続・大地の警告
東日本大震災では、『想定外』という言葉が良く出てきました。確かに事前に警鐘が鳴らされていたのは、宮城県沖のもっと規模の小さな地震の発生でした。では口をそろえて『想定外』と言う程、事前の警鐘がなかったのかというと、そんなことはありません。東北大学のホームページにバックナンバーが掲載されていますが、東北大学の広報誌「まなびの杜」の2001年6月30日発行のNo.16に、「津波災害は繰り返す」という記事が掲載されています。そこには、貞観津波について説明した後、仙台平野の堆積物中に3層の津波堆積物が確認され、貞観津波級の津波が3,000年間に3度襲来していることが指摘されています。このことからこのクラスの津波が800年から1,100年に一度の間隔で襲来しており、前回の貞観津波から1,100年余が経過していることから、巨大な津波の発生が懸念されると指摘しています。東日本大震災の10年前の事です。その後の研究で貞観津波は仙台平野だけでなく、三陸沿岸から福島沿岸までの広範囲にわたって襲来していたことも報告されており、これだけの警告があったにもかかわらず、『想定外』と言うのはちょっとどうかと思われます。
他の地域でも同様の報告があります。十勝毎日新聞のサイトの勝毎ジャーナルに掲載の2000年9月4日付の「巨大津波は来るのか?」という記事には、北海道十勝沿岸の地層を調べたところ、5層の津波堆積物が確認され、最大波高15メートルに及ぶ巨大津波が3,000年間に5度襲来していることが指摘されています。再来間隔は400年から600年で、最近の津波は1611年だった可能性があると指摘しています。既に400年が経過していることから、いつまた巨大津波が襲来してもおかしくない状況です。東日本大震災の11年前の事です。
これについては、つい最近になってより詳細な報告がなされていて、平均340年から380年の間隔で北海道の太平洋沖でマグニチュード9クラスの巨大地震が発生しており、前回から400年が経過していることから切迫している可能性が強いということです。400年前の地震では、最大波高24メートルの巨大津波が襲来したとしています。
南海地震についても、電気設備学会誌の2009年11月号に、350年間隔で巨大南海地震が発生しており、10メートルを超える津波が襲来していること、300年前の宝永南海地震が巨大地震だったとみられることから、次の南海地震は過去最大級の規模になる可能性があることが報告されています。これは東日本大震災の1年半前の報告なので警告とするには近いと思われますが、この記事は過去の報告をまとめた記事で、元となる報告は早いものでは1995年に発表されているようです。
東京電力の見解では、そのような学説があることは知っていたが、それが学会の共通認識には至っていなかったので、まだ対策を取っていなかったということのようです。しかしそれで良かったのでしょうか。企業のリスクマネジメントでは、リスクの大きさと発生確率を勘案して重要リスクを選定し、対策を取るというのが通常です。リスクが顕在化した時の被害が大きくても発生確率が極めて低い、または発生確率が高くても被害が小さければ、優先的に対策を行うべき重要なリスクとは言えないという考え方です。ただし、想定される被害が極めて大きく、企業の存続が直ちに危険になるようなリスクについては、発生確率が低くても重要なリスクと考えて対策を取ります。巨大津波の発生による原発災害の発生は、被害額が数十兆円におよび、直ちに企業の存続が困難になるレベルですから、重要なリスクと認識して対策を立てるべきリスクと言えるでしょう。例えまだ学会の共通認識になる前であっても、少なくとも前述の事実からは危険が差し迫っている可能性があることは明らかですから、先手を取って対策するべきリスクだったと言えるでしょう。その意味では東京電力の歴代経営者は、経営者として取るべきリスク対策を怠っていたということで、その責任は極めて重いと言わなければなりません。
もちろん、リスクの存在はわかっていても、対策の立てようがなかったのなら仕方がありません。海辺に建設して、海水を冷却に使っている日本の原子力発電所では、想定される津波以上の高さの防潮壁を建設して浸水を防ぐというのは現実的ではありません。実際、万里の長城にもなぞらえられた、岩手県旧田老町の巨大な防潮壁をもってしても、今回の巨大津波は防ぎ切れませんでした。それでも、予備電源の発電機やバッテリーをより高い位置に設置するとか、より防水性の高い区画に設置するとか、被害を軽減する方法はあったはずですし、その費用も容易に実行できないような巨額になるわけではなかったはずです。もっとも、メルトダウンには至らなかった福島第二原発や、女川原発についても、電源喪失の危機はかなり差し迫っていたようですから、このような対策で十分なリスク対策と言うのは躊躇われます。
原子炉には、電源喪失に備えて、電源なしで原子炉を冷却する機構が設置されています。福島第一原子力発電所では、1号機の非常用復水器、2、3号機の隔離時冷却系などです。この内、1号機の非常用復水器は運転状況の誤解もあって十分に運転されず、1号機の早期炉心溶融につながっています。もっとも、1号機の非常用復水器は10時間程度の冷却が限界だったとも言われます。一方、2号機は約3日間、3号機は約2日間、冷却が維持されたとされています。機構が異なるので単純に比較はできないと思いますが、1号機の非常用復水器が、2、3号機並の冷却装置に換装されていたならば、もっと被害を抑えられた可能性はなかったのでしょうか。1号機の水素爆発によって、電源車による電源復旧や、ポンプ車による注水の準備が阻害され、2号機や3号機の大規模損傷を食い止めることができなかったことを考えれば、もし1号機の冷却装置をより新しいタイプのものに換装していたとしたら、水素爆発をもう少し遅らせて、2号機や3号機の大規模損傷を食い止めることができたのではないでしょうか。構造上不可能と言うのなら仕方ありませんが、旧型の冷却装置でも基準はクリアしているという理由でそのままにしていたのなら、リスク管理の観点から大いに問題があったと言えるのではないでしょうか。
しかし、どうして水素が発生するような材料を燃料の被覆管に使っていたのでしょう。多少性能が落ちても、水素が発生しないような材料を使っていれば水素爆発は起きず、被害は限局できた可能性があるのではないでしょうか。一連の報道や解説を見ても、この点に触れているものが見当たらないのは疑問です。
ところで、今回は『想定外』の大津波が来たから発生した事故だとよく言いますが、仮に巨大な台風が襲来して、送電線の鉄塔を吹き倒し、大洪水を起こして発電所が水没したなら、同じような災害が発生したのではないでしょうか。だとしたら『想定外』の津波など関係なく、想定可能な災害に対する備えを怠っていたことが原因と言えるのではないでしょうか。もちろん、そんな大型台風は『想定外』だと言われてしまえばそれまでですが。