第十九話
砦を超えてから二日ほどかけて俺たちの乗る馬車は進み続け、帝国領をひた走る。道中で荷台の檻の中に異世界人であろう人たちを、閉じ込めて運ぶ馬車と何度もすれ違い気が滅入ってしまって、景色を眺める気にもなれず俺は、目的の屋敷につくまで横になることで時間を潰す事にした。眠気は取れたと思っていたが慣れない馬車移動で疲れているのか俺はまた夢の中へと旅立った。
肩を揺すられるのを感じ寝ぼけた頭で体を起こすとラフィールが俺の顔を見下ろしながら話しかけてきた。
「タケルー着いたわよぉ」
「う、うーん。 ついにか……」
俺は伸びをして固い床で寝たせいで、強張った体を解しながら外を覗き見ると全体を見ることは出来ないが、限られた視界から見える部分だけでもかなりの豪邸なのが感じ取れる屋敷に馬車は止まっていた。
「今、貴族様の召使が来て要件を伝えて、お伺いを立ててるから少し待ってて」
「うわぁ。とんでもねえ豪邸だな。 さすが貴族様」
「着いてしまった……なんと申し開きすればいいのだ……」
おっさんが頭を抱えて唸っているのが滑稽だった。隣でモデナが小さい声で「来世で良い事あるわよ」ともうすでにこのおっさんが死ぬのが確定したかのように吐き捨てている。
それからじっと待っていると召使いの人が来て「どうぞ、お入りくださいませ。 いつもの場所にて待つとの事です」と短く言うと庭の花壇の手入れをしに離れていった。俺たちはとりあえず馬車を降りるとおっさんを先頭に貴族様のお屋敷の中に入ることになった。
「妹は本当にここなんでしょうね」
モデナは悟られないように静かな声でおっさんに問う。
「ああ、そうだ。あの方は異世界人ならともかく、この国の未来ある子供を殺したりなどはしない」
「もしものときは、後ろの彼に殺してもらうからそのつもりでね」
「何度も言うな分かってる、分かってるさ」
おっさんは頭をかき乱しながらスタスタといくらか早歩きになった。長い廊下にも値段も価値も分からない、銅像やら花瓶やら絵画やらが飾られているし、部屋は数えきれないくらいあり、正直ここから妹を探せってことになったら、探してる間に屋敷の警備の人とかに囲まれる自信がある。
「おっさん、モデナの妹の部屋って知ってんのか?」
「ああ、知ってるとも。 もう少しいくと……ほら、あそこにメイドがいるだろう?」
おっさんの言う通り、メイドさんが扉の前で待機していた。
「あそこにこの娘の妹がいる。 まずはあの方にお会いしなければ……くそくそくそ!」
おっさんはもはややけくそになって素直に場所を教えてくれたけど、あんまり頭乱暴に掻いてるとハゲちゃうんじゃないか?と心配になるが、まあ知ったこっちゃない。おっさんの先導にそのまま着いてあるいていくと一際大きい扉が見えてきた。おっさんは震えた手でノックをする。
「……入りたまえ」
中から低い男の声が聞こえた。
「し、失礼致します」
おっさんはどもりながらドアを開け先に部屋へと足を踏み入れ、俺たちもそれに続く。
「それで?その赤毛の女が例の刻印技師だな……して、新しい刻印とはどのようなものか聞かせてもらおうか」
部屋に入ると、そこは大きな応接室のようだが無駄に広い部屋の中心にソファーとテーブルが置かれており、声の主はその中心に配置されているソファーに座りながら、天井がガラスで出来た日差しがよく入る席に座り、こちらに向かって静かにモデナに向かって問いかけた。見た目だけで言えば俺より二回りくらい、おそらく四十代後半くらいの口髭を蓄えて綺麗な金髪を丸刈りにし、彫りの深い顔立ちをしており、髪型などから受ける印象としては海外の野球選手といった風情だった。
「はい。ええと……」
