと指を鳴らした。しんと静まりかえるなかで、スポットライトが、中根紀美子を照らす。
「中根さん、おひとり? ああ、そうよね、桜田さん入れたら奇数だものね」
「柳原……!」
憤り、柳原の腕を掴む。でも心配いらないわ、と柳原は続けた。
「このゲーム、三人でも、それほど問題はないの。だれか、中根さんを入れて差し上げて」
「こんなゲームなしだ! わざわざやることじゃないだろ!」
オレの声など聞こえていないかのように、涼しい顔をして、柳原は時を待つ。他の女子たちは、ひそひそとやるだけで、だれ一人名乗りでない。
「標的ですねー」
他人事のように、佑衣奈がつぶやく。中根は、光のなかで、柳原を睨んでいた。
「私を睨むの? 違うでしょう。最初に、あなたを仲間はずれにしたのはだれ? 佐久間さんたち? でも、ほかのだれも、あなたを助けないのね。かわいそう」
「……おいっ」
「ヨーコの前で、見せ場作りってことですね」
佑衣奈の言葉に、ヨーコさんの方を見た。ゲスト席から、こちらを見ている。
ということは、いまこの状況は試されているのか?
中根をダシにして、試しているのか?
──ふざけるな。
「おまえ、いいかげんにしろよ、悪趣味だ。おまえら、女子も、全員だ! 恥ずかしくないのか!」
しかし、だれも、答えない。
「コーヘーは学習しませんね」
佑衣奈の言葉が、嫌な感触で胸に響いた。
「逆効果だって、いってるのに」
「ほら、中根さん、正義の味方の木下君が助けてくれるみたいよ? 嬉しい?」
くすくすと、どこからか、笑い声がした。
中根は拳を握りしめて、出口へ向かう。その背中へ、なおも、柳原は声を投げた。
「逃げるの? 復讐のお手伝いをするって、ずっといってるのに。さあ、もう拒否なんかしないで、この六号を自由になさい。あなたをばかにして、無視したやつらなんて、いなくなってしまえばいいと、思うでしょう?」
いつだったか、教室で中根に話しかけていた柳原の姿と、柳原が貼ったというビラとが、脳裏に蘇る。
つまり柳原は、中根に、復讐を促していたのだ。
「余計なお世話よ……」
中根は振り返った。
「みんな大嫌いだし、いなくなってしまえばいい! でもそんなの、柳原さんにどうこうしてもらうことじゃ、ないでしょ! ほっといて!」
「あらそう」
柳原は、ふう、と息を吐き出した。
「でも残念、いまので、充電されちゃったわ」
ずがん、と重い音。
振り返ると、ステージの前にあった給仕ロボが、鈍く光っている。いまの音は、どうやらテーブルの一つを破壊したものらしい。
『ミンナ、イナクナッテ、シマエバ、イイ……』
給仕ロボから声がした。近くにいたやつらが、悲鳴をあげ、ロボから離れる。
「……佑衣奈、あれ、どういうことだ」
なんとなく、想像はついてしまったが、あえて問う。佑衣奈はジュースを飲みながら、
「使用者の感情に応じて動くタイプのロボですねー。みんないなくなっちゃえばいい、に反応したみたいですから、きっと全部破壊しますよ」
……なんでこんな落ち着いてんだ、こいつ。
「こら惣太──! どういうことだ!」
怒鳴りつけると、惣太は高らかに笑った。
「こういうことだ! 覚悟しろ、佑衣奈!」
ぱかりと、給仕ロボの口が開く。空気が吹き込むような音がしたかと思うと、そこから炎が飛び出した。
「きゃー!」
「なんだこいつ!」
佑衣奈の手を掴み、わらわらと逃げまどう群れに逆流して、ロボへ走る。冗談じゃない、あんなやつが暴れたら、ケガ人じゃすまない!
