第二十一話
こっぱずかしい話を披露したせいで、顔が火照ったまま俺はモデナが操る馬の荷台の上で悶絶しながら過ごし、やがてほんの僅かな時間離れただけなのに、懐かしさを覚えるルイルの街が見えてくると安堵のため息が出た。
「愛しのシルビアに会えるわねー。ん?あそこにいるのは……おかしいわねこんな近くに現れるような魔物じゃないのに」
ラフィールのからかいが益々勢いづいてきたと思ったら、声のトーンが下がり草原の一部を凝視して何か異変に気付いたようだった。ラフィールが見ている方角で爆発が起き、それが二度三度と立て続けに発生してよく見ると、立ち上る土煙から魔物が数匹飛び出してくるのが見える。
「不味い、こちらに気づいたぞ。ラフィール、馬車を守れ。私が前に出る!」
クレスタが荷台から降りながら指揮を執る。俺は、ひとまず護身用のナイフの位置を確認するが、まだまだ半人前もいいとこなので出来れば使う機会は来ないで欲しいと思いながら身構える。
「ラフィールさん、私も戦う。テスタとタケルをお願いします」
モデナも、手綱を置き腰の剣を抜いて飛び掛かってきた紫色の虎を切り捨てる。
「せっかく帰ってきたのに荒事続きで嫌になるわね、まったくもう!」
ラフィールは、そう言って呪文を唱え少し離れたところに見える魔物の群れに向かって、光弾を数十発放ち吹き飛ばす。
「たしかに、こんな数の魔物が街の近くまで近づくことなんて俺が来てから見たことないな……一体何が起こってんだ?」
幌から顔を出し周囲を見回すと、ちらほらと身に覚えのある男たちが魔物を屠っているのが見える。その中に青い色の上着がはためくのを見つけた。
「シルビアも戦ってる!」
俺は声を上げる。
「私も見つけた。どうする一旦シルビアの近くに移動する!?」
ラフィールが再び魔物の群れを蹴散らしながら尋ねる。
「なんでこうなってるのか知りたいしそうしよう!」
俺は、幌から出て手綱を握りシルビアの居る方へ走らせる。モデナとクレスタも並走しつつ魔物を相手取っている。二人とも十分に実戦を経験してきたのが伺える立ち回りをしている。
「シルビア、ただいまっ!」
俺はラフィールの魔術の爆発音に負けないように声を張り上げる。
「おかえり、タケル。済まないな無事に帰ってきたというのに、いきなり戦闘に巻き込んでしまって」
シルビアは、こちらに背中を向けながらいつものハスキーボイスで答えつつ魔物を切り殺していく。
「いったいなにがどうなってるんだ?」
クレスタが警戒しつつシルビアに尋ねる。
「タケルたちが出発して数時間後にはギルドの依頼で街の外の河原で子守をしていた駆け出しの若者が異変に気付いて知らせてくれたんだが……街を囲むように四方からやってきている。ジギルも違う場所で対処している所だ」
シルビアもラフィールと似た光弾を放ってさらに数匹仕留めつつ状況を説明する。
「ラフィールが言っていたけどこの辺では見かけない種類なんだって?この魔物」
「ああ、そうだ。どちらかというとこいつらは山や谷などの高い場所で獣を食らって、生息している種のはずなんだが。ここまで大量にしかも四方を取り囲んで人を襲おうとするなんて考えられない」
シルビアも疑問に思っているみたいだが原因が分からず、とにかく街の中に入られるのだけは阻止しようと応戦し続けているようだった。
「日中は交代で対処して夜間は襲っては来ないんだが、念のためにいつもよりも人員を増やして警備をしてやり過ごしているけれど、さすがにこれ以上の長期戦となると人で足りん。なんとか解決しなければいずれこの街の守りは瓦解する」
「原因って言われてもな……こいつらは普段はこの辺には来ない魔物、それがこんなに纏まって街を襲う……ってなると分かりやすいのは済んでる場所に別の魔物が住み着いて大移動してきたか……操られているか」
俺はぼそっと小声でつぶやくが、これが人為的に起こされた物だとしたら目的はなんなのか。
「そんなわけないよな、俺の考え過ぎだよな……?」
「どっちにしろ、早くなんとかしないとこっちが体力的にも精神的にも参っちゃうわよ!?」
ラフィールが、一際大きな光弾を打ち出し遠くから新たに向かってきていた魔物の集団に着弾、轟音を響かせ衝撃波がかなりの距離があるにも関わらず、俺たちの足元まで振動が届く。
「ラフィールって今みたいな強力なのってあとどのくらい撃てるもんなの?」
「あと十発はイケるけど、この調子で来られたら魔力切れは、こっちの負けだし今のはあくまで牽制のつもりの一発だからね・・・・・・」
その時、クレスタが何かに気づいて口を開く。
「夜間は攻撃が止むというのが気になるな、操ってる者がいるとしたら夜は街の灯りが目印にはなるがそこだけを狙おうにも街の警備も厳重になって手が出しにくい、消耗を待っているのだろう。問題はどこで我々の街を見下ろして襲わせているかだな。たとえば街を俯瞰できる場所……あそこの丘などはどうだ?」
あそこは……シルビアの弟さんの墓がある墓地だ。たしかにあそこからなら街がほぼ見渡せるが、こちらから見ても誰かが立っている様子は無かったが、シルビアが念のため遠見の魔術で確認して誰も居ないことが確認できた。
