第十二話
時はほんの少し巻き戻り、シルビアたちが夜盗を討伐して生存者を運び出し、本格的な治療のために街に移動したため、誰も居なくなった村の民家だった物の瓦礫の上に、嘴に紫色の半透明な石を咥えた一羽の鳥が降り立った。鳥は何をするでもなく辺りを見渡し、夜盗の死体を見つめると頭だった男の死体の上にその石を置いた。
「起きろ」
鳥は唐突に低く野太い男性の声を発して死体に呼びかけると、シルビアの手によって閉ざされた瞼を再び開いた。
「あ、あれ? 俺死んだんじゃ」
「確かに君は死んだ。今は魔晶石の力で一時的に流れ出た魂を、もう一度肉体に呼び戻しているだけに過ぎん」
鳥は男の胸元に跳ねて移動し男に説明をし、頭に問いかける。
「私の存在は言っては居ないようだな、感心したぞ」
頭は鳥を介してこちらを見ている主の存在を探りながら答える。
「一応約束は守るようにはしてるんでね。 でもまさかあの女と相棒がね……どこからこの村へやってきたかまでは分かりませんでしたが俺が出くわすとは」
「良い、今はあの二人が生きている確認が取れただけで上々だ。 感謝するぞ」
「タダであの爆弾をくれた分の働きはしたかったんでね。 まあ部下も俺も殺されましたが」
自虐的に笑っていると、胸元に置かれた石から紫の色素がゆっくりと抜けていき、ただの透明な石になりつつあった。それに気づいた鳥の主は何処か寂しそうに告げる。
「すまんな。魔晶石の魔素がそろそろ空になる。これで正真正銘死ぬことになる」
「腹にこんな風穴空いてちゃ、生き返ったってすぐ死ぬだけですよ、俺たちみたいな屑に対してちゃんと、労ってくれる気持ちをもってくれてるのを知れて良かったですよ。まあでも、あんたみたいな人ともっと早く出会えてたら、もうちょっとマシな生き方してたのかもしれないですね……」
完全に石から色素が消えると同時に頭はゆっくりと目を閉じていった、今度は穏やかな笑顔を浮かべて……。
「生まれ変わったらまた会おう、名も知らぬ友よ。せめて安らかに」
鳥は男の胸元から降りると深く頭を下げると透明になった石を再び咥えて飛び立っていった。
救出活動と消火に追われてクタクタになった俺は、シルビアの家に朝方戻るなりベッドにダイブしてしまい気付けばもう大分日が昇りきっている頃だった。
「うわあ……こんな時間に起きるの何年ぶりだろ……。ていうかなんか焦げ臭い匂いが染み込んでるな、水浴びでもするか」
俺は、ベッドから起き上がると服を半端に脱ぎながら、家の裏にある石で出来た階段を下りて湖の浅瀬へと歩き出した……のだがすぐに回れ右をして固まる。
「おや、タケルじゃないか。キミも水浴びかい?」
そこには一糸まとわぬ姿で水面を優雅に揺蕩うシルビアの姿があった。
「あ、ああそうなんだけどさ!しししシルビアせめてタオルかなんかで前隠してくれないかな!?」
「ん?ああそうか。すまんすまん」
男の俺に裸を見られたというのに、いつもと変わらぬクールなハスキーボイスで謝罪をしながら水から上がる音が後ろから聞こえた後、衣擦れの音が続き収まるとシルビアから声がかかる。
「もうこちらを向いても構わないよ」
「ふぅ……シルビアがいるかどうか確認もせずにこっちに来た俺も悪かったけど。ちょっとシルビア無防備過ぎないか?知らない人に裸見られてるかも知れないんだからさぁ……」
俺は、顔が火照って赤くなっているのを感じながらシルビアに向き直り咎めるが、シルビアは全く気にする様子も無く平然とした口調で返す。
「見られて死ぬわけでもないしなあ。それに見られて恥ずかしい肉体はしていないはずだが?」
「そ、そうですか」
「まあ、私の裸に欲情したのなら私は女として魅力的だということになるしね。持て余しているのなら今回の給料で娼館にでも行ってくるといい」
シルビアは、ニヤニヤと薄ら笑いを浮かべて俺の頬を人差し指で小突くと、満足したのか家に戻っていった。
