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刀と魔法と潜空艦  作者: 青猫兄弟
武士マニア、帰郷する
8/50

未来との邂逅

「動的霊体を確認。敵性確認、シロ。所属確認、シロ。認証を開始します」

 村外れの洞窟の奥、突然の声に、僕は息を飲む。


 目の前に少女の姿が。

 表情のない顔。薄青い光を発している。


 咄嗟に構えるが、相手から殺気は感じない。変わらない表情で、じっと僕を見ている。

「第二種認証が可能です。マスター名を登録して下さい」


「君は、誰だ」

「当該情報は、認証完了まで開示出来ません。マスター名を登録して下さい」


 僕は改めて少女を観察する。


 沁みひとつ無い真っ白な肌。水色で真っ直ぐな長い髪。眉も瞳も水色。顔立ちはとにかく可愛らしく整っていて、どこか作り物のような美しさがある。着ているのは白いチュニック。靴は水色。手足は細いが、少女らしい曲線はある。


 これはまるで、バーチャルアイドルだ。

 認証とかマスター名とか、この世界に通用する言葉とも思えない。

「認証作業を取り消しますか」


「待て」

 僕は少し迷うが、先に進んでみることにする。少なくとも今のところは、命の危険を感じない。試してみてもいいと思う。


「僕は、ルヴァ=レヴィアト=オートンだ」

「ルヴァ=レヴィアト=オートン。現在時現在地点の命名文化で分類します。名はルヴァ、縁姓がレヴィアト、主姓がオートンでよろしいですか?」

「そうだ」


「マスター名登録しました。戦地任官規則に従い、ルヴァ=レヴィアト=オートン氏を臨時提督として登録します」

 臨時提督?


 少女の水色の瞳が強く光る。暫くすると元に戻り、少女の顔が動き、笑みを見せる。


「ご機嫌よう、オートン提督」


 先程までは現代日本のバーチャルアイドルのように作り物じみた表情だったのに、急に人間味のある自然な表情に変わった。


「認証は、済んだのか?」

「はい、提督」

「君は、何者だ」

「はい。巡洋潜空艦『朝凪』の戦術運用補助人格です。凪とお呼び下さい」


 じゅんようせんくうかん?

 朝凪?

 戦術運用補助人格?


 とにかく、彼女を凪と呼べばいいのは分かった。そして、彼女との会話で自然に幾つかの漢字熟語が想起出来たということは、彼女は日本人(日本製?)ということか。

この世界に生まれ変わってから、この感覚はノワとしか共有したことがない。


「凪、それで、じゅんようせんくうかん、とは何か教えてくれ」

「はい。異次元に潜航する前提で建造された飛空艦艇で、一定以上の長期潜航能力と単艦交戦能力を持つ物を言います」


 SFか。

 正直、苦手分野だ。


 武士オタクが、剣と魔法の世界で、SF少女に会ってしまった。

 どうすればいいんだ、これ。


 ええと、まずは、ここで何をしているのか聞こう。僕はそれを端的に訊ねてみる。


「はい。エリクシア燃料の調達行動中、敵性生命体との偶発戦が発生し、前提督が戦死。非常時自律戦術プログラムを発動し、前提督の戦地簡易埋葬及び、エリクシア燃料の確保を完了。別命あるまで待機していました」


 耳慣れない概念の連続に、僕の頭はパンクしそうになる。


 まず、前提督は戦死して簡易埋葬された。あ、そこの砕かれた石の山がそれかな。なんか蜘蛛が集っててキモいんだけど……。

 それで、エリクシア燃料を確保。

 確保?

 エリクシア燃料?


