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「「また、あの楽園で」」

作者: 絹ごし春雨

 VRMMO。フルダイブ型のそれは目覚ましい普及を見せている。それこそ、一昔前で言う所の携帯やスマホみたいに、一人ひとつ装置を持つのが当たり前になった。


多くの企業が協賛して作られたひとつの大きなVRMMOがある。それを『リアルフェイクオンライン』という。


 装置を装着しての楽しみ方は二つある。ひとつは、意識がはっきりした状態で装着して楽しむもの。これは、従来のMMOの楽しみ方に近いが、一人ひとつ装置を持つ時代が訪れたことによって、過剰なハンドルネームや、性別を偽ることが禁止された。使用者に許されているのは、リアルの自分の身体をベースにしたエディットだ。そして、名乗ることができるのも、あだ名とみなされる範囲の名前のみ。


 これは社会の変貌と共にVRMMOが進化したからだ。今では、会社ぐるみでゲーム内ギルドを立ち上げ、交流に力をいれるところも少なくない。何しろその方が仕事が上手く回るというのだから、そういった流れになるのはおかしくないことだった。


 もう一つの楽しみ方というのがある。それが、夢を使った特殊なダイブだ。装置をつけて就寝すると、レム睡眠の通常夢を見る時間、その間にダイブする。“夢の島”というその特殊ダイブでしか行けない場所に行けるというのが売りだった。


 僕らの会社でも、VRMMOを通じた交流は積極的に行われていた。というのも、ライバル会社が上手いこと宣伝にVRMMOを使ってきたからだ。僕らはいわゆるお菓子メーカーで、季節ごとの商品をVR内で宣伝する。この時、生活感を出さないこと、というのが大事だった。


チームフラッグを商品のイメージで描かれたものに変更してみたり、あくまでさりげなく視界に入れることが大事というのは、“彼女”が言っていた。


そう、“彼女”はいつだって噂の的だった。ライバル会社の令嬢。僕らの会社を大きく引き離す戦術をはじめに行使したと言われている。


「まただよ。またあの令嬢、俺たちを出し抜いてきたぜ」

同僚のぼやいた先にはパネルがある。そこには同じ時期に出した同じような系統の商品の売れ行きが2本の折れ線グラフになっている。

現実リアルでの宣伝はうちも負けていないんだけどな」

「やっぱりVRのが効いてるのか?」

「そうだろうな」

彼はため息をついた。


「今日は上がるか。またVRで。」

空気を変えるように彼は言った。

「悪い。今日は違うことするわ」

「ん?この流れでそれはないだろ。宣伝しないと負けっぱなしだぞ」

「家事が溜まっててさ」


と言うのは、半分言い訳だ。仕事が定時は定時で上がれる。けれど、VRMMOという仕事の延長戦がある。これでは、昔、残業ばかりだったという社畜と変わらないのではないか。はぁっとため息をついた。


「そんなに大変なのか?」

「一人暮らしだから、ちょっと溜め込んじゃってさ。今日だけだから」

慌ててごまかした。


 家に帰って、久しぶりに一人の静寂と空間を満喫する。最近はこういう時間が本当に減って困っている。暮らしが便利になるのも考えものだ。


 半分本当だった溜まっていた家事を片付け、装置を身につけ、布団に入る。仕事仲間に会うつもりはなかった。目的は“夢の島”だ。


 目を閉じてぼうっとしていると、すうっと身体が沈み込む感じがして、気づいたら、草原に立っていた。

 青々とした草、咲き乱れる花、ここはまさに楽園だった。島というからには、海で囲まれ、白い波打ち際にザザァッという規則正しい波音が響く。


 よせては返す、その音に耳をかたむける。ああ、癒されるなぁ。このVRがなかった頃はひどい悪夢ばかり見ていた。今は離婚してしまった両親は、幼い頃から喧嘩を繰り返していた。それが夢の中まで追って来るのだ。本当に、これはすごい発明だ。


目を開けると、すぐそばに白いワンピースの女性が立っていた。__“彼女”だ。

「こんばんは。よい夜ですね」

声をかけると、彼女もこんばんは、と返した。

「あなたも奇特ですね。この場所にピンを刺すとは、毎晩お会いしますよね?」

「嫌ですねぇ。私だけじゃなく、あなたもじゃありませんか。毎晩お会いしますよね?」

“夢の島”はランダムでプレイヤーを飛ばす。しかし、一度行った場所に座標を固定すると次も同じ場所に飛べるようになる。一箇所しか座標を固定できないので、する人はまれだと思っていたが。


「僕はこの島が気に入っているんですよ。知り合いもいませんしね」

「そうだったんですね。私も知り合いがいない方がいいので」

言葉が切れる。ザザァと風と波の音だけが通り過ぎていく。毎日会ううちに、彼女の愚痴を聞いたことがあった。僕の予想だと彼女はかのライバル会社の令嬢だと思う。確信はないのだが。


 以前彼女は言っていた。“祭り上げられるのも大変なんですよ”と。そして職業クラスは__

「ペインターなんでしたっけ?」

「ああ、オンラインの職業クラスですか? そうですよ」

「もったいないですね」

「え?」


「いや、これだけ美しい島にいるのだから、僕だったら絵の一枚でも描きたくなるかなぁと」

彼女はしばらくあごに手を当てて考え込んでいるようだった。

「私、そういえば、最近心動かされて筆をとったこと、なかったですね」

「え?」

「ほら、仕事仕事で」

「ああー」


ここにも社畜がいた。

 彼女がやってみます。というとその姿は鮮やかに変わる。髪はレモン色へ。空色のケープと赤色のベレー帽。手にはペンと筆が握られている。


「そこに座っててくださいよ」

「え?」

「今描きたいものは、あなたのいる風景なんです」

「そりゃあちょっと待ってくださいよ」

慌てて自分の職業クラスである錬金術師に転じて逃げようとすると、何もしない方がいいですよ? と彼女は言った。


 僕が思わず動きを止めて怪訝そうに見やると、静かに続ける。足が付かない方がいいでしょう? ゲーム内では、今のあなたなら誰もわかりませんから。ああ、彼女も知っていたのだ。僕とは本来、こんなに穏やかな関係を築けるものではないと。なんだか悔しいんだか、悲しいんだかわからないまま、渋々頷いて、足を投げ出して座った。


