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第九話

週一日曜更新と言ったな、あれは嘘だ。

 シルビアの家に居候するようになってから一か月が過ぎると一日の流れや街の人たちとのコミュニケーションにも慣れてきてだいぶ余裕が生まれてきていた。


 「シルビアー、仕事終わりにジギルのとこいって稽古してもらいたいんだけどいいかな?」

 「ああ、構わないよ。 私もクレアに頼まれてた新しい香水の試作品を試してもらいたいと思っていたところだ」


 実はジギルは飲んだくれのサボり店主のような振る舞いとは、裏腹にかなりの武術の経験者らしく俺がギルドで、仕事を請け負ったりチンピラに絡まれたりした時に対応できるよう、稽古をつけてもらっていた。


 「そういえば今日は、ラフィールに薬を届けに行くことになっていたな。 だとするとこの間貰った紅茶の茶葉でも持っていくか……」


 そう言ってシルビアは台所の戸棚から茶葉を取り出し小さい麻袋に入れるとカバンに仕舞う。

 ラフィールというのはルイルの街に住む俺と同じ異世界人の女性で、シルビアも充分に魔術に詳しいがラフィールは元居た世界でかなりの高位の魔術師だったらしく、こちらの世界の魔術式に興味津々で今では元の世界の魔術とこちらの世界の魔術の複合術式を考案中だという、ちなみにそれをシルビアは説明されたが、途中で聞くのを放棄したといっていた。それほどの知識と技術の持ち主だ。

 

 ラフィールの外見はファンタジーから抜け出してきたような姿をしており、額に角が尾てい骨の辺りから尻尾が生えていて、いわゆる亜人種ってやつだった。角とか尻尾とか鋭く尖っていて攻撃的な印象を受けたものだが、ラフィール本人の目付きがたれ目で眉はちょっと太めで柔和な印象を与えてくる上に、性格も大人しく温厚なのですぐに打ち解けることが出来た。


 「ラフィール紅茶大好きだもんね、きっと喜ぶよ」

 「だな。 荷物を積んでいくとするか」


 シルビアは戸締りをすると、外に出ていつもの馬車に配達する薬を俺と一緒に積んでいく。相変わらずシルビアの付けてる香水は良い香りだなぁ……。ちなみシルビアがつけている香水は商品として売り出す気はないらしく、友人知人の女性陣それぞれに多少の調整を加えた改良版を、使ってもらう程度で済ませるつもりだとシルビアが言っていた。


「この香水ほんと良い香りだから、売り出したら絶対大人気になるとおもうけど、もしそうなったらそこら中からシルビアの香りがすることになって……」


 それを想像して、この香りを知っているのは俺と他数名だけなんだぜという、しょうもない優越感を味わえなくなるのはちょっといやだなと思ってしまっている俺は、この一か月で会ったときよりも一層シルビアに惹かれているのを自覚する。


 「よし、今日の荷物はこんなところか。 タケルどうした出発だぞ」

 「あ、うん。 ごめん考え事してた」


 そういって俺とシルビアを乗せた馬車はルイルの街に向かってゆっくりと走り出した。


 それからルイルの街に着くと、もうすでに顔なじみになりつつある配達先の人たちと少し会話をしつつ、検品を済ませシルビアのお手製のサンドイッチを昼飯に食べ夕方になると、今日の分の仕事は終わりになった。


 「ふう、今日も誤配送は無しっと……」


 俺は大きく伸びをしながら今日の配達を振り返る。


 「タケルは元居た世界でも似たような事をしていたおかげか、道を覚えるのが早くて本当に驚くよ。私がこの仕事をし始めたときなんか、いちいちジギルの店にいって聞いてから向かったりして苦労したものさ」


 シルビアは馬に水をやりながら俺の仕事ぶりを褒めてくれる。


 「いやまあ、命の恩人の役に立ちたいからね。 それじゃジギルのとこにいってくるよ」


 嬉しいけれどあんな真っ直ぐに褒められると、さすがに恥ずかしいのでそそくさとジギルのところに駆け出した俺に、シルビアが普段はあまり出さない大きな声を出して声をかけてきた。


 「私はラフィールの家に紅茶を届けてそのままエルの店に向かってるからねー!」

 「分かったぁ! またあとでー!」


 そして俺も声を張り上げ返事を返して走る速度を上げた。


 それからまた数日が経ちシルビアやジギル、ラフィールにこの世界の文字を教えてもらったりして確実にこの世界の一員になろうとしていた。そんな時シルビアは「もうだいぶこの仕事にも慣れたようだし今日から一人で配達してみないか?」と提案され了承するとシルビアは嬉しそうに微笑む。


 「ありがとう本当に助かるよ。これで薬の調合に専念できるから、配達できる量が増やせるようになって今よりもっと沢山の人たちの役に立てる。これもタケルのおかげだ、仕事終わりに渡そうと思ったが帰ってきてからでは使い道が無いし、今のうちに渡しておくよ」


