第十五話
街に戻ってきて、ひとまず救助してきた人たちを検査するため深夜でも比較的広いスペースが確保出来る上に、宿直がいるギルドに大勢で押しかけると宿直の髭面のおっさんが驚いて声を上げた。
「おいおい、何事かと思ったらシルビアにジギルじゃないか!それにその人たちは……もしや例の?」
おっさんの問いかけに、シルビアは無言で頷きその反応を見ておっさんが、連れてきた異世界人の人たちを一人ずつ見ていき言葉をかける。
「そうか……辛かったろうがもう安心だ。ここはあなた達が居た場所より遥かに過ごしやすいし殆どの住人たちが、ここにいる者たちのようにあなた達を決して虐げたりしない。この辺は気候が穏やかだがこんな時間に外をそんな恰好で移動しては体が冷えてしまったろう?待ってなさい今夜食のスープを温め直すから」
おっさんは優しく言葉をかけると席を立ち奥にあるキッチンへ向かった。
「とりあえずその辺の椅子に座って楽にしてくれて構わないよ。ジギルとタケルは赤髪の女と老人を連れて二階の応接室に向かってくれ。ラフィールはすまないが刻印と体調の検査を頼む。異常があれば私を呼んでくれ」
シルビアは皆に言いつけると今度は応援の男の人たちに向き直る。
「突然の要請に応じてくれて感謝する、深夜で眠いだろうがギルドの職員が出勤してくるまで、引き続き護衛を頼む」
「なにいってんだ今更、俺たちシルビアの薬に何度助けられた事か。これはその礼だとおもってくれりゃいいんだよ。なあ?お前ら」
男たちはそれぞれシルビアに感謝の言葉をかけながら頷いた。シルビアはその光景を見て優しく微笑むと「それじゃ」と言って先に階段を上っていた俺たちの後を追ってきた。
二階の応接室に、俺は赤髪の女をジギルは爺さんをそれぞれ縄をかけたままでひっぱって入る。抵抗するかと思ったが、二人とも静かについてくるのを意外に思いつつ最後に、シルビアが身なりの良いおっさんを縄で縛り上げた状態で部屋に入り扉を閉める。部屋には大きめのソファーが大きめのテーブルを挟むように二つ対面になるように置かれていた。
「さて、そのままで申し訳ないがひとまず座ってくれ。これから君たちにいくつか質問がある。素直に話してくれれば手荒な真似はしない」
シルビアは静かな声で三人に声をかけた。
「別に抵抗も何もしないさ。いつかこういう時がくるとは思っていたからね。いっその事殺してくれて構わない」
爺さんが全てを受け入れ静かに息を吐きながら答える。
「アタシも、師匠と一緒に殺して」
赤髪の女も俺が最初に会った時とはかけ離れた疲れ切った声音で話す。違ったのはおっさんだった。
「クソっ!貴様らっ!裏切る気か!?」
「静かに」
シルビアは、音も無くナイフを取り出し投げるとおっさんのすぐそばの背もたれにナイフが突き刺さる。
「はぁ……殺してくれとは随分と潔いものだ。まあいいか、質問を始めよう。まず最初に君たちはいつから異世界人に刻印を入れてあの闇市で売りさばくようになった?」
おっさんが静かに口を閉じるのを確認してからシルビアは問いかける。
「二年前かな。アタシと師匠は元々刻印技師だったんだけどある日、人間爆弾を作る刻印を請け負うようになった」
「誰の依頼で?」
「そこの貴族様のもっと偉い人。その人はあくまで仲介人」
「おい!貴様よくもペラペラと!あの方にもしもの事があれば私の命がっ!」
「貴族様。貴方はひとまず眠ってもらおう」
シルビアは、ジャケットの内ポケットから小さな小瓶を取り出し蓋を取ると、立ち上がって歩み寄り貴族のおっさんの鼻先にそれを近づけると、数秒で倒れて寝息を立て始めた。
「よし、これでゆっくり話が出来るな。それでこの仲介人を通して刻印を入れているわけだが、その上にいる大元の貴族の名は?」
「分からない。 今眠らせた人に聞いた方が良いと思うわ」
赤髪の女は、汚物を見るような目で寝息を立てている貴族のおっさんを見ながら言う。