「あとは……空か」
シルビアたちは、襲い掛かってくる魔物から目を離すわけにもいかないので、俺とテスタが空を見上げる。雲一つない青い空に程よく吹き抜けていく風が、心地よいのだがラフィールがブチかました光弾の爆発で巻き上げられた砂や土埃も、一緒に運ばれてきて口の中が若干ジャリジャリいうのを不快に思いつつ注意深く空を監視する。
「空にも特に変わったのは……どれも俺がここに来た時に見た鳥とかしか飛んでねえぞ。てことは、やはり住処を別の魔物かなんかに奪われてこっちに流れてきた説が濃厚か?」
「いや、まてタケル……もしかしたら――」
シルビアが、何かを言いかけるのと同時に馬蹄の音が響いてきた。そちらに顔を向けると異世界人救出作戦に参加してくれた自警団の人が、手を振って何かを伝えようとしているようだった。
「シルビア―!交代の時間だっ!お、タケルも帰ってきてたのか!クレアさんがサンドイッチ作って待ってるぞ」
直前に飛び掛かってきた一体を無造作に切り捨てるとシルビアも手を挙げて答えた。
「それは楽しみだな、それじゃ次の交代まで頼む」
「任せとけ!」
男の人は威勢よく答えると、魔物を最小限の動きで確実に仕留めながら背中をこちらに向けながら握り拳を上げて応える。
ルイルの街に戻り、まずギルドに行きクレアさんに無事に帰ってきた事を伝え、手作りのサンドイッチを頬張りながら魔物を操っている奴について更に議論を展開しようとしたが、まず先に色々とやらなきゃいけないことがあった。
異世界人の俺とラフィールが普通に受け入れられているのを間近で見てテスタは驚いた様子でモデナに目で訴えていた。
「そうよ、ここは連合国のルイルって街。 私たちの居た街と違ってここでは異世界人も私たちと同じように生活しているのよ」
モデナの説明を聞いてテスタは目に涙で潤ませながら言う。
「お父さんとお母さんにも見せたかったなぁ……」
テスタのその言葉に、出迎えた師匠の爺さん、モデナはテスタをそれぞれ左右から抱きしめてやりながら背中を擦ってやったり頭を撫でてやったりしていた。
「本当に……お前たちは異世界人を受け入れられる事を願っているんだな」
俺は涙ぐむ三人を見ながら少しだけ表情を緩ませて呟く。
「私も彼女たちのようになれるだろうか、いや、ならねばなるまいな」
クレスタは、モデナたちの姿を見て改めてこれからの生き方を変える決意を固めたようだ。
「ちゃんとこうやって私たちを受け入れてくれる人が、帝国にもいるって分かってよかったね? タケル」
ラフィールが肩を優しく叩きながら語りかけてくる。
「……そうだね」
俺は、モデナたちに対する嫌悪感が少しずつ薄れていくのを感じながら、しばしテスタが落ち着くの待ち、先にギルドに入り帰ってきたことを知らせる。夜勤のおっさんが丁度仮眠から起きたところで俺の顔を見たら喜んでくれた。そのあと助けた小さい女の子が、俺に突進するするように抱き着いてきて俺を見上げる。
「おかえりなさいっ!」
元気に笑いながら俺を出迎えてくれた女の子の頭をガシガシ撫でると、嬉しそうにキャーキャー騒ぎながら俺から離れてロビーを駆け回って受付の女の人に窘められる。
「さ、テスタ。とりあえずここで検査してもらおう」
女の子が受付の人に手を引かれてソファーに連れていかれるのを眺めていると、扉が開き落ち着いたテスタと爺さんとモデナが入ってきた。
「すいません。 私の妹の検査お願いできますか?」
モデナがそういうとラフィールがにっこり笑って答える。
「私が見ておくわ。 モデナはゆっくり休みなさいな、ずっと気を張っていて疲れてるのにさっきの戦闘でしょう?私の部屋で寝てくるといいわ。二階に上って札が掛かっているから行けば分かるから」
ラフィールが、気遣うと乾いた笑顔を浮かべモデナが階段を上っていった。一段一段上るのに時間がかかっているのを見ると相当堪えてるらしい。
その様子を心配そうに見つめるテスタをラフィールが手を引き、検査するために女性更衣室に入っていった。
「で、シルビアさっき何か言いかけてなかった?」
俺は、交代のタイミングで聞きそびれていたシルビアの話を聞こうとシルビアに目線を送る。
「ああ、タケルが空を見た時。 この世界に来た時に見た鳥しか居ないと言ったね?」
「うん、言ったね」
シルビアは一人納得したように頷くと口を開いた。
「タケルが見たという鳥は、この時期は遠い南の島に移動しているはずなんだ。それが未だにこの付近で飛んでいるのは余りに不自然だ。その鳥が司令塔になっている可能性が高い、次の交代までしっかり休息をとって備えよう。これでこの状況を打破出来るかもしれない」
シルビアは、そういうとクレアさんの作ってくれたサンドイッチを無表情でリスのように頬を膨らませて、モグモグし出したので思わず吹いてしまった。
クレスタも、顔を逸らして気にしてない素振りを見せるが、肩が震えているのでツボに入ったのだろう。それを怪訝に思ったのかシルビアが一人、きょとんとした顔で紅茶で流し込み、さらにもう一切れに手を伸ばした。
休みも終わりです。 明日からまた仕事か・・・・・・。




