第三十一話
魔物が移動してきた原因が、グラーフの出現だったことを伝えるために俺たちは一度テンアールに帰還しギルド長のセリカさんに報告した。
「原因がまさかの異世界人……じゃなかった異世界竜だったとはね。なるほどね、それだけの巨体でしかもこんな魔力を蓄えた角を二本も軽くへし折って、お詫びとして渡してくるような竜が事情がどうあれ本気で咆哮なんかしたら、そりゃ魔物も獣たちも逃げ出すわよね。で、そのグラーフって竜は危害を加える気なんか更々なくて、何処か落ち着けるところだったらどこでもいいって言ってるって?」
セリカさんは予想を上回る原因の正体に安堵しつつ、グラーフへの対応をどうするか考えるためにもシルビアに再確認した。
「ああ、彼は草と水があれば食事は事足りるようだし、向こうの世界では人間と共に生活していたから人間に敵意の欠片ももっていない。だが竜という存在が人によってはどう思われる存在かも理解して、あまり人が多いところよりも静かな場所はないかと相談された」
シルビアは受付嬢のお姉さんが持って来てくれたお茶で喉を潤しながら答える。
「……草と水、そして人から少し離れた静かな場所。……いいとこあるじゃない」
そう言ってセリカさんは、ニヤリと名案を思い付いたとばかりに笑みを浮かべてシルビアを見る。
「シルビアの家の傍に大きな湖あったわよね?それも凄い澄んでて綺麗なのが、それに草もあそこなら沢山生えてたわよね?完璧じゃない」
「確かにそうだが……街の人たちがなんていうか」
シルビアも一応は同じことを考えていたようだが、ルイルの街の人たちへの説明をどうするかが気になるところだったようで眉間に皺を寄せて唸る。
「そこはグラーフが無害な竜だよってところを皆に見せて理解してもらえば大丈夫でしょ。だってあなたとジギルを受け入れてくれた時だってそうしたんだから」
「……そうだったな。あの時は本当に皆に感謝したよ、弟の墓を掘るのも頼んでも無いのに皆で手伝ってくれて……」
セリカさんの言葉で確信を得たのか、シルビアは思案顔からいつもの無表情に戻り、そこからほんの少し頬が緩んで微笑みを浮かべた。
「それじゃ、この件はそれで決定ということで。それじゃ私は国王に報告してくるわ。グラーフに報せに行くのはシルビアとタケルだけでも大丈夫そう?この子たちには別の仕事を頼みたいのよね」
セリカさんはソファから立ち上がると歩き出したが途中で見返りながら話す。
「ああ構わないよ。私とタケルで彼には伝えにいこう」
「助かるわ。それじゃ」
シルビアの返事に満足したのか、笑顔を浮かべて部屋を出て行こうとするセリカさんに冷たいシルビアの声がかかる。
「おい、セリカ。この依頼は達成された。報酬の酒の件忘れてはいないよな?」
「ええ勿論よ、グラーフに報告しにいって戻ってきたらまたここで合流しましょ?私の行きつけの店に連れてってあげるわ」
「ならいい。行こうタケル」
心なしか声が弾んで聞こえるシルビアに、若干急かされながら俺とシルビアは再びグラーフの元へと向かう事となった。そして同じ道を通り俺たちはグラーフの待つ湖にやってきた。
「お、戻ってきたか。 で、どうだった」
グラーフは湖の水面から首だけ出した状態で気持ちよさそうに泳ぎながら俺たちに気づいて近づいてきた。
「その話なんだが、君さえ良ければ私とタケルの住んでる森に来ないか?あそこなら魔物は居ないし人も滅多に来ないから穏やかに過ごせる思うんだ」
シルビアはグラーフに少し近づき顔を見上げながら提案した。
「ふむ。お主が良いのであればワシは構わぬが本当に良いのか?」
グラーフが申し訳なさそうに、シルビアの表情を伺うがそれを払いのけるようにシルビアは答えた。
「近くに街があってね。さすがになんの説明も無しに君を連れていったら騒ぎになるから、一度街の人たちとは顔合わせをしてもらいとは思っている。もし反対する人たちがいてもそれは私が責任を持って説得してみせるよ」
「お、俺も手伝うよ」
だって、近くに竜が住んでるなんてそんなんわくわくしかしないからね!しかも喋るから意思疎通も完璧ときたもんだ。そんな俺の胸の内の下らない好奇心の事など、知る由もないシルビアは俺の言葉を聞いて嬉しそうに微笑んでくれた。
「そうか。ではいつ向かうのだ?お主たちも準備がいるだろう?」
「一旦君も、私たちと一緒に移動してしまった魔物たちの討伐又は誘導を、手伝ってもらいたいんだが構わないかい?そのあと私たちは今晩宿に泊まって明日の朝一緒に出発しよう」
グラーフは大きく頷くと、こちらに背中を向けて乗るように言ってきた。
「何度も徒歩での往復は大変だったであろう?あちらに話が通っているのなら、ワシがこのまま飛んで行っても攻撃されることはあるまい?」
「ああ、そのはずだ」
グラーフの背中を翼の付け根や少し尖った鱗の一部なんかを足掛かりに、首の辺りまでたどり着いた俺は、後ろからシルビアに抱き着かれる形となり、平常心を維持するのがとても大変だった。
「ん?どうしたタケル。顔が赤いし体温も上昇してる……風邪でも引いたか?」
「い、いやなんでもないよ!?さぁグラーフ、さっさと街に向かおうよ!」
声がひっくり返るのも構わず俺はグラーフに声をかける。
「うむ、では……参ろうか!しっかり掴まっておれ」
そう言ってグラーフは翼を広げて羽ばたくと、殆ど助走もつけずに飛び立ちあっという間に大空へと舞い上がった。
「あ、そうだ。グラーフ、途中で俺たちの乗ってきた馬を回収していきたいんだ。あそこらへんに待たせてあるんだけどお願いしていいかい?」
俺が指を刺すとグラーフは頷き。そちらに傾き、一気に下降する。
「うひょおおおおおっ!怖いけど気持ちいいいいい!!」
夕暮れ時の大空に俺の絶叫が木霊した。




