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ムッチャイライラ

作者: ばんがい

俺な最近ずっとイライラしててん。

テレビのイチャモンみたいなニュースもやし、周囲の人の名前は初見で読めへん漢字のやつばっかやし、最近飲むようになったブラックコーヒーは苦いだけで全然眠気覚ましにならへんし。

ほんまにイライラすることばっかりやねん。


それやのにまた一つ追加でイラつくことができてしもてん。



「ミラーハウスのウワサ?」


「そうなんです。最近出てきたウワサなんですけどね。この町に裏野ドリームランドってあったでしょ?ずいぶん昔に廃園になった山の中腹にある遊園地。最近あそこのミラーハウスに入ると人が変わったようになって出てくるっていうウワサが出回ってるらしいんですよ。」


俺、その話をコーヒー飲みながら聞いてたらムッチャイライラしてきてん。

話をしてくれた後輩にちゃうで、そのウワサにやで。


だって、そこ俺んちから見えんねん。俺の家が山のふもとにあるから家から出るときとかにボロボロの西洋風のとんがった屋根がチラチラ見えてんねん。それ見るたんびに陰気な気持ちになってるのに、更に新しくそんなウワサが出てきてホンマに勘弁してほしいわ。


その話聞いてから、うちから見えるのはとんがった屋根だけのはずやったのに何でかその園の中のボロボロのミラーハウスまで見えてるような気がしてもてホンマに嫌やったわ。そのせいでなんかミラーハウスのことがずっと頭から離れへんようなってもて、どんどんイライラしてきてん。

寝ても覚めてもミラーハウスの事考えてまうねん。それでもう居ても立っても居られんくなったから、休みの日にそのミラーハウスを遊園地まで調べに行くことにしてん。調べてそこのカガミ全部ぶち割ったろうと、ウワサの終止符を俺がうったろうやないかと。


そういうわけで、俺さっそく次の休みに裏野ドリームランドに行ってん。

遠目やなく至近距離で見る裏野ドリームランドはホームレスや不良がおりそうな薄暗い雰囲気で錆びた入り口の前は草もボーボーやった。

じめっとしてるし、正直あんまりおって気持ちの良い所ちゃうわ。


まぁでも、こんな時には助かるかな。

だって廃園になってるとはいえ軍手にバール持ってハンマー差して遊園地の前に立つ俺はどう見ても不審者…

「って誰が不審者やねん」

…自分で自分につっこんでしまった。あかん、なんかまたイライラしてきた。早く鏡壊して帰ろう。



ウワサのミラーハウスは特に苦労もなく見つけることができた。

ミラーハウスはキャンプで泊まるログハウスを大きくしたような感じの板づくりの建物で入り口のところに赤い文字でミラーハウスと書かれてある。


入り口は特に南京錠やフェンスで塞がれているわけでもなく、もしかしたら釘で打ち付けられてたんかもしれんけど、今はドアの代わりの板が斜めに立てかけてあるだけやった。

周囲の壁には誰かが後でやったみたいな歪に黄色と黒のテープが巻いてあったり、「誰も入ルナ」とスプレーで壁に落書きされたりしていた。


まさかこんな落書きみて誰かアホがウワサ作ったんちゃうやろな。

もし、そうやったとしたら俺ムッチャアホみたいやん。

落書きしたどっかの誰かが俺の事バカにしてる気がして、思わず俺は落書きをバールで殴った。

勿論そんなことで、落書きが消えるわけでもなく木でできた壁が少しえぐれただけやったけど。


「はぁ、もうええわ。中チラッと覗いて帰ろ」


なんか急にアホらしなってきた。鏡割る気力もないわ。

俺は立てかけてある板を蹴ってズラシ、隙間からちょっとしゃがんでミラーハウスの中に侵入した。



ミラーハウスの中は自分が思っている以上にきれいやった。

外の落書きや入り口のボロさから考えたら、足元に鏡の破片が落ちてたり、虫とかがその辺這いまわってたりしそうやと思ってたけど、そんなことは全然なくて透明のアクリル板と鏡で仕切りがされて迷路みたいになったミラーハウスの中は遊園地が廃園してることを忘れてしまいそうになる。