「凪、エリクシア燃料って、この世界で魔導石と呼ばれている物のこと?」


「はい」

「えっと、あっちの、金庫のある部屋から持ってきた?」

「はい」


 僕は、またまた、改めて、凪を見る。アルカイックスマイルとでもいうのか、本当に小さな微笑で、次の質問を待っている。


 少なくとも、ぱっと見では、リュミベート皇国の転覆を狙っているとは思えない。


 凪の行動を値踏みしている僕の耳に、家宰の声が聞こえる。


「ルヴァ様〜。大丈夫ですか〜」


 時間が経って心配になったのか。もし緊迫した場面なら、その不用意な声かけで僕が死にかねない。

やはり、あの人には少し緊張感が足りない。心配なら、穴を通れる位の体格の増援を静かに寄越すべき場面だ。


「大丈夫だ。取りあえず、見つかるかも知れない」

 大声で返す。

「あったんですか〜?」

「まだ現認してない。待ってくれ」


 さて、僕が提督なら、盗品の燃料を返せという命令も出来そうなものだが。


 取りあえず。

「その魔導石は所有者がいるので、返還してくれ」

「拒否します」


 当たり前のような顔で言う。腹が立つが、まあ、そううまく行くとは思っていなかった。


「その魔導石を持ち出すということは、盗みになるんだが」


「エリクシア燃料現地調達法により、作戦行動中必要最小限のエリクシア燃料を可能な範囲で平和的な、あらゆる手段をもって確保することは合法であり、エリクシア動力機関を持つ艦艇航空機に搭乗する全ての者の義務でもあります」


 なるほど、そう来たか。


 曰く、「可能な範囲で平和的な、あらゆる手段をもって確保」だから、平和的な方法を取れるならその方がいいけど、結局は何をしてでも手に入れるし、それが義務だ、と。


 ここで、僕がリュミベート皇国の法律を持ち出してそれを返せと言うと、提督として義務違反を犯すことになりそうだ。

そうなると、どうなるんだろう。SF少女だけに、目からビームが出て両断されちゃうとか。


「じゃあ、さ。もしもっと平和的に魔導石を確保出来るなら、盗品は返した方がいいんだよね?」


「はい。可能な範囲で平和的な方法を取ることは、法文に明記されています」


 妥協点が見えてきたぞ。


 まずは、どれだけのクラスの魔導石を確保すればいいか。この目で見て確かめておきたい。


「君があっちから持ってきた魔導石を見せて欲しい」

「可能ですが、提督が御覧になるには艦の浮上が必要で、現状では物理干渉が発生します」

「物理干渉?」


 そんなことも分からないの、という凪の表情が癇に障るが、分からない物は聞かないと仕方ない。


「艦体の一部と現在地の個体物質が同一時空座標上にあるため、浮上時に固体物質が毀損されるかと」


「よく分からないけど、危ないの?」


「提督がそちらへ十五メートル程移動すれば、シミュレーション上、危険はないかと」

「じゃ、浮上して」


「はい。避難して下さい」

 僕は凪が指さす辺りまで移動する。


「朝凪、浮上する」

 中空に黒い靄のようなものが発生したと思うと、それは見る間に大きくしっかりした物体になっていく。

僕のすぐ右脇や頭上にもそれが広がり、その艶のない黒石のような壁に気を取られていると、突然の地響きがあり、身構える。


 視界の隅で、洞窟の天井が破壊され、派手に崩れ落ちていくのが見える。


 先程目をやっていた壁のようなものが僕を守っているため瓦礫は飛んでこないが、かなりの規模で落盤が起きていることが分かる。


「これさ、僕は向こうに戻れないよね」

 そう言いながら、僕はレヴィアト村側の洞窟の入り口を指さす。


「恐らく。崩落現場を通過することは不可能的な危険を伴います」


 凪の身体は実体がないようで、瓦礫や砂塵が彼女のいる場所を通過している。


「戻れなくなるなら、それ、先に言ってよ」

「すみません。提督の求めていた追加情報は、質問内容から推量する範囲を超えていました。ケーススタディに保存して、今後の改善に活用します」


 機械的な対応。そうか、そうだな。潜空艦とやらが浮上した後、僕が元の入り口に戻れるかどうかは質問していなかった。


 この世界に来てから、機械もコンピューターも触ってないから、プログラミング的な発想から遠ざかって、感覚が鈍っていた。そうそう。コンピューターって基本、そういうものだった。


