リトルエンジニア
リトルエンジニア
好きな子と隣の席になった! 顔が熱い。緊張からか、足元が冷たい。周りのわーきゃーという喧噪の中にいる事を忘れてしまうほどだった。
「よろしくね、翔くん」透き通る声でアキちゃんは太陽の様な笑顔を向けてきた。
「お、おう」
心臓の音が聞こえてしまうのではないだろうか、心配になってしまう。目のやりどころに困ってしまったところ、
「おい、翔っ」
左斜め前の席になったカっちゃんが振り返ってニヤついてきた。助け舟か、と思ったのも思い過ごしだった。チラリと僕の隣に目をやった後にこちらに親指の頭を見せてきた。やめてくれ。僕はそれを無視しようと机に頭をやろうと右を向けた。が、あのアキちゃんと目が合って、にこっ。見とれてしまう前にゆっくりと腕と入れ替えて左に顔を向ければ、かっちゃんが吹き出していた。あのやろう。
「はいはい、くじで決まったんだから文句は無しよー」
先生が荒波の様に騒いで揺れる五年二組をなだめようと声を出して話し始める。今後のクラスの予定やら学校の行事やらを話してその日のホームルームは終わった。
「おいおいおいおい!」
スキップするランドセルの蓋とにんまりとしているカッちゃんが追い付いてきた。
「なんだよ」
「アキちゃんだよぉ! 良かったなぁ!」
学期はじめでペコペコな僕のランドセルを叩いてこちらをのぞき込んでくる。
「なっ、別になんでもねーよ」
そう言って石ころを草むらの方に蹴り飛ばした。カッちゃんは、ぶふふと両手を口にもってきて、
「お熱いですなぁ、昨晩はお楽しみで」
「ち、ちげーよ別に、そういうカッちゃんは隣誰だよ」
話を変えようと必死になる、と言うか、カッちゃんの隣って誰だ。
「ほほう、周りは一切見えていなかったのかぁ」
「黙ってろ」
「へいへい、隣は林だったな」
「ふーん」
「お前本当に興味ないのな」
なんたってクラスいや、人生で一番かわいいと思うのだ。人生とは言っても十年くらいしか生きてないけど。その後はカッちゃんと好きな動画の話をして帰ったが、話は頭に一切入ってこなかった。明日からどうしよう。ワックスとかいう奴で髪をかっこよくしたり、服をもっと高い奴にしなきゃいけないのだろうか。そんな事を思っていたら家に着いた。リビングにあるpcで早速調べる。なになに、女の子が髪をいじってる時はおっけいのサイン? 右に目線が行ったら嫌い? いろいろインターネットで調べてみたが、そのおっけいという奴が分からない。
「でな、おっけいというのは同意とか、なんか、いいよって意味らしい。で、付き合うらしい」
「ほぉー、で?」
学校に向かう途中、結局どうすればいいのか分からなかった僕は調査結果をカッちゃんに伝えた。
「さぁ、でも付き合うってのは男と女がカップルってことだ」
「ほぉ、じゃあ好きですって言えばいいのか」
カッちゃんも腕を組んで空を見上げてた。
「まぁ、無理だろ」
「まぁ、いいんじゃね。言ってみたら?」
カッちゃんはそう言って草むらに石をけり入れた。
「今日は皆さんが将来何になりたいか、夢を書いてみましょう」
6年生になったら卒業文集に書く事にもなるし、そう先生は続けた。クラスのみんなは思い思いの夢を与えられた紙に書いて行く。僕は将来何になりたいか、なんてなかった。結局その時間は何も書く事なく授業は終わってしまった。アキちゃんに見られない様にして落書きをした。
図工の時間、先生はやる気がないのか、なんでも作って良いよ、と言って本を読んでいた。僕は何を作ろうか、設計図の様な物をまずは作ろうと思った。与えられる事に慣れているクラスのみんなは与えられていないからとだべっていた。
「翔、何にした?」
カッちゃんは図工には興味がないのか、先ほどの授業の話をし始めた。
「何も。かっちゃんは?」
「俺大統領」
ニカッと笑うカッちゃんに僕はあえて何も言わなかった。すると、
「すごいね! 初めてのアジア人大統領!」
アキちゃんが食いつく様にしてカッちゃんを褒めた。僕は何よりアキちゃんが話に入ってきたのに驚いた。近くなって少し恥ずかしくなる。
「え? ああ、すごいだろ」
カッちゃんは二ヘラと笑ったが、しどろもどろだ。くっ、首相じゃねーのかよ。
「翔君は?」
大きな瞳でこちらをのぞき込む様にして聞いてきた。飲み込まれそうだ。
「え、エンジニアかなぁ」
僕は何となくかっこいい職業を言ってみた。反応は、
「すごい! ビルゲイツとかジョブズとかでしょ!」大変良かった。
僕は名前は聞いたことはある程度の人物で、特段詳しい訳でもなかった。特に思い出せるのは何もない。何よりアキちゃんがそういった事に興味を持っていた事が驚きだった。
「あ、ああ」カッちゃんは俺の気を知ってか知らずか、ぶひゃひゃと笑いをこらえていた。お前だって似たようなものだろう、笑うなよ。
「すごいよ、時代の先を行ってるね。翔君は億万長者になるのかあ」
億万長者か、そんなものなれるのだろうか。それになった後に楽しい事は待っているのだろうか。あ、でもお金いっぱいあったらうちの前に遊園地とか作れるし、ゲームだってし放題だ。
「アキちゃんは何になりたいの?」
