第十一話
更新のお時間です。
タケルと別れた私は、手近な瓦礫を伝いまだ形が残っている民家の二階に駆け上り、ベランダだったところから入り込み、窓から少しだけ顔を出して、さらに村の奥に居るであろう盗賊の位置を確認した。
「ざっと30人、あの男の言う通りだったな。まあ多少の誤差はどうとでもなる」
私は、脇に吊るしてあるナイフやらジャケットのポケットに仕舞ってある薬品等を確認すると、窓から踊り出た。
「久しぶりの荒事だ。夕飯も食べてないから空腹で、イラついてるところにこんな事を仕出かした罪は重いぞ」
降り立つと、真っ先に近くに居た少し幼さの残る青年の夜盗が驚きつつも、こちらに向かって短刀を構えて襲い掛かってくるが、それには一瞥もくれず感でナイフを投擲、喉に刺さり言葉にならない声をあげて、そのまま倒れて動かなくなるのを視界の隅に入れながら、そこから少し離れたところにいる中年の仲間が、飛び掛かってくるがそれを躱し振り向く間もなく私が先に後ろを取り、首をもう一本のナイフで貫いて仕留める。
「動きがまったくの素人だ。 帝国の犬というわけでもなく本当にただの夜盗か」
青年と中年の服で血を拭ってからナイフを一度仕舞い再び物陰に隠れようかと思ったが今度は一気に5人の男たちが異変に気付きそれぞれ斧やら剣やらを振り上げながら駆け出してくる。
「死ねええええ!!」
「よくも仲間をやりやがったなぁ!!」
私に対して憎しみの籠った視線と声を上げているが、私はそれを冷め切った目と声で平然と受け止めて返す。
「それは私も同じ気持ちだよ」
小さく息を吸い、吐き私はその5人に向かって駆け出す。
やがて距離は縮まり、私は大振りで切りかかってきた剣の男を、左手のナイフで受け流し足を掛け転ばせると、次に斧を持った男を右手のナイフで心臓を刺し、斧を奪い取り身を捻り遠心力の乗った状態で短刀を構えた男の首を切り飛ばしつつ、勢いをそのままに一番後からやってきた男の胴に横から叩きつけるように振り切る。
最後のナイフの男は、私の身のこなしから勝てないと踏んだのか、体勢を強引に変え逃走を選択したが、逃がす気などないので素早く飛び掛かり、ナイフを脳天に突き刺し仕留める。
途端に沸き起こる大絶叫と吹き出る血飛沫、胴から斧を受けた男はどうやら心臓に、刃が直撃したらしく勢いのまま転がって即死だったようだ。最初に転ばせた男は悲鳴を上げてへたり込んだまま後ずさりするが、五月蠅いのでそれも足元に転がっていた剣を取り、真正面から切り殺した。
「今の悲鳴でもっと一気にきてくれないものかね……」
私は、ため息を付くと男たちの服で再び血をふき取ると、悲鳴を聞きつけた他の仲間たちを迎え撃ちつつ倒した人数を勘定していた。
シルビアと別れたあと、言われた通り物陰に隠れてどのくらいたっただろうか。後ろから何頭かの蹄の音が聞こえてきて振り向くと先頭にいたのはジギルだった。
「あ、ジギル!」
「ん?タケルじゃねえか!てことはやっぱさっきのとんでもねえ早い馬はシルビアのか。それにしてもやっぱ夜盗か……」
ジギルはやれやれと言わんばかりに手を振る。
「おいお前ら!ここを襲ってる夜盗は、シルビアに任せて生存者を探すぞ!ケガ人がいたらここに集めろ!持てるだけ薬は持ってきたから間に合うはずだ」
俺は、ジギルに駆け寄って状況を説明するついでに聞きたいことがあったので聞いてみる。
「俺とシルビアで、ジギルたちより先についてからこの辺は見て回ったけど、亡くなった人しか居なかった。もっと奥の方から音が聞こえてきたから、まだ助けられる人がいるかもしれないってシルビアが先に行って夜盗と戦ってるんだけど……。シルビアってもしかして凄く強いの?」
「ああ、あいつは強いぞ。なんでかって話はそのうち本人にでも聞け。今はまずここの村のやつらを一人でも助けようぜ」