「佑衣奈、おまえの怪力でさっさとあれなんとかしろ! ちょっとやばいぞ!」
「どうしてですか」
まったくやる気のない声で、佑衣奈はぼやいた。
「ゆいなは、みんないなくなってしまえばいいと思いますよ。どうして止めなくちゃいけないんです? ソータ、やっちゃってください」
「おまえそれでも天使か!」
思わず怒鳴りつける。
「だってそうじゃないですか」
オレの手をふりほどき、佑衣奈は振り返った。出口付近で呆然としている中根を見る。扉はすべて閉められ、みんな逃げ出せずにいる。
「いなくなっちゃえばいいですよね? ひどいことをしたら、ひどいことは返ってくるものです。その覚悟もないなら、やらなければいいんです。ね、ナカネさん?」
中根は、震えていた。震えながら、なんとか首を左右に振る。
「わたしは、そんなこと……」
「思ってなくてももう遅い、スイーツ六号は十分力をチャージした! さあ、やつらをやっつけ──」
がん、と鈍い音がした。給仕ロボが、すぐ近くで叫ぶ惣太を思いきり殴りつけたのだ。悲鳴をあげる間もなく、惣太は床にたたきつけられる。
「こいつ……敵も味方もないのか?」
「なんせ、ターゲットは『みんな』ですからね」
佑衣奈がさらりと肯定する。
どうしたものか──まわりにあるテーブルを破壊し続ける給仕ロボを目で追いながら、頭をフル稼働させる。
いまは炎を吐いていないが、いつ吐き出すかわからない。それまでに、どうにかしなければ。火事にでもなったらおしまいだ。
オレにはこいつは止められない。佑衣奈も協力する気なし。制作者は気絶。
「どうにもならないじゃねえか!」
「あきらめたら? これもまた因果応報。桜田さんのいうとおりよ」
いつの間にか給仕ロボの向こう側に回り込み、柳原が笑う。柳原と、その隣のヨーコさんやミナさんには、万が一がないようにか、黒スーツががっちりガードについている。
「おまえ、なんだってこんなことするんだ! 大魔王になるためか? どうして、大魔王なんだっ?」
「簡単よ」
金髪をうしろに払い、柳原は微笑んだ。
「キーワード、聞いたでしょう? 『なぜ、それを為すのか』……私なりに、考えたのだけれど」
ちらりとヨーコさんを見る。ヨーコさんは静かに、この状況を見守っている。
「私は、世の中が自分の思いどおりになるのが好き! 自分の思いどおりにならない世界なんて、大っ嫌い!! ──だから、やるのよ、私が頂点に立つために!」
柳原の言葉に呼応するように、給仕ロボが雄叫びをあげた。口を大きく開き、炎を撒き散らす。
すぐ目の前に迫った炎に、オレは舌打ちし、佑衣奈をかばって床にふせる。佑衣奈の手から、胡蝶蘭がこぼれた。
「あっ」
ひどくゆっくりと、それは宙を舞った。給仕ロボの口から出た炎が、あっけなく白い花を焼く。
ごとりと、黒く焦げた鉢が落ちた。
「ハナコが……」
佑衣奈がつぶやく。
オレは、声をかけることができない。
知っているのだ。こいつがこれを、どれだけ大切にしていたか。
「ばかげてる……」
脳裏に、急速に、ここ数日で起こった色々なことがフラッシュバックした。
マイナスが在るからこそ、世界は成り立つ──
良いことは、必ずしも良いことではない──
みんな、いなくなってしまえばいい──
「……知るか」
オレは、立ち上がった。
「なにが正しいとか、間違ってるとか、そんなこと知るか」
オレだって、考えていたのだ。
こんな世の中はおかしい。
だれかが苦しむのは見たくない。
でもそんなのは建前だ。世界なんて知らない。そこまで立派な人間じゃない。オレはまだ、神になんてなれていない。良いことの教科書なんてないんだ。偉そうなことをいったって、知らないことだらけだ。
でも、違う。そういうことじゃ、ない。
だからって、オレが立ち止まって、どうする!