 腹を立てても仕方ないことは分かったが、はて、どうするか。


 未だにガラガラと音を立てる崩落箇所を見ながら、途方に暮れる。


 まず、父や家宰、ババルさんが無事か知りたい。それから、地盤が緩んでいる村で、土砂崩れが起きていないかも心配だし、僕が無事であることも報せたい。


 まずは、ここから外に出なくては話にならないか。


「凪、僕がこの洞窟から出るのにいい方法は?」


「はい。提督が朝凪に乗艦して潜航後、洞窟外に浮上する方法が安全です。但し、時空のうねりの具合や、朝凪を現地住民に見られてはいけないことなどを考慮して、本日夜間への浮上を試みることを提案します」


「因みに、それって、あっちにあるレヴィアト村に出るってことでいいのかな」


「いいえ。レヴィアト村周辺の地形は朝凪の浮上時に現地住民に目撃されるリスクが高く、現在地から絶対方位で五時の方角にある森林地帯への浮上を前提にしています」


 五時の方向にある森。心当たりはある。子供の頃は遠乗りをして兎狩りに出かけた森だ。あそこなら、この洞窟の中を歩いた方が早く出られそうだが。


「因みに、この洞窟の更なる崩落の可能性は?」

「一時間以内に約七十パーセントです」

 高いな。歩くのは危険か。


「提督も、操舵翼の下は安全ですが、崩落後に乗艦に支障が出る可能性があります。早期の乗艦を進言します」


 この頭の上にあるのは、なんだって?