そう言ってジギルは、他数人を連れ立って薬の入っているであろうカバンを持って、村の奥へ走っていくので俺もついていくことにした。
「ジギル!俺も一緒に行くよ。いきなり戦闘とか無理だけどケガ人を運ぶくらいの事は手伝えるからさ」
ジギルは無言で頷くとすぐに走り出した。
「シルビアがどれだけ強いかわかんないけど、心配だな」
俺はジギルから聞いた話を信じていないわけではないが、いくらある程度戦闘の経験があるといっても細身の女性が、30人近い男連中を相手に命をやり取りをして、勝算があるとは正直思えずシルビアの安否が気になりながらジギルの後を追った。
ほんの数分走ると、まだ崩れていない家が増えてきてさっき情報を聞き出した夜盗と似たような服を着た男たちの死体が、点々と転がっているのが目に入ってきた。その死体の一部は首が切り飛ばされていたり脇腹の辺りに斧が食い込んでいたりと凄惨な状態だった。
「これ、シルビアが……?」
「おそらくな。 他の死体の刺し傷がナイフで刺されたようになってるてことはアイツの仕業だろうな」
ジギルは辺りを警戒しつつ死体を検分しながら話してくれる。
「シルビア本当に強いんだね」
シルビアの知らなかった一面に驚いていると、すぐ近くで悲鳴が上がったので俺たちは声のした方へ駆け出した。
そこには、今転がっていた数の倍以上の死体があちらこちらに点在していて、その中心には返り血を何度か浴びて斑模様になった青いジャケットを見て、顰め面になっているシルビアの姿があった。
「腕は訛ってねえみてえだな」
「おや、ジギルか。タケルも付いてきてしまったのかい?最後の一人が残っているから気をつけるんだ」
まるで街中を散歩中にばったり会って、立ち話でもしているかのような調子でシルビアは、ジギルと俺に注意を促す。これだけの人数を殺したというのに息一つ乱れてないのが脅威だった。
「油断したな坊主」
俺がシルビアに意識を向けている隙を突かれ、後ろから羽交い締めにされてしまい、喉にナイフの刃が当たる感触が伝わってくる。
「くっ!?」
抵抗しようにも、ある程度の修羅場をくぐり抜けてきた夜盗と、ロクに喧嘩すらしてこなかった俺とじゃ基礎的な筋力が違いすぎるのか、振りほどこうにも男の膂力に対して俺の力では逃れる事は出来なかった。
「へへ、シルビアにジギルと来たか……。ついてないにも程がある……まさかあの部隊の隊長副隊長がこんな田舎でのんびり暮らしていたとはね。おかげで俺の盗賊団は壊滅だ。こいつは俺が逃げるまでの人質だ。俺の視界から消えな」
男はシルビアとジギルの過去を何か知っているようだった。あの部隊ってどういうことなんだろう。そんなことを考えながら俺は両手を上げて無抵抗の意思を示す事に徹する。
「ふむ、逃げられると思っているのかい?すでに村の周囲は救助隊と自警団の一部が取り囲んでいる。これ以上の罪を重ねても意味は無いと思うがね」
シルビアは淡々とした口調で男に説明する。
「そうそう、潔く投稿しろ。そんで潔く裁かれろ」
ジギルも説得を試みる。
「裁かれろだ?殺されろの間違いだろうが!死ぬなんて御免だね。異世界人などという得体の知れない連中を受け入れるような国の法なんざに俺は、俺たちは屈したりはしねえ!」
ここでもまた異世界人……か。やはり同じ国の人間でも、完全に異世界人を受け入れているわけではないのが、この男の発言からもよく分かる。そして追い詰められて、興奮状態になってきたのか俺の首に当てられていたナイフの刃が、若干喉に食い込んだり擦れたりして血が垂れてる感覚が伝わってくる。
「そうか……ところで二つ聞きたいことがあるのだが用意した人間爆弾は一人だけかな?」
「どうだろうなぁ?俺を見逃してくれるなら教えてやるよ」