意外と明るいな。電気がきてるわけないし、どっかから光が漏れてるんかな。暗かったら入り口見て終わろうと思ってたけど、これやったら中に入っても大丈夫かもしれんな。

そんなことを考えながら鏡の壁に手を当てて一歩一歩慎重に進んでいく。

誰が見てるわけやないけど、こんなところでつまずいたりしたらいい笑いもんやしな。


中を探索しようとすると、ところどころに仕込まれてるアクリル板で出来た透明の壁が案外クセモノで、自分が映った鏡の壁までまっすぐ行けるかと思ったら意外と遠回りせんとあかんかったりして、思ったよりも迷路の探索はてこずった。


あぁクソ、またイライラしてきた。

もう鏡割って無理やり出てまおうかな。アクリルの板もバールでこねたったらいけるやろ。

誰が見てるわけでもないし構わへんかと力技の脱出計画を実行しようとしたその瞬間…



「ガラーン!!」



後ろから大きな金属音が聞こえた。

ぎょっとして振り向いてみると、そこにはバールをもって尻のポケットにハンマーを差した男が映っていた。

つまり、俺が鏡に映ってるだけや。


腹立つわー。なんやねん、さっきの音は!

オレ以外に誰かおるんか?

もしかして廃園になっても警備員とかいてんの?

そうやとしたら、あんまりムチャしてもまずいよな。


「誰もおらんと思ったから鏡割ってました」


…アカン。完全に異常者や。


ひとまずさっきの音の方向に進んでみようかな。

誰か居っても居らんでも確認だけしとこ。


俺が鏡の壁を音のなった方へ向かって進むと、何度か曲がった先には手持ちサイズのハンマーが落ちてあった。

もしかして、これが音の正体か?やとしたらどっから落ちてきたんやろ?

落ちてるハンマーをよく調べようと思って拾った瞬間。

なんか妙に気配みたいな、それと胃からこみ上げる嘔吐感みたいな、とにかく気持ち悪くてイヤな感じが体を走った。

なんやろ今の?

気持ち悪い感覚を抱えながら拾ってみたハンマーは俺が持ってきたハンマーと同じメーカーの物やった。

いや、それどころか持ち手のところの黒ずみからメーカーのシールはがすの失敗してるところまでみんな一緒やった。


俺が落としたんかなと思って尻のポケット触ってみるけど、そこには間違いなくハンマーの硬い感触がある。

気持ちわるぅ。もしかして、こういうのが後輩の言うてたウワサってやつか?