「ややこしいことは、どうでもいい……。オレが神になれば、それがすべてだ! オレは……!」
炎を吐こうを口を開ける給仕ロボへ、無謀を承知でダッシュをかける。
なぜ、それを為すのか──問いに答えるように、吠えた。
「オレが信じることを、するだけだ──!」
床に転がっていたテーブルクロスを掴み、給仕ロボの口にそれを押し込む。鉢を手に、呆然としている佑衣奈を怒鳴りつけた。
「佑衣奈! おまえ、花子がいなくなって悲しいんだろ! 大事なものがなくなるのは、だれだって悲しいんだ! どういうことか、わかるだろ!」
もし、佑衣奈に、悲しいという気持ちがわかるなら──同じように、だれかが傷つくようなことがあれば、悲しいと思う人がいるということも、わかるはずだ。
わかっているはずだ、いまの佑衣奈なら。
「……わかりました」
静かな声がした。
「コーヘーのいっていたこと、少し、わかりました」
振り返れば、佑衣奈は笑顔だった。邪悪な笑顔だ。傘カバンのチャックを開け、そこからすらりと、日本刀のようなものを取り出す。
「ゆいなを、怒らせましたね」
佑衣奈はオレの首根っこをひっつかみ、ものすごい力でうしろに押しのけると、そのまま高く跳躍した。照明の光が、刃の切っ先を照らす。
「ソータの作ったロボなんて、食べちゃいます」
軽々と、刀を一度、振り下ろしたようにしか見えなかった。しかし次の瞬間には、給仕ロボは頭の先から真っ二つに割れ、ズン、という重い音と共に、床に転がった。
嘘のような、沈黙が残る。
ひらひらと降ってきたカードをつかんだ。──『天使カード』。
ステージでは、柳原が立ちつくし、うしろでは、ぺたりと中根がへたりこんだ。
沈黙を破ったのは、ぱんぱんという、乾いた音だった。
「いいわねー、いいわ、とってもいいわ!」
ヨーコさんだ。手を叩きながら、ステージから下りてくる。
腰が抜けたように立てないでいるオレに、手を差し伸べた。
「合格よ、晃平君」
照明で、顔の輪郭がぼやける。隣には、ミナさんが立っている。
不思議な感覚に襲われた。
遠い昔、まったく同じようなことが、あったような──
はっとして、オレは目を見開く。
もしかして……
「神さま……?」
後日。
なにごともなかったように、日々は再開されていた。
中根は、あれから少しふっきれたのか、一人でいることはなくなった。その旨を斉藤光也に伝えると、彼は安心したようだった。
「いい天気ですねー、サキコ」
相変わらず学校についてくる佑衣奈は、新しく買ってやった胡蝶蘭にご執心だ。名前は咲子。根腐れさせることなく、順調に育てている。
大きなため息を吐き出したオレの肩を、孝史が叩いた。
「なんで元気ないんだよ、晃平。いいじゃん、めでたく神になれたんだろ? 俺は友として祝福するよ。いよ! 神様!」
……神様、か。
あの日、ヨーコさんから合格をいい渡されたオレは、神になった。
ただし。
ただし、があるのだ。
「いきなり世界全部を任せるってわけにはいかないから……そうね、とりあえず、矢粉市地黒区山が丘二丁目二十番地の神をやってもらう、ってことで。精進してネ!」
笑顔で、ヨーコさんはそういった。
矢粉市地黒区山が丘二丁目二十番地──
オレんちの住所だ。
「よかったわね、木下君。おうちのなかのことは、自由自在、思うがままでしょ? ああ、羨ましいわ」
柳原にしてみれば、笑いが止まらないらしい。
念じればリモコンなしでテレビのチャンネルを変えられるとか、立たなくても紅茶が煎れられるとか……なにが嬉しいんだ、実際。
そんなのは、神じゃない。
「オレは、絶対に、諦めないぞ。神になってやる! この世界を統べる、神になるんだ!」
「がんばってくださいねー」
まるでやる気のない佑衣奈の声に、少しだけくじけそうになったが、オレは負けない。
きっと、オレがこの世界の神になる日も、近いはずだ。
きっと──たぶん。
了
読んでいただき、ありがとうございました。
『かみさまロード』は、2006年8月頃執筆したものです。
一度、「小説家になろう」にて公開していたのですが、2009春、公募のために一時削除しておりました。ご迷惑おかけしました。
公募先は、富士見書房ネクストファンタジア大賞。結果は二次選考通過まで、でした。
まだまだの実力不足、精進致します。
※以前いただいた評価・感想は、ブログにて大事保存中。