夏の夜に散った橙 2
待ち合わせは夕暮れ時。祭りのメイン会場になる河原は人でいっぱいになるから、一度学校で集合してから向かう事にしていた。
日が傾いても蒸し暑い空気がうっとおしい。それでも久しぶりに藍に会えるかと思ったら気は急いた。浴衣姿、想像もつかなかったが、好きな監督の映画にハズレがないように、期待しても大丈夫な気がしていた。花火会場には屋台も出ている。
なんとなく気持ちが踊りだしたとき、待ち合わせの場所についた。
が、見事に期待は裏切られた。
そこにいたのは桃だけで、彼女の姿はなかったのだ。薄紅色の浴衣姿の桃は髪をアップにしていたが、やっぱり幼い顔立ちのせいか中学生にしか見えなかった。
「青くん、蒼汰くん、久し振り」
軽く手を挙げる桃に蒼汰は大げさなリアクションで、その浴衣姿を褒めまくる。俺は藍が気になって、桃の浴衣どころじゃなかったから、正直彼女の事はあんまり良くは見ていなかった。
「青くん?」
桃に声をかけられ、俺ははっとする。
「あ、あぁ……藍は?」
桃は少し拗ねたような顔をした。蒼汰がきつめに俺の足を踏む。痛みに顔をしかめて蒼汰を睨んでから、初めて俺は桃に挨拶以外何も言ってい何のに気がついた。
「あ、それ浴衣。似合ってるね」
桃は困ったような顔で俺を見上げていたが、すぐに笑顔に戻ると
「ありがと。青くんにそう言ってもらえて、頑張ったかいがあった」
そう重くなりかけた空気をかき消した。そして、携帯を取り出しながら
「藍ちゃんは遅れるから先に行っててってメールがあったの。花火には間に合うようにするからって」
「そうなんだ」
少しがっかりしたが仕方ない。俺たちは三人で花火会場に向かう事にした。
駅前から河原にかけてズラリとならぶ屋台は見応えがあった。食べ物や射的などのゲームにお面屋……人混みをゆっくり進みながら、俺達は楽しみながら会場を目指した。蒼汰は片っ端から全て屋台に絡みそうなくらいのハシャギっぷりで、桃はチビで歩くのが遅い。俺が気をつけてやらないとバラバラになりそうだでた。
「おい。いい加減、ペース落とせよ」
「今ハシャがんでいつハシャぐねん」
今度は的あてに走っていく蒼汰の後頭部の面に、俺はため息をついた。背中にツンツン何かあたる。桃がつついたのだ。
「どうした?」
「あのね……私、トロくてごめんなさい」
気にしてか小さな声だった。俺には兄貴しかいないが、何だか妹みたいだ。首をふると、その小さい手をとった。
「これならはぐれない。会場まで、いいか?」
俺に手を繋がれた桃は一気に顔を赤くすると頷いた。純情なんだな。ただ、彼女が誰かに見られて困るなら、他にはぐれない手を考えないといけない。だけど桃は首を横に振った。
「青くんなら、大丈夫」
だよな。友達だし。俺は頷き会場につくまで桃と手を繋いで歩いた。結局、蒼汰のせいでついた花火会場はすでに人がいっぱいで、斜めになった坂にしか座る場所は取れなかった。
携帯をみるが、藍からの連絡は誰にもまだない。込み入ってるから、繋がりにくいのかもしれない。暗くなってきた周囲にもしや、と目をこらすが、見つけられるはずがなかった。そうこうしているうち、打ち上げの時間が近づいた。
「いっよいよやなぁ」
テンションの落ちない蒼汰は団扇で扇ぎながら空を見上げる。カウントダウンが始まった、その時だった。
「あ、部長と紅先輩!」
桃の声。見るとお互い浴衣姿で様になる二つの横顔があった。
振り返ると蒼汰が真顔でその並んだ二人を見つめていた。その顔はさっきまでの賑やかさをどこかに置き忘れたような、痛々しくも寂しげな表情だった。俺はこの時、はじめて蒼汰が口にしていた気持ちが本気だったのを知り、胸の奥の方がぐっと押し込められるような感覚を覚えた。
「おい……」
俺が何か言いかけた時だった。
空気を震わせる爆音。
一瞬で夜空に大輪の光の華が咲く。思わず口を噤み、その夜の闇夜に散りばめられた光を見上げた。
何かが、俺の手に触れた。
目を落とすとそれは桃の指先だった。桃は恥ずかしげに少しだけこちらと目を合わせると、今度はしっかり手を握り、知らぬふりで咲いては闇に溶ける橙を見上げた。
俺達の関係が少しずつ動き出しているのを、初めて実感した瞬間だった