 シルビアは皮袋に入ったお金を僕に手渡してきた。


 「あ、給料か!ありがとうシルビア」


 俺は袋を軽く持ち上げ礼を言う。

 

 「夕飯は何か適当に私一人で済ませるからたまには一人で飲んでくるといい。ジギル辺りでも誘って男同士でバカ話をするのも良い息抜きになるだろう」

「はは、確かにそれは良さそうだ。うし、じゃあとりあえず配達いってくるよ」


 俺はシルビアに手を振って馬車に乗り込み出発した。


 配達を終えて早速ジギルを誘って飲みに行こうと、ジギルの店に顔を出すと奥さんのクレアさんしか居らず話を聞くと、ついさっき出かけたらしく行き先は飲み屋だと思うと言われたので、この街で俺が一番馴染んでる飲み屋であるエルの店に行くことにする。


 「ジギルのやつ、ホントに酒好きなんだな……クレアさんがそれを了承してるのが怖いな……まああれだけ酒豪なんだから店で飲んで、そのあとクレアさんと二人でゆっくり飲みなおしたりしてご機嫌とってたりとかしてるのなぁ?」


 ジギル夫妻の夫婦仲を心配しつつ、歩いていると目的のエルの店に着いたので入ってみると、ジギルは居なかったがせっかく入ったのに、ジギルが居ないから出ていくのも失礼かと思いジギルと飲むのは次回にする事にして、今日は一人で酒と料理を楽しもうとカウンターの席に座る。


 「タケルさんいらっしゃい!あれ、今日はお一人ですか?」


 席に着くと同時にエルがいつもの笑顔で俺を出迎えながら質問してきた。


 「ああ、今日はここに来てシルビアの手伝いをしてからの初のこれが入ったんでね」


 そう言いながら俺は朝シルビアに渡された袋を軽く掲げる。


 「わぁ!じゃあ今日はタケルさんの初お給料日なんですね!じゃあ今日は少しだけですけどサービスしときますね」


 先ほどよりもさらに笑みを深めてエルは、一旦厨房に引っ込むと何事か親父さんに伝えてから、改めて俺の所へ戻ってきた。


 「お父さんに話したら最初の一杯はタダで良いって言ってました!あと、『何か一品良いつまみつくってやるから期待してろ』だそうです」

「うお!? まじか、やったぜよおしじゃあまずはこの間シルビアが飲んでた葡萄酒もらおうかな!」


 俺は手を上げ大喜びしながら注文する。


 「はぁいかしこまりましたぁ!」


 エルは注文を取るとすぐさま葡萄酒をもってきてくれた。

 それを受け取り飲もうと杯を持って口を付けようとしたら雷が落ちたような凄まじい轟音が響き僅かにだが店が衝撃で揺れた。


 「な、なんだ!?」


 俺は一旦カウンターに杯を置いて店の外に出るエルも心配になり一緒に付いてきた、店の中にいた客たちも何人か外に出てきていて、辺りを見渡していると高見台の衛兵が鐘を鳴らし出した。


 「カームの村が真っ赤に燃えてる!何かデカい魔法か何かを発動させたなのかもしれない!至急救援に向かうぞ!」


 衛兵が、緊迫した様子で叫びながら凝視している方角に目を向けると、夕焼け空に狼煙のように何本か黒煙の筋が伸びているのが見えた。


 「あそこに魔術師とか居ないかったよな、どういうことだ?」

 「まさか帝国の連中が……?」


 俺と同じように空を見上げる街の人たちが不安そうに呟いている。


 「帝国?」

 「えっと、以前タケルさんがシルビアさんたちから説明されていた、異世界人に対して排他的な思想を持った人たちや国があるって話があった思うんですけど、覚えてますか?」


 エルは不安そうに黒煙を見上げながら俺に言う。


 「もちろん覚えてるよ。もしかして帝国ってのがその考えの国?」


 言いにくそうにエルは首を縦に振る。


 「はい、そして今私たちのいるこのルイルの街や、周辺の大小様々な村や街が属している連合国は、そういう差別はせず受け入れていこうという考えの国で、遠い昔から対立してまして何度も戦争をしてはいたんですが、ここ数年は小さい衝突はあれど落ち着いてきていたんですが……」


 エルは怯えているのか俺の服の袖を握ってきた。


 「タケルさん、危ないですから今日はすぐシルビアさんの所へ戻った方が良いと思います。この街にも何かしら危害を加えてくる可能性もありますし、ラフィールさんには私から状況を伝えておきます、もし本当に彼らが攻めてきて来たりしたら、真っ先に狙われるのは彼女のような亜人系の異世界人ですから」

「分かった。エルも気を付けてね戸締りしっかりしてお父さんの傍にいるんだよ」



 俺は不安そうに見つめるエルに出来る限りの笑顔を見せて馬車の元へと駆け出した。


 「とにかく、シルビアのとこに戻って伝えなきゃな。 ケガ人がたくさんいるかもしれないから薬の補充とか色々手伝えることはあるはずだ」


 俺はあれこれ考えながら馬車を走らせた。




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