男は、話をはぐらかして逃走の機会を伺う。
「ふむ。ではもう一つの質問だ。闇市はどこで行われている?」
「それも同じだ逃がしてくれるなら教えてやるよ」
「そうかそうか。では見逃そう」
シルビアは、そう言って手に持ったナイフを落として、周りにいるジギルたちにも武器を下すように目配せする。
そして、この場にいる全員が武器を地面に落とすと、男は俺にナイフを突きつけた状態で崩れた家の隙間まで後ずさりしながら、ゆっくりとシルビアたちから遠ざかり死角に入った途端俺を突き飛ばして駆け出した。
「やれやれ、予想はしていたがな」
シルビアは嘆息すると、男が消えた家の方角へ腕を素早く横に振ると、青白い光が収束して男が駆け出していった家を突き抜けた途端悲鳴が上がる。
俺は立ち上がり、家の隙間を抜けそのまま直線上にほんの数十歩進んだ、そこには男が腹を貫かれてうつ伏せで倒れていた。出血は酷くこのまま放っておいても、立ち上がって逃走を続行出来るようには素人目にも無理なほど重症なのは明らかと言わざるを得ない状態だ。
苦し紛れに体を仰向けにして、震える手で俺にナイフを突きつける男。俺は近づくこともなくその場で立ちすくんでいると後ろからシルビアたちがやってきた。
そしてシルビアは、男に歩み寄り時々見せる無機質な何の感情も持ってないような冷たい目を浮かべながら男に再度問いかける。
「どうだ?どうせ死ぬんだ。質問に答えて死んでみないか?」
「……闇市は、帝国と連合国の国境沿いにあるノートン湖の近くの今は使われてない大昔の貴族の別荘の地下で行われてる。そこで人間爆弾を……買った。参加するなら昼に一度入り口に立ってる爺様に『明日は豚に花を』と言え。そうすれば爺様から手形が貰える。あとはそれを持って夜中に来てそれを見せれば闇市に参加出来る」
男は酷く咳き込み血を吐き散らしながら続ける。
「あとは買った人間爆弾は一人かどうかだったか?ああそうだ。とりあえず一人でも使えばこんな村軽く吹き飛ばして、あとはかっさらうだけだと思ってたからな。……なあこんなんで満足か?」
男はだんだんと声が小さくなっていき目が虚ろになりそして静かに息を引き取った。
シルビアは「十分だ」と呟いてから男の瞼を下してやると立ち上がる。
「これでここを襲った連中は全員だ。みんなで手分けして生存者を救出、街に搬送して応援を呼ぶ班とこれ以上燃え広がらないうように消火活動をする班の二手に別れるんだ。さあここからが本番だぞ」
シルビアは皆に声をかけて辺りの無事な家や小屋を探索し始めた。あとから増援としてやってきた救助隊や自警団も加わり、結構な人数を救う事が出来たのは事実だが、犠牲者も少なからずいて消沈している人たちに、皆胸を張れと皆を労わったジギルの言葉を噛み締めながら、最後のケガ人を運び終えて病院から出ると、俺たちは煤と汗と泥やらなにやらで汚れきった顔を上げて、昇りだした太陽を見て新しい一日の始まりを感じながらそれぞれ帰路についたのだった。
「夜通し救助活動をして疲れてるだろうし、仮眠してくるといい。私は薬の調合をしておくよ。かなりのケガ人がいたから、街にあるもので足りるだろうが予備はあった方がいいからね」
シルビアは、俺以上に大立ち回りを演じた上にジギルと一緒に、大勢に指示を出したりと大忙しだったはずなのに疲れた素振りなど微塵も見せない上に、まだこれから作業をするというので軽く引いてしまう。
馬を小屋に戻すと、俺とシルビアはそれぞれ寝室と仕事場に別れた。汚れた服はとりあえず籠にまとめて下着だけになり、そのままベッドにダイブして目を閉じると一気に睡魔が襲ってきた。
「せめて体拭くくらいはしたかったけど……あとでで……」
もう何もする気力もなくなった俺は意識が遠のいていくのに身を任せた。




