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第三十二話

 グラーフに俺とシルビアそれぞれの馬を掴んでもらい、そのまま飛行を続けあっという間にテンアールに戻った俺たちは、討伐に加わろうとするがグラーフの姿を見た魔物たちが一斉に元居た森に我先にと逃げ出したので、討伐隊も拍子抜けした顔になりグラーフだけが満足げな顔で頷いていた。


 「話せばわかるもんじゃ!」

 「あ、はい」

 

 俺はどんよりした顔で適当な相槌を打ち、シルビアは連絡が行き届いていない討伐隊の一部に事情を説明して回っていた。

 そこへセリカさんもやって来てにこやかにシルビアの元へ近づいていき、やらしい手つきでシルビアの尻を撫で回しながら迎えてくれた。もちろんシルビアは無表情で手の甲をつねってすぐにやめさせていた。


 「おかえり、二人ともご苦労様。 それで貴方がグラーフね……思ってた以上に大きいわね」

 「お主が、この街の長か? そうともワシがグラーフだ。此度はワシの迂闊な行動で、お主たちに無駄な争いの種を撒いてしまい申し訳ない」

 

 グラーフはセリカさんに対して深く頭を下げ謝罪した。


 「いえいえ。こちらとしては、初心者の冒険者たちの練習にもなったし素材も集まったりしたし、なにより死人が一人も出ていない。だから貴方が気に病むことなんてないのよ」

 

 セリカさんが手をヒラヒラさせて答える。


 「それに、あんな立派な角を二本も頂いちゃってこっちが申し訳ないくらいだわ」

 「なに、角なんぞお主たちでいうところの髪みたいなもんじゃ、また伸びてきたら献上しよう」

 「それはありがたいけど貰ってばかりじゃ申し訳ないから遠慮しておくわ。それより美味しい水と草があればいいのよね?時間が無かったからそれほど量は用意できなかったけれど、明日の出発までゆっくりして行って頂戴」

 

 セリカさんの言葉に伏せていた顔をガバッと上げグラーフは興奮気味に頷く。


 「おお!誠か!?ではさっそく頂こうか」

 「あんたたち持って来て頂戴、今日はここで宴会よ」

 

 セリカさんの掛け声一つで沢山の料理や酒を持った女の人たち、それも飛び切りの美人さんたちが配膳してくれて、俺たちは街の検問のすぐそばに陣取りどんちゃん騒ぎを開始することになった。


 「シルビア、タケル。明日向かうお主たちの住む場所もこのように賑やかなのか?」

 

 グラーフの問いに俺たちは二人同時に首を横に振って否定した。


 「いや、全く」

 「ていうかホント俺とシルビアしかいないから静かだよ」

 

 その返事を聞いて安心したのか、グラーフは用意されたデカい桶に汲まれた水を前足で器用に掴んで持ちながら言う。


 「そうか、こういう賑やかなのも悪くないがこれが毎日となるとなあ……」


 どうやらグラーフにとってテンアールの人口の多さは疲れるようだ。


 「まあ、明日私たちの家に来ればゆっくり眠れると思うよ」

 「うむ。それは楽しみだわい。では今はこの宴を愉しむとするか」

 

 グラーフは、桶の水をちびちびと日本酒をお猪口で飲むように味わいながら喉を潤し、歌って踊って騒ぐ若い冒険者や、配膳している綺麗なお姉さんの尻を撫で回しながら口説こうとするセリカさんを見ながら言う。


 「タケル、せっかくだ私たちも楽しもう」

 「そうだね」

 

 俺とシルビアもお姉さんたちから、色々と配膳してもらい飲んで食って適度に騒いで夜を明かした。


 次の日の朝、セリカさんとあんちゃんと青年に見送られながら俺とシルビアは、馬車に乗り込みグラーフは空から付いてくるという形で出発した。

 途中、休憩するために街道から少し外れた草っぱらで俺たちは、テンアールで買ってきた干し肉とチーズで昼食を取りグラーフは足元の草をもぐもぐしつつ談笑する。


 「そういえば、シルビアとタケル。お主らの身体に刻まれている物はなんじゃ?」


 草を飲み込んでから興味深げに俺の腕を見ながらグラーフは問う。


 「ああ、これは刻印といってね。魔術式を刻んで無詠唱で出せるようになったり単純な肉体強化の術式を刻んだりと用途は様々なんだ。ちなみにタケルの場合は吸収の刻印を刻んである。私のは……まぁ色々だ」

 

 シルビアの答えを聞いて、ますますじいっと俺の腕に目をやるグラーフ。といっても魔力を通してないし通す魔力もないので、浮かんではないので今はなんの変哲もないただの腕にしか見えないのだが。


 「なるほどのぉ。ならばワシの血を通してみないか?前の世界でも何人かがそれをして離れた場所でも意思の疎通が出来て、いざという時助ける事が出来たのでな。お主らに危機が迫った時すぐ駆けつけられるようにしておきたいんじゃ」

 

 そう言ってグラーフは、俺たちの返事も待たず自分の前足を自分の牙で適当に浅く傷つけて、血を垂れ流したので俺とシルビアは慌てて滴る血に刻印が刻まれている腕を差し出した。


 「うお!?なんか一気に魔力が溜まった気がする……グラーフの血すげえ」

 「……確かにこれは凄い高濃度の魔力だ。よっぽど大威力の魔術を行使しない限りは当分なくならないだろうな」


 『そうかそうかそれは良かった』

 

 突然脳内にグラーフの声が響いて、思わずびくっと身体が反応したのを見て豪快に笑うグラーフ。


 『かっかっか!そうそう人間たちのその驚いた顔はいつ見ても面白いものじゃ』

 『確かにこれは便利だな。口を動かさずに心の中で喋ったことが相手に伝わるのか……最大どのくらい離れた距離で会話したことがあるんだい?』

 

 シルビアの声も脳内で聞こえてきた、どうやらグラーフの血を与えられた者同士も回線が繋がる仕組みらしい。


 『そうだのう……さっき出発した街とお主たちと会った湖くらいの距離は通じた気がするのう、村人たちとしかこれはやっておらんかったから、そこまで距離を正確に測った事がないから何ともいえんが』

 

 口を閉じたままグラーフが、前足で腕組みして脳内で答える。


 「なあ、このままだと俺ら口動かさないで会話し続けそうだからこっちに切り替えない?」

 

 俺は脳内会話を中断させ声を出す。


 「そうだな。 確かにこの会話はなるべくしないようにした方がいいかもしれないね。 変な目で見らえる気がする」

 「まあ緊急時か人目が少ないところで、話し相手が欲しいときにでも使うがよい。人間たちとは価値観が違うがそれでも話し相手くらいは務まろう」

 

 グラーフは屈託なく笑いそう告げると再び足元の草を食べ始め、俺とシルビアもそれぞれ昼食を再開した。そよ風が心地よく流れ空は澄み渡っておりいくらか昨日よりは過ごしやすい天気になりそうだった。

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