「娼館か……。っていやいやいやせっかくの給料それに使うのはもっと金に余裕が出来てからにした方が絶対良いと思うんだよな……うんうん、絶対そうだよ」
俺は、誰も居なくなった湖の傍でしばらく悶々と悩んだが、心を強く持って娼館で散財するという行いはしないように決意するのだった。
「ていうかシルビアもああいう悪戯っぽい顔するんだな。何しても綺麗な人だなほんと」
俺は一人呟くとさっさと服を脱ぎ捨て水浴びをし始めた。
それからシルビアの作った昼飯を食べ、馬だけを借りて街に入った所で、ラフィールとばったり会ったので、昨日の状況を説明した。
「そう……大変だったでしょう?ちゃんと眠れた?何処かケガとかしてない?」
食後の紅茶を飲みながら、ラフィールは心配そうに尋ねてくるので「なんともないよ」と笑顔で答えた。
「なら、良いんだけど。人間爆弾の事件は数年前に一旦収まったはずなんだけどねぇ……またこんな事になるなんて思っても居なかったわ。それに闇市で、刻印で爆弾にされた異世界人を売り買いするなんて……それを使ってすぐ近くの村でなんてねえ、タケル君もシルビアに助けられたとは言え、また何かに巻き込まれるかも知れないから気を付けるのよ?」
そう言いながらラフィールは俺の肩をポンポンと優しく叩く。
「ああ。でも、それを言うならラフィールだって異世界人なんだから気を付けた方がいいんじゃない?まあ、ラフィールは魔法が使えるからいざって時は戦えるからなぁ。俺はジギルに稽古つけてもらってるけどまだまだ話にならねえぞ!って駄目出しばっか食らってる状態だし」
苦笑いを浮かべて俺は返す。
「もしもの時は私も戦うわよぁ?みんなから後衛で防御魔法とか得意そうとか言われるけど、攻撃魔法もバンバン使えるからね今度闇市に潜入するんでしょ?会場を吹き飛ばすくらいは余裕で出来るわよ!」
ラフィールはえっへんと無い胸を張り戦力アピールをする。
「はは、期待してるよ。でも多分潜入して実態調査に留めようってシルビアとジギルが言ってたからいきなり戦闘にはならないと思うよ?」
それからなんだかんだとラフィールと話していると、客が増えだして話してるだけじゃ店に申し訳なくなり挨拶をして立ち上がり、店の出口に向かっていく。
「気を付けてね」
ラフィールがニコニコしながら手を振って見送ってくれた。
「
さて、明日に備えて今日は準備だけして早めに寝るか」
店の前に待たせていた馬に乗り走り出す。
「ラフィールにはああいったけど、なんとなくシルビアもジギルも凄いイラついてたからあの二人で闇市ぶっ潰しそうなんだけどね……」
潜入は明日。ラフィールは亜人種と言う事もあり角や尻尾が目立って潜入には向かないし、ましてや異世界人排他主義の巣窟に向かうのだから、声を掛けないというのがシルビアたちの意見だった。
それよりも俺が気になったのは、闇市などの話をしている時のシルビアとジギルの顔だった。シルビアはいつも無表情でそれ以外に思い浮かぶ顔は、殆ど薄っすらとほほ笑んでる顔だしジギルは人懐っこい笑顔なのだが、その闇市に潜入する段取りなどを、打ち合わせしている時の二人の顔は、まだ一か月ちょいの付き合いの俺でもはっきりとわかるほどハッキリと怒りの表情だった。
「異世界人を受け入れてる国出身の人からしたら、ああいう異世界人を物として扱っている事がやはり許せないんだろうなぁ。でもそれだけじゃない気がするけど、聞きにくいよなこういうことは」
個人的な事なので、何処まで踏み込んでいいのかわからずその時は聞かなかったが、なぜそこまで?という好奇心は消えることはなかった。
「まあでもあのジャケットの事とかめちゃくちゃ強い事とか、一杯聞きたいことは他にもあるんだけど。その辺全部ひっくるめて、いつかシルビア自身から話してくれるまで気長に待ちますかね」
俺は、そうボヤキながらゆっくりと夕焼け空になるのを眺めて手綱を握りなおした。
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