灼熱の赤い太陽 5
「そんなに気にするなよ」
俺は合宿先へ向かう車を走らせながら、助手席で何度も脚本を見直す蒼汰に声をかけた。蒼汰は俺の声が聞こえているのか、聞こえていないのかまるで無反応。鬼のような形相で、書き込みにボロボロになった脚本を睨みつけている。
事の起こりは、今朝、合宿の出発を見送りにきた塚口先輩との会話だった。
今年の合宿先は長野。サークルメンバー二十人のうち、参加は顧問の教授をいれて十六人。機材もあるから八人乗りの車三台で向かう事になっていた。
俺と蒼汰は二人で早朝から学校に来て、機材の積み込みやチェックをしていた。去年まで後輩がやっていたような仕事も、最近は俺たちがする事が多い。
俺は頭数は十分あるんだから、ある程度は任せてもいいと思うんだけど、蒼汰は気を使うというより、人に任せるのが億劫らしかった。任せてもどうせ最終チェックはこちらがするし、指導も手直しもいる。そんな事に時間を割くくらいなら撮影を進めたい。そういう考えだ。
一見、リーダーから率先して動いているので良いような感じもするし、実際初めのうちは二年も一年も、人一倍動く蒼汰を尊敬とまではいかなくても、信頼していた。でも…。
材の積み込みチェックを終えてから、俺はため息をつく。
最近、部内の空気が良くない。皆、うすうす自分たちが蒼汰に信頼されていないのに気付きはじめているようだった。そうなれば、例え仕事は楽でも面白くはないし、仕事が振られると 蒼汰の求めるレベルは一様に高く…ついていけない場面もしばしばあった。そんな空気なのに蒼汰はあのキャラで茶化しながら撮影を進めるものだから、口出しもできない空気にしてしまう。
合宿に入る頃にはスタンドプレーが目立ってきていた。かろうじて孤立しないのは、彼の今までのキャラと、藍や桃のさりげないホローのおかげかと思う。でも、俺はそんな状況での合宿に不安があった。
「よ、朝早くから精が出るね」
塚口先輩の声に俺はホッとしてチェックリストから顔を上げる。同じように物品のチェックをしていた蒼汰は驚いたと同時に、破顔して塚口先輩に駆け寄った。
「おはようございます。どうしたんですか。こんなに早く……」
塚口先輩はほほ笑みながらチラリと俺の方を見た。
俺は蒼汰にわからないように小さく会釈する。実は、俺が先輩を呼んだのだった。
今の状況のままでは、映画の完成どころかクランクアップも危うい。本当の意味で蒼汰を支えるのなら、まずは部の空気をどうにかしないといけないと思ったからだ。そう言うのは、たぶんついキツクなってしまう俺なんかより塚口先輩のが適任だ。事情を話すと、先輩は教員試験を控え忙しい中、快く協力するのを引き受けてくれた。
「ちょっと、学校にゼミの用事があってさ。用事まで時間があったから、ふらっとここに立ち寄ったらお前たちがいたってわけ」
さらっと流す言い訳も、先輩らしい。先輩はわざと周りを見回す。
「で、お前達、何してるわけ? 二人だけ?」
「あ、今から合宿なんです。で、青と準備を」
塚口先輩は車に積み込んだ機材を腕を組んで眺めながら
「へぇ。なんか懐かしいなぁ。これ、全部二人で?」
「はい。その方が確実だし、早いんで」
「今年の後輩はずいぶん使えない奴ばかりなんだな」
ぼそっと先輩がそう言った。
「え」
蒼汰が顔を上げる。
でも、先輩はそれ以上何も言わなかった。穏やかな笑みで振り返ると、蒼汰の肩を叩き
「なんか、今年はすごく頑張ってるんだって? デモとかあったりする?」
話を違う方向に振った。
うまい、と思った。蒼汰も馬鹿じゃない。あの一言で、後輩たちが感じている不満がちゃんと伝わるはずだ。実際、奴の顔色は一瞬にして変わっていた。
つい、色々直球で痛い所をついてしまい、また相手を深追いしてしまう自分にはできない芸当だ。
「は、はい」
蒼汰は気を取り直し、デジタルに軽く編集しているテープを車から出してくる。
その間、塚口先輩は俺に目くばせし、小さく肩をすくめて見せた。俺は何か言うわけにもいかず、同じように目くばせで応える。
「あ、先輩。いいですか?」
蒼汰の声に、俺達はチェック用の小さな画面に歩み寄り視線を落とした。
「まだまだ途中なんですけど…」
そういう声は、微かに自信を覗かせ熱を帯びている。それもそのはずで、奴は撮影が進む度に細かくチェックしては編集に編集を重ねていて…まさに身を削ってるものだからだ。
「うん。見せてもらうよ」
塚口先輩はもう一度腕を組むと、じっと真剣な面持ちで画面を見つめた。
そわそわする蒼汰をよそに、俺は不安で仕方なった。
ついにその日までも口にできなかったが、それはやっぱり神崎川先輩の作品に似ていた。
ストーリーはもちろんまるで違う。けど、作品全体の持つ空気がそうなのだ。それは逆に致命的ですら思えた。なぜなら一部なら変更も簡単だけど、ここまで手をかけて全体的に似てしまっては、もうどこを直せば良いとかのレベルじゃないからだ。
観終わって、塚口先輩は口を押さえながら唸っていた。
「どうですか?」
自分の努力に対して好評を期待する蒼汰の目を、俺はまともに見る事は出来なかった。塚口先輩もまた、俺から話を聞いていたとはいえ、たぶんここまでと思っていなかったのだろう、言葉を探しあぐねている。
「よく……頑張ってるよな」
「はい。精一杯やらせてもらってます」
蒼汰の弾む声に、もう背中を向けてしまいたい。俺は黙って真黒になった画面を見つめる。周囲を取り囲むような蝉の声がやけに煩く感じた。
「レベル、高いと思うよ。でもさ」
困ったような顔で先輩は腕を解くと、蒼汰の肩に手を置いた。
「ちょっとスタッフの緊張感が見えすぎるのと……あとさ、お前にはお前の良さがあるんだから。あの人の背中を追うのはやめとけ」
「え……」
奴の笑顔がその形のまま凍りつく。先輩は肩をそのまま数回軽く叩き
「近づけば近づくほど、飲み込まれるぞ」
その声は深い闇を思わせた。
もしかしたら、塚口先輩も神崎川先輩の影を感じていたのか? だから去年は敢えてすべてを変更し、自分の世界の構築をした、そういう事か?
事実はわからない。
でも、その声は今の蒼汰の状況を根っこの部分で理解している。そんな声がった。
「え、それって」
蒼汰の声が震える。先輩は俺を振り返りまた目くばせをした。
でも、今度のはさっきのとはまるで性質が違う。たぶん合図だったんだ。
「似てるよ。神崎川先輩の色に」
そうやって、ばっさりと切り捨てる嫌な役を引き受けるから、ホローを頼むって言う、そういう合図。
言われた蒼汰は呆然とする。
「ま、いい作品には変わりないからさ」
塚口先輩は手を離すと、いつもの穏やかな顔に戻った。
「これからも頑張れよ。学祭楽しみにしてるぜ」
さっていく先輩に、俺は心の中で深く頭を下げた。
そして、今に至る。
相当ショックだったのか、蒼汰は以来、厳しい表情になり、必要なこと以外は口を開こうとしない。
先輩に似た作品が本当の問題じゃない。それを蒼汰に気付かせるのも、部員を信頼していなかった事に気がついた蒼汰に変わるように促すのも、自分の役目だ。
俺は運転しながら、小さくため息をついた。