打ち合わせ通りモデナが前に出て、俺たちの手元が相手に見えないようにする。その隙にラフィールが術を詠唱。貴族様に昏睡状態にする術をかけて異世界人をどうやって集めているかを聞き出し、その後適当に周囲に火を放って騒ぎを起こし、その混乱に乗じてモデナの妹を救助して撤収という手筈になっている。
「新しい刻印の効果は今までは人形のように言われた事を熟すだけでしたが、今回のは生まれたばかりの雛が初めに見たものを、親と勘違いする刷り込みのように精神の奥に命令を植え付ける事が可能です。 たとえば仲のいい夫婦に日が落ちたら殺し合えと刷り込めば、その時間がくるまでは通常通り日常生活を送りj間がくれば命令を実行に移すといった具合です」
「ふむ、ということは一人の異世界人に『拠点に戻り日が暮れたら仲間を殺せ』と刷り込ませて解放してやれば、他の異世界人を時間がくれば勝手に殺しまわってくれるということだな?」
「はい、その通りです」
モデナは、闇市で司会をしていた時の声のトーンでプレゼンをしている。その陰ではラフィールが術式を完成させたところだった。
「で、そこにいる二人にはどんなものを刷り込ませたのだ?」と貴族様の問いにモデナはすっと身を引きラフィールと俺が見えるようにした。
「これよ」
ラフィールは詠唱した術を貴族様にかけた、すると「なっ!?」と驚く貴族様だったがすぐに虚ろな目になり棒立ちになった。
「おお、申し訳ありません。 私は悪くないのです……。どうかどうか……」
その姿を見ておっさんは、処刑台で命乞いをする罪人のように泣きながら、ブツブツと呟いているがだれも聞く耳などもっているわけもなく、すぐにラフィールは、貴族様に駆け寄り異世界人の収集の仕方などを聞き出すことに専念し、モデナと俺はおっさんを引きずるようにしてさっき通り過ぎた妹がいるという部屋へ速足で戻る。
もうすぐ目の前だというところまで来ると先頭のおっさんを抜かしてドアへと近づく、すると前に立っていたメイドさんが無表情でモデナの前に立ちふさがった。
「旦那様のお許しがないとお通しすることができませんのでお引き取りを」
「その旦那様からの指示なんだけど?」
「……そうですか」
不信感丸出しの顔でメイドさんは横に退いてくれた。うわあこういう目をされながらパン……いやなんでもない。俺たちはドアを開けて中へと入るとそこは大体六畳くらいの広さの部屋にベッドしかない簡素にもほどがある部屋だった。
「お、お姉ちゃん? お姉ちゃんなの!?」
「そうだよ、私だよ! お姉ちゃんだよっ……テスタ!」
テスタと呼ばれた少女は、姉を一回り小さくしてそっくりな赤髪を綺麗に切りそろえてあり服は、貴族のお屋敷に住むに相応しい豪奢なドレスを身にまとっていた。テスタは久方ぶりに会うモデナに向かって涙を流しながら抱き着いた。
「お、お姉ちゃん。 会いたかった……寂しかった……」
「うん……私もずっと会いたかったっ!」
テスタは、監禁状態だったようだが、非道な扱いはされていないようだった。涙を流しテスタを抱きしめ頭を撫でてやりながらモデナが振り返り俺に向かって言葉をかけてきた。
「ありがとう、タケル。 信じてくれてなかったかもしれないけど……礼を言うよ」
泣きながら震えた声で感謝を告げるモデナに、俺は何処か気恥ずかしくなって不愛想な声で答えた。
「……まだ感謝するには、早いだろ。ちゃんと帰るまで気を抜くんじゃねえ」
「ふふ、それもそうだね。さ、ラフィールさんの所に戻って合流してこんなところオサラバしよう? テスタ」
俺の不愛想な声にクスクス笑い涙を指でふき取りながらゆっくり立ち上がりモデナはテスタの頭を撫でながら声をかけた。
「うん!」