 とにかく、乗り込んだ方が安心なら、乗ってみるか。


「どこから乗るの?」

「はい。左舷前方ハッチを開放します」


 黒い塊の一部が上に開き、中からタラップが降りてくる。

 完全にSFの世界観だ。


「ご案内します」


 凪がタラップを上がる。丈が短いチュニックの裾から、かなり際どいところまで見えている。相手が生身の少女ではないとはいえ、なんとなく気まずくて目を反らす。


 凪に続いてタラップに手をかけると、崩落した岩の隙間から、微かに声が聞こえる。


 僕は崩落地点に近づき、耳を澄ませる。

「ルヴァ様〜」

 家宰や父の声ではない。恐らく、ノワだ。凄く心配している様子が伝わってくる。


「ノワか?」

 大声で返す。


「ルヴァ様、ご無事ですか? 今そこに行きます」

 迷いのない声。いやいや、危ないから。


「来るな! 危険だ!!」

「いいえ。必ず助けます」


 また迷いのない声。かなり心配してくれているんだろうが、むしろこちらはノワのことが心配で仕方ない。


「僕なら無事だ。明朝には帰れる。危険だから、絶対に来るな。洞窟の外まで引き返せ」

「嫌です」


 迷い無く命令拒否。やはりというか、凄く強い意思を感じる。

しかし、潜空艦とやらがなくなると、艦体で支えてる部分が落ちて更なる崩落が起きるのは目に見えている。


「言うことを聞け! 君がそこにいると、寧ろ僕の行動が制限されるんだ。洞窟から全ての人を避難させて、僕の帰りを待ってくれ」


「……」


「頼む。僕は安全に脱出出来る。ただしそれには、恐らくまた崩落が伴う。だから、みんなを避難させて、村で待っていてくれ」


「……もう離れたくないです」

 あれ? 泣いてる? いつも凛としているノワの、細かく震える声を聞くと、急に胸が苦しくなってくる。


 しかし、今は信じて待って貰うしかない。

「僕を信じて。頼む」


「……約束、して下さい」

「約束する。必ず帰る。だから、すぐにそこから避難してくれ」


 はい、という返事はぐずぐずでよくは聞こえなかった。しかし、恐らく分かってくれただろう。

 必ず、帰るよ。


 僕はタラップを昇る。僕が艦内に入ると同時に、タラップが収納され、ハッチが閉まる。


「こちらへ」

 艦内はかなり狭苦しく、圧迫感がある。様々な配管や配線が剥き出しの通路。途中に突起物も多い。張り巡らされている手摺りを掴み、なんとか凪に着いていく。


「こちらがCICです」

 凪が扉を開けると、計器や操縦桿のようなものが所狭しと並ぶ雑然とした印象の部屋がある。


「提督はこちらへ」

 座面に形ばかりのクッションが付いた、お世辞にも豪華とは言えない椅子だ。これが提督用なのか。文句を言っても仕方が無いので、言われた通り腰掛ける。


「霊体アクティブソナーを使用して、先程の現地住民の避難確認をしますか」


「頼む。彼女以外にも、洞窟内に人がいるなら避難を待って欲しい」

「そうなると……。時空のうねりの関係で、到着予定の日時地点を変更する蓋然性が高まりますが、よろしいですか」


 少しくらい予定が変わったとしても。領民やノワの命には代えられない。


「構わない。現地住民の安全を優先してくれ」


 僕は、固い椅子の上で、潜空艦の潜航というものに備え、身構えた。

 突然、背中がぶるっと震えるような感覚に襲われる。悪いことが起こる前のような。


「この感覚……」

「これが霊体アクティブソナーの発信波です」


 そうなの? こんなゾワッと来るものを発信したら、嫌な予感がするとか言ってノワが戻ってきやしないだろうか。


 凪がモニターの一つに目をやっているが、いくつかの光の点が見えるだけで、僕にはよく分からない。


「洞窟内にはまだ動的霊体が多数います。人類特有の魂紋です」


 凪はそう言ったまま、微動だにしない。


 僕はCICと呼ばれた部屋にある様々な計器やランプを眺める。中には、ずっと変わらない周期で点滅するランプなどもあり、それを見ていると急激な眠気が襲ってくる。

黄妖鬼の襲撃以来、睡眠時間を削って復興作業で身体を動かし続けていた。おまけに、このよく分からない状況による脳の疲労。


 僕は軽く頭を振って凪を見る。彼女は微動だにしない。


 目の前にある、双眼鏡のような見た目の機械を手に取ってみる。中を覗き込んでも、何も見えない。

「それは潜航時に通常空間を視認するためのモニターです。類似概念の艦艇である潜水艦の伝統的呼称を引き継ぎ、潜望鏡と呼びます。今は浮上・停止中なので、起動していません」


「ああ、そう。ありがとう。ところで君は、日本から来たの?」


「はい。母港は厚木航空基地です」


「どうやってここまで来たの? ここは、日本とか地球とかとは全く異なる世界だよね。自由に往き来出来るの?」


「すみません、提督。提督が通過出来たのは第二種認証のため、そのご質問については開示出来ません」


「ああ、そういえばそんなこと言ってたね」

 第二種認証というのは、何かしら緊急の代替要員のためのものなのかな。ところで、そもそもどうして僕が――。


「五分経過しました。再び霊体アクティブソナーを発信します」

「ちょっと待った」


「はい。どうしましたか、提督」

「あれは、あのゾクッとくるやつは、止めた方がいいな。他に確認する手段は?」


「はい。精度は多少落ちますが、パッシブソナーでもある程度確認可能です」


「じゃあ、それで。ところで、この船? は、自衛隊のもの?」

「すみません、提督。その質問は提督の認証種類では開示できない事実に直結するため、回答出来ません」


 ん? 厚木が母港なのは開示出来るけど、自衛隊かどうかは開示できない?


 正直、苦手分野だからよく分からないな。でも、明らかに僕がいた日本より未来的な技術だから、その頃には、自衛隊から日本軍に戻ってたりするのかな。つまり、未来のいつの時代から来たのかは開示出来ないということなのか。


 そんなことを考えているうち、また段々眠くなってくる。時々目を擦り、周りにある物に意識を向けようとする。

それでも眠気は消えず、軽くカクンと頭が落ちる。それを繰り返すうち、先程の潜望鏡に頭をぶつける。


「痛っ」

「洞窟から人間の霊体反応なくなりました。朝凪、潜航する」

 え? いきなり?


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