アキちゃんは待ってましたとでも言わんばかりに口の両端を二ッと持ち上げて、
「私? 私は宇宙飛行士!」ドカンッと机に脚を乗せて、シュビッと指を空に、目線は教室を通り越して遠い遠い空に向かっている様だった。そんなことをするものだからスカートの中がみえてしまいそうになったから、カッちゃんが見れない様に僕も立ち上がった。アキちゃんは立ち上がった僕にスッと目を流してこちらをヒタと見た。その目は僕にピントが合っているのか、それとも僕を通り越した先を見ているのか。はたまた僕の心の中でも見えているのではないだろうかと思ってドキッとする。
「い、いいね!」
アキちゃんに見つめられて何をすればよいのか分からなくなって、いいねをした。アキちゃんがこんなに大胆な人だとは思わなかったし、夢があまりに漠然としていて、びっくりした。
「でしょ。じゃあ翔君は私が宇宙に行くために何か開発する係ね!」カッちゃんは大統領になってアメリカが宇宙開発に手伝ってくれるようにしてね、と自信満々に言った。何が楽しいのか分からないけれど、僕は笑顔になっておう、と返していた。同時に何か、大きな事が始まる気がした。
「なぁ、大統領ってどうやったらなれるんだ」カッちゃんは帰り道しきりにそればかり聞いてくる。
「僕だって分からないよ。まずはアメリカ人にならなきゃいけないんじゃないの」
「げ、外人にか。というか、首相と違うのか」
「はぁ、僕はカッちゃんみたいなのが大統領でも首相でもなったら怖いよ」
どういう意味だ? なんてカッちゃんは聞いてくる。そんなことよりも僕はどうやったらアキちゃんを支える事が出来るエンジニアになれるのか、それが全く分からなかった。
「そりゃ、何か作ればいいんじゃないの」
「何か」
「何かさ、多分宇宙船とか?」
「それってエンジニアの仕事なのか」
しらねーな、カッちゃんは鼻をほじりながらそういう。うわ、でっかいの取れてる。おい、こっちに見せるな。そんなこんなでエンジニアについて僕はググるのであった。
「どうやら何かパソコンのぷろぐらみんぐってのをしたり、いろいろ組んだりするらしい」僕はカッちゃんにパソコンからの受け売りの情報を伝える。ふーんと朝露がまだ残っている草をむしりながらつまらなそうに答えた。
「組むってなんだ、組体操か」
「分からない」
でも何か作る仕事って事でいいんじゃないか、そうカッちゃんは言って学校への行きの道草は終わった。
アキちゃんと将来の夢について話合ったあの日以来、友達になった。家に帰る方向は違うけれど、授業中は先生に怒られるほどよくいろいろな事を話した。それこそ、アキちゃんの好きな色や食べ物から嫌いな虫やら好きな学者まで。アキちゃんの話は時々よくわからなかったけれど、とても面白かった。僕もエンジニアになる事だけは決めていただけだけど、アキちゃんと話しがいっぱい出来ただけで幸せだった。
しかし、ある時からアキちゃんは元気がなくなった。特に夢についての話しをする時はそうだ。もう僕は一緒に宇宙を目指す事を決めていたようなものだったのに。すぐに話しを変えてしまうのだ。カッちゃんとそのことを話したりしたけれど、特に分かる事はなかった。カッちゃん曰く、「女の子はそういうもんだ、とおやじが言ってた」らしい。
図工では特に問題はない。ただ、僕は宇宙船を木で彫って作っていた。アキちゃんはなぜか苦笑いだった。ちなみにアキちゃんは将来使うかもしれないと、宇宙服に着ける球体のコンパスの製作をしていた。カッちゃんは葉巻を作ってた。それ、違くないか。
気づけば夏休みに入るころになった。星がきれいに観れるらしいから行こうとアキちゃんの方から誘ってくれた。親には友達と天体観測をしてくると言っておいた。親はバンプやん、女の子? と訳の分からない事を言ってきたけれど、カッちゃんと行くとだけ伝えた。なぜ、夏休みはたくさんあるのにそんなに急いでいるのか、とは思ったけれど、どうやらアキちゃんは転校してしまうらしい。先生が廊下でアキちゃんと話しているのを聞いてしまった。そうして、天体観測の日、大雨で中止になってしまった。
僕は図工で作っていた飛行船を上げようと思っていたけれど、そんなものはやめた。どうやらプラネタリウムと言うのがあるらしい。それは天体観測が中止になって落胆していた僕を見かねてか、親がそう言った方法もある事を教えてくれた。
早速すぐに作り始める。まだ5時ごろだった。夕暮れ手前、大雨の中親を急かしてググった材料を買いに行く。急いで作ったから出来は悪いものだけれど、大きな穴が一つあるけれど、それをビニールに入れてアキちゃんの家まで走った。
全身びしょぬれになってしまう。真っ暗だからいつもの道が違った道に見える。いつもはない水たまりに足を取られそうになる。何とかプラネタリウムだけは守ってアキちゃんの家に着いた。
アキちゃんには「月が一つあるけれど、プラネタリウム」それだけ言って離れた。僕らは大人になってまた出会う事になるのだけれど、アキちゃんはこういう空の星もあるかもしれない、と当時の不正確なプラネタリウムを興味深そうに振り返っていた。