「不思議」と「気持ち悪い」が行ったり来たりして頭がパニックになりかける直前、目の前にガラーン!とさっきより大きな音を立てて何かが降ってきた。

危ない!反射的にしゃがんでしまった俺の目の前に今度はバールが落ちている。

どうなってんねん。手に取らなくてもわかる。あれは俺がもってきたバールや。

バールの方は何かで使った時に無くさんようにっていうて名前を書いとんねん。

それが俺の目の前に転がってるバールの方にも書いてある。

しかも、なぜか反転した文字で。まるで鏡から出てきたみたいに。

今度こそ足元からぞっと寒気が走るのを確かに感じた。


なんや?なんか変やぞ?なんでこんな事が起こるねん?こんなん準備できひんやろ。

イタズラか?いやいや、俺ここ来ること誰にも言うてへんし。そもそもこんなイタズラしようと思ったら、


誰かがずっと見とかな無理やろ。



頭にその考えが浮かんだ途端、鏡に映った無数の俺の像が全員こっちを見張ってるような気がしてきた。


帰ろう。


そう考えた俺は慌てて今来た道を引き返した。

勿論、道なんか覚えてないし、慌ててるから顔面からぶつかって、鼻血が出たり、口ん中を歯で切ってもたりしたけど、そんなこと気にする余裕はなかった。

逃げてる間も時々何かが落ちるような音が後ろからしたけど、もう振り返って確認する気なんか全然せんかった。


「カーン」「ガラン」「ドン」


最初は金属音だけやったはずやのに、俺が逃げてるうちにどんどんいろんな音が増えていく。

きっと、俺の持ってるもんとか身に着けてるもんが俺の後ろに落ちてるんやろな。

ヘンゼルとグレーテルみたいになってんのかな。あれってオチはどんなんやったかな。


気持ち悪い感じも寒気も消えてないのに、なんでか関係ないことが頭に浮かんできて、無意識のうちに口からヘヘッと乾いた笑い声が漏れた。


気が付くと行き止まりにいた。振り向きたくない。戻りたくないの一心でとにかくメチャメチャに進んでもたからな。

三方向の壁が鏡になってる行き止まりは無限に俺が映っている。

俺を映してるだけのはずやのになんとなく通せんぼしてるみたいに見えた。


鏡に映った俺の顔は今の俺と同じ顔してるはずやのになんかバカにしてるような、ニヤニヤしてるような。そんな顔に見えてくる。

今も不気味な気持ちは残ってるのに、何故かその顔見てたら怖いを通り越してイライラが沸いてくる。


俺は不法侵入しただけやんけ。帰る言うてるやんけ。

人バカにしやがって。俺は持ってたバールをメチャメチャに振り回した。


「ガシャーン!!」

「ガシャーン!!」


バールをたたきつけるたびに割れた鏡が自分にも降り注ぐ。

でも、イライラしてる俺はそんなん全然気にならんかった。

とにかく、この辺の鏡全部割ったる。そうしたら出口も分かりやすくなるやろって。

そんなんしか考えてへんかった。


そうやって鏡を割っていると突然頭にガツンと衝撃が走った。

殴られた!?誰に!?

振り向く暇もなく俺は目の前が真っ暗になって。意識を失った。




次に目を覚ますとなぜか俺は家におった。

あのあとな、俺は自分がどうやって帰ったかなんぼ頭ひねっても思い出せへんねん。

でもあれは夢やないと教えるように頭に大きなコブができててな。ムッチャ痛い。


友達にこの話したら、なんかにぶつけたんやろ言われたわ。

まぁ古いアトラクションをむちゃくちゃに壊したわけやし。

上からなんか降ってきてもおかしないけど。俺はあの時なんかに殴られたと思ったんやけどなぁ。


あとな、あの後から俺あんまりイライラすることなくなってん。

苦いだけやったコーヒーもなんか旨く感じるねん。


周りのみんなは頭うって性格変わったとかいうて笑ってるわ。

ウワサはホンマやった。お前別人やろってムッチャ笑うねん。

でも俺それ聞いても全然イライラせえへん。




実は俺もそう思ってんねん。言うてへんねんけどな、帰った後に持って行ったハンマーとバール見たら鏡文字で名前が書いてあんねん。あの時間違って持って帰ってきたんやろか。

俺、ハンマーは手に取ったけどバールは持ったかなぁ。

記憶がない間に拾ったんかなぁ。



なぁ、それともミラーハウスに入った俺はまだあそこでイライラしながら迷ってるんやろうか?

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― 新着の感想 ―
[一言]  拝読しました。  するすると読める上に語り手の感情や設定を過不足なく説明する地の文を、非常に巧みとを感じます。  一人称である分、ミラーハウスに入ってからの描写には直接対面しているかのよう…
[一言] 夏ホラーからお邪魔いたします。 関西弁の一人称の語り口が軽妙ですね。これが、標準語で書かれるとまた雰囲気が変わるのでしょうが、この軽妙さが逆に最後の怖さを引き立てていると思います。 単純に…
[良い点] 夏ホラーからお邪魔しました。 どこか古典落語のような起承転結が良いですね。 一人称の書き方や、最初から最後まで退屈させない作りをできているのもとても良いと思います。 [気になる点] 文章が…
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