「ああ……コホン、感動の再会の邪魔をしてすまんが、我々は既に囲まれてるぞ? はぁ、私の貴族人生も終わりか……」
さんざん喚いていたおっさんも、麗しき姉妹の再会を邪魔する気はなかったようで黙っていたが、さすがにこのままではいけないと思って咳ばらいを一つして俺たちの気持ちを切り替えさせた。
「貴族人生は終わりかもしんないけど、あんた自身のこれからは終わりじゃないだろ?まあ俺としてはあんたを爆発させてその隙に……ってのも一つの手だが、どうするよ?」
俺はニヤニヤ笑いながらワザと刻印を発動させるよう素振りを見せながらおっさんに言う。
「……あの方を陥れる異世界人による算段の手助けをしたのは事実、そうなればもはや帝国は私の貴族としての地位など抹消し、裏切り者として処刑されるだろう。そうなれば息子が後を継ぎ私の事などただの罪人程度にしか思わんだろうさ……」
おっさんは目を閉じ天を仰ぎぶつぶつと何かを言っていたが、声量を上げた。
「お前の手によって爆破されるのも嫌、かといって捕まって処刑されるのも受け入れられん、こうなったらとことん足掻いてやる。異世界人に手を貸した私の手は既に薄汚れてしまった、これ以上どう汚れようと変わらないからな」
おっさんは自分の中で何か踏ん切りをつけたようで俺に向き直り。
「タケルと言ったな。私をそこの女と同じように好きに使え。もはや私は貴族ではないただの奴隷だ」
そう言うとおっさんは、何か呪文を唱えると姉妹に窓から離れるように手を振り合図してから、魔術を発動させ炎の塊を解き放って窓を吹き飛ばした。
「おっさんすげえな。貴族はお茶飲んでお飾りの剣を腰に差して、威張り散らすだけだと思ってたけど違うんだな」
「お前は何か勘違いをしているな。貴族は本来民のから税を納めてもらう見返りに戦い、統治する存在である。少なくとも私はそう信じて今まで貴族として生きてきた」
俺たちは、おっさんが壁に開けた大穴を通り外へ出ると別の窓からラフィールが飛び降りているのが見えた。途端にラフィールの居た窓から黒煙が立ち上りだした。どうやら騒ぎを大きくするために色々やったみたいだった。
「その『民』の中に異世界人は含まれないんだろ?」
俺は確認をする。
「そうだ、異世界人は我々とは違う存在、民ではなく奴隷、別の生き物だと。そしてそれに手を貸すものも同類。遥か昔からこの帝国に浸透していることだ」
ラフィールもこちらに気づいて駆け寄ってくる。
「そんなあんたが帝国に居られなくなったからって俺たちのいる連合国側に来てやっていけるのか?」
「正直わからん。だが、生きていくためには捨てなければならん物がたくさんある、私にとってのそれが異世界人への差別思考だというのなら私はそれを捨てようと思う」
ラフィールが合流して今度は馬を調達しに向かう。
「そうかい……安心しな。もしその考えを捨てきれなくて生きているのが嫌になったらいつでも吹き飛ばしてやるからよ」
俺はそういって駆け出す。
「……それは安心だな」
おっさんは俺の嫌味を受け流し後からついてくる。
「ちょっとまって~」
俺とおっさんのペースに、ちゃんと付いてきているモデナとテスタの姉妹に対してラフィールはかなり出遅れていた。その後ろには追手が迫っている。
そこへおっさんがペースを落としラフィールより後ろに下がると後方に向かってさっき放った炎を適当に数発放ち退ける。
「この隊列で行こう。まずは手近な異世界人のお前たちを助ける事から始めよう」
「頼んだぜ、おっさん」
おっさんは不満げな顔で俺を軽く睨んで、
「さっきからおっさんおっさんと言っているが私の名前はクレスタ・トヨクランだ。覚えておけ」
そう言って名前を名乗った。
「へいへい」
俺は投げやりに答え馬小屋を目指して駆け出した。




