生まれる前の長い夢
優斗は身体の大きな老人の下敷きになり、全身に激しい痛みを感じていた。
彼が乗っていた路線バスは、直線でスピードを上げたまま、対向車にぶつかったようだった。車両は上下逆さまになり、乗客のほとんどは自力で起き上がるのも難しい状況のようだ。
どうにか起き上がらないといけない。
軽油の臭いが充満しつつあったからだ。万が一にも爆発が起これば、中にいる人間はひとたまりもないだろう。
しかし、なんとかもがいて脱出しようにも全身の痛みが酷すぎて、体格の大きな老人の下から抜け出せそうにない。
もう無理かも知れない。そう思ったとき、優斗の意識の中に、前の席で親子仲良く話していたはずの少女の姿が思い出された。
少し離れた場所にいた母親の周囲を見ると、母親と老婆の下敷きになっている小さな手を見つけた。
優斗は痛みにこらえてなんとか手を伸ばす。その手を力強く握り返す反応があり、今度はその手を目一杯ひっぱる。
もう自分の身体がどうなっても構わないとばかりに痛みを無視して引っ張り続けると、少女が母親と老婆の下敷きになっていた状態から抜け出してくるのが分かった。
「大丈夫かい? 立てる?」
女の子は力強く頷いた。
「お母さんのために、助けを呼びに行ってくれないか? ほら、そこに、君なら通れそうな窓がある。ガラスに気をつけて、そこから助けを呼びに行くんだ」
女の子は強く頷く。
「さあ、早く行くんだ」
女の子は、ガラスがほとんど無くなっている窓に身を乗り出して、外に出て行く。
「早くここから離れて! 遠くまで!」
息苦しくてたまらない。肺が怪我をしてるのかも知れないし、軽油から気化したガスが濃くなったからかも知れない。
轟音が聞こえると共に、優斗の意識は真っ黒な空間をふわふわ浮かんでいる感覚に捉えられる。
(死んだのか、俺)
目を覚ますと、昨日泊まった宿屋の天井が見えた。久々に見た生まれる前の長い夢に、ルヴァ=レヴィアト=オートンは深い溜息をついた。