「それもそうだな。では次の質問だ、キミたちはどうしてあんな雑な造りの刻印を入れていたんだい? 私はそれがずっと気になっていたんだが……どうして自分たちの刻印だと分かるかのかって顔だね、それはそこにいる青年が、君たちに刻印を入れられて私の所にやってきたからだよ」
シルビアは、椅子に座り直し足を組み膝に両手を置きながら、対面に座る爺さんと女を興味深そうに見つめながら話す。
「そう……ちゃんと役に立ったんだ……アタシたちの細工」
女は何処か安堵の顔を浮かべ息を吐いてから答える。
「細工?俺がこいつらにやられた刻印に細工ってどういうことだよ」
そういえば、シルビアに初めて会った時に俺の身体に浮かび上がった刻印を見て、何か違和感に気づいたような声を上げていたっけな。
「細工というのは、爆発の直前に少しだけ精神操作が弱まり本人の意思の強さ次第だが、自我を取り戻す事が出来るようにしてあったのさ。これは私の勝手な推測だが、ここにいるタケルのように爆発の直前に、自我を取り戻し可能性は限りなく低いが私のような刻印の知識を持つ誰かに、助けを求める事が出来るようにするためだったのではないのかな……と、あれを見てそう感じたのだがどうかな?」
「その通り、そんな都合よく助かる見込みは限りなく低い、だがもしそれが叶ったのなら間違いなくその者は助かる。それくらいの事でワシらの罪が、軽くなるとも今までの犠牲者に許されるとは思わんが、せめてこれくらいはしたかったんだ」
指を重ね祈りを捧げるようにして目を閉じ俯きながら話す爺さん。
「……許せねえよ、そんな事したってさ 俺はたまたま偶然が重なってこうやって生き延びる事が出来て、同じような目に会いそうになってる人たちを今日助ける事が出来た。けど昨日の人たちは無理だった。闇市は毎日やってんだろ? 毎日毎日ああやって俺たち異世界人を物扱いしてあんたらは金を稼いでるわけだ……」
俺は静かに怒りを露わにしながら、二人から目を逸らさずじっと見つめながら言う。
「そうだワシたちのやってる細工が、上手く働くのは本当に偶然が重ならないとどうしようもない、寧ろ半端に自我が戻ることで、体が爆弾に変わって吹き飛ぶ瞬間を味わうということが殆どのはずだ。だがこれだけははっきり言っておこう。ワシたちは刻印の施術代は一切もらっていない」
爺さんと女は、ハッキリと毅然と姿勢を正して俺たちの前で言い放った。
「あの細工、代金を貰っていない……か。 何か訳アリのようだね」
シルビアは表情を僅かに変化させ話の続きを促した。
「ワシは、元々帝国側の街で暮らしていた刻印技師だった……ああ勿論人間爆弾なんぞ作っていない。 兵士や傭兵なんかの依頼で、能力強化等のの刻印施術を請け負って生計を立てていた。この子の名はモデナ、ワシの弟子でこの子の両親も刻印技師をしていたんだがね。それもかなり腕の良い技師として街じゃちょっとした有名人だった。ところがある日を境に夫婦は忽然と姿を消した。この子と妹を置いてね」
爺さんはゆっくりとその時の光景を思い浮かべているのか切ない顔をしていた。
「妹?モデナに姉妹が?」
コクンと悲痛な顔で頷くモデナ。ここからは私が話すよと言い、モデナはぽつぽつと語りだした。
「お父さんとお母さんが突然居なくなって家に居られなくなって困っていた時、アタシと妹は二人が仲良くしていた同じ刻印技師の師匠に助けを求めたんだ。師匠は私と妹の引受人になってくれた上に、いつかアタシたちが一人でも食べていけるようにと刻印技師としての技術も教えてくれたり色々世話をしてくれた。そんなある日街の噂が広がったの、刻印技師夫婦は殺されたって話が。アタシと妹は、信じたくなかったけどその時話題になっていた刻印を使った人間爆弾の事件が、ピタリと収まったのを聞いて確信した、きっとあの二人はこの事件に関与していて用済みになって殺されたんだって、そう思ってた……だけど死因は違う物だった」
モデナは、息を吐いて乾き始めた唇を少し舐めて濡らし話を再開した。