彼女は、微笑んで、それから真剣な顔をして筆をとった。目の前を蝶々がひらひらと飛んでいく。

「疲れませんか?」

手持ち無沙汰だったからなんとなく聞いてみる。


「必要だと思ったので」

それに短く彼女は返してきた。しばらくして、データに残しました。と聞こえてきた。終了だ。大きく伸びをする。

「満足しましたか?」

「ええ、とても」

「まだ、耐えられそうです現実に」

そう言って悲しげに微笑んで、僕はやりきれなくなった。


 この島での記憶は起きても覚えているが、遠い昔の記憶のように薄れてしまう。それが今は悔しいと思った。この鮮やかな感情が色褪せてしまうのが切なかった。


 次の日、なんだか胸の奥が絞られるような気持ちで目が覚めた。彼女は、あの絵をどうするつもりだったのだろうか。その日は、業務の後にVRMMOの方にも顔を出した。そうしたら、おかしな情報が流れてきた。__ライバル会社の社長が危篤らしい。寝耳に水だ。僕はこれを夢で尋ねるか、尋ねまいか非常に悩んだが、結果的に、悩む必要はなかった。その日の夜、彼女は現れず、次の日訃報が入ったからだ。


 大きな会社で、休日に大々的に葬式をやっていたので、こっそり行った。そこで初めて生身の彼女を見た。彼女、冬木さくらは、堂々とスピーチをしていたけれど、僕はあの日“夢の島”で見た、頼りない微笑みが重なって浮かんだ。


 そして、あれから“夢の島”へ渡っても彼女に会わなくなった。僕は、だんだんと心配になってきた。普通なら、座標固定をやめたのか、と思うだけだが、そうではないのでは、何かあったのではないか?という思いが勝っていた。


 彼女は精神を病んだらしい。と人づてに聞いたのはそれからしばらくしてからのことだった。仕事はしているものの、何かに取り憑かれたように、暇さえあれば絵を描いているらしい。そして、描けない、描けないと嘆くのだそうだ。そして、とうとう倒れて入院したという知らせが入ってきた。


 僕はもういてもたってもいられなかった。現実では面識がないとか、そういったことを全部すっ飛ばして、会いたかった。会って無事を確認したかった。病院に向かう。面会先では怪しまれたけれども、仕事関係のものです、で押し通した。

冬木さくらは2人部屋の窓際にいた。4人部屋ではないのはさすがお嬢様といったところか。彼女は確かVRではサクという名前だったか。

「サクさん」

呼びかける声がちょっと震えたのは致し方ない。


「こんにちは。お見舞いに来ました。」

手には蝶々の栞。お見舞いの品としてどうなんだとは思ったが、ゼリーなんかを持っていこうとすると、どちらの会社のものを持っていくかで角が立ちかねない。


 彼女は、窓の方を向いてぼうっとしていたけれども、僕の姿を見つけると、目を愕然と見開いた。

「どうして……どうしてあなたがここに?」

 彼女は葬式の時より痩せていた。僕は痛々しさに眉をひそめたのを悟られないようおどけてみせた。

「心配したからですよ。最近描きたいものが見つかったと噂に聞いたんですが、さすがに体を壊すまではやりすぎです」


描きたいもの、と彼女が首をかしげる。

「違ったんですか? 何かずっと描いていると噂に聞いたんですが」

「ああ。それはあの絵、最後に会った日に描いた絵が消えてしまったんです。規約違反みたいで。でも、どうしてもあの楽園を絵にしたくて」


それで描いていたのだと言った。そして彼女はうつむき、苦しげにこぼす。

「父が亡くなったでしょう?それで私をトップに押すものが出て来て、あなたと会って、みんなもあなたも騙しているみたいで心が痛かったんです」


ああ、真面目で優しいのだな、と思う。同時にこれでは折れてしまう、とも。

「あなたは、気にしすぎなんですよ。まあ、この社会がそうさせているのでしょうけれども」

「まあ、あれですよ。本当にどうしようもなかったら逃げてくればいいんです」

「どこにですか?」

どこにも逃げ場なんてないのに。と彼女の瞳は揺れていた。僕はつとめてちゃかしたように明るく言う。

「お嫁さんに来るなら歓迎しますよ」

さすがにこれはやりすぎかなと思いつつ。まあ、と彼女は目を見開いた。

「それは、とても面白い提案ですね」

「半分は冗談ですけど。もう半分は本当ですよ」


嬉しいです、と彼女はころころと笑った。やっと笑顔が見れてほっとする。

「まあまあ、頑張りますよ。あなたに会えて思ったんです。あの楽園は思い出ではなくて、また行けばいいんだって」

また、夢で会ってくれますか? と彼女は言った。僕は答えた。

「喜んで」

そうして、二人で微笑んだ。

「「また、あの楽園で」」


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― 新着の感想 ―
[良い点] どこに、と訊かれて、お嫁さん この発想に目を奪われました。 [一言] ども。 読みやすい流れで良かったです。 結局関係性など変化はなく、振られたということなのかが気になるところですが、そ…
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