「お父さんとお母さんは、帝国の異世界人排他主義に反発していたの。陰で捕えられた異世界人の人たちを助ける活動をしていたんだ。そんな二人が異世界人に刻印を入れて人間爆弾にするなんて仕事を了承するはずがない。するとすれば、私たちを人質にしたんだと思う。最後はお互いがお互いに異世界人に施した刻印を自らに刻んで自殺した……と、二年前にそこの貴族が、両親の仕事の続きをしろって言いに来た時に聞かされたの」
モデナが再び言葉を切り、ほんのちょっとの沈黙ののちドアをノックする音が静寂を破った。シルビアが応えると、ドアを開けて入ってきたのはカップを乗せた盆を器用に片手で持って歩いてくるラフィールだった。
「はい、お茶でもどうぞ」
ラフィールの持ってきたお茶の香りでいくらか気持ちが和らぐ。シルビアは短く礼を言いながらラフィールに下の状況を聞く。
「検査は異常なし今回の人たちは全員刻印施術前だったわ。健康面では少し栄養失調の人がいたけれどちゃんと食べて寝てさえいればすぐ元気になるわ」
それを聞いた俺たちは顔を見合わせ笑いあう。
「あの……続きを話してもいいかしら?」
全員が命に別状は無いと分かって笑顔を浮かべたのは俺とジギル、そしてシルビアだけではなく爺さんとモデナも笑っていたのだが、話の途中だということでさっきの暗い表情にすぐ戻った。
「ああ、頼む」
「じゃあ私は下に戻るわね」とラフィールは手と尻尾を振りながら部屋を出て行った。
カップを両手で大事そうに持ちながらモデナは口を開いた。
「そして、両親の最期を知った私と妹は毎晩泣いた。それから刻印を入れる作業をしろと言って来るのを断ったら嫌がらせが始まって全く生計が成り立たなくなった。金は要らないから衣食住を確約させて、仕方なくアタシたちはお父さんたちのやらされていた仕事を引き継ぐ事になった。だけど最初はあからさまに欠陥のある爆発しないただの飾りの刻印をいれたりしていたの」
モデナはお茶をゆっくりと口に含み、喉を潤し続ける。
「けれどアタシたちの反抗的な態度にしびれを切らしたこの人は妹を人質にした。それからはあからさまな手抜きな刻印は出来なくなってしまい、師匠とアタシは、一縷の望みを託してあの細工を施すことにしたの。お願い、このままアタシと師匠が居なくなったら、あの子が殺されるか刻印技師としての腕がまだまだ未熟なのにあの刻印を入れる仕事を引き継ぐなんてことになったら、誤作動で爆発してしまうようなことになるかもしれない、それだけは避けたい。だから妹を助けてほしいの。そのあとでならアタシと師匠はどうにでもしてくれて構わないからっ!」
「なるほど、そういうことか」
シルビアは納得したように頷くが俺は全く信用していなかった。
「おいシルビア、こいつらの話信じるのかよ!」
シルビアは俺の方を見ずに声だけで答える。
「タケル、たしかに彼らの手によって刻印を入れられた被害者であるキミからしたら信じるのは難しい話だ。だが今の話に偽りはないと私は思う。人間爆弾事件の途切れた時期と再開された時期も一致するし現に私がキミを助けられたのは、彼らの細工のおかげで意思疎通が辛うじて出来る状態になっていたからだ……違うかい?」
確かに辻褄は合うしこいつらの表情や言葉の端々に感じる感情は本物だとは思う。だが頭では理解していても心が納得していない、そんな心況だった。
「確かにそうだけど……そうなんだけどさ……ごめん、ちょっと外の空気吸ってくる」
俺は返事を待たず、部屋を飛び出して階段を駆け下りていくとさっきおぶってきた女の子が即席のベッドになっている長椅子に横になっているのが見えた。その顔をみていると、助けられて良かったという思いと昨日の女性や男の子を助けたくても助けられなかった悔しさが、ごちゃまぜになって胸が苦しくてしょうがなかった。
そんな様々な感情が綯交ぜになったまま、ギルドの扉を開け空を見上げると少しずつ白みだしいく中でもはっきりと見て取れる小さな星々が俺を見下ろしていた。




