夏の夜に散った橙 1
それから俺たちは蒼汰を中心に、何かとつるむようになっていた。
蒼汰のコンパのせいで、もとい、おかげで、妙に学内の知り合いも増えた。家庭教師のバイトを始めたり、ぼちぼちサークルに顔を出したり、現像を頼む写真屋と顔見知りになったりと大学生活にも慣れて来た頃、夏休みが始まった。
大学生の夏休みは無駄に長い。実家に帰省する連中がほとんどだったが、御影さん、その頃はもう藍って呼んでた、もその一人だった。彼女の実家は福岡で、本人いわく何にもない田舎だそうだ。桃も兵庫の実家に帰り、蒼汰も奈良へ。みんなバラバラだった。大学の近くで八月の末に花火大会があるのを聞き、俺たちはそれに合わせて戻って来て、四人で祭りに出かける約束だけして別れた。
一人残っても仕方ないので、実家は苦手だし向こうも待ってはいないだろうが俺も帰る事にした。
家は両親と兄と俺の四人家族。でも、明るくておおらかな兄さえいれば、両親は満足そうだった。
案の定、戻ったところで両親は待ってなどいなかった。
地元に戻れば、いくら友人の少ない俺でも毎日を埋めるくらいの用事はできる。けれど二週間の帰省は苦痛で後悔し長く感じた。
大学の連中とはメールのやり取りはあったが、藍からの返事はほとんどなく、たった一度実家から見えるという空の写メールが一通来ただけだった。帰省を長く感じたのはきっとそのせいだ。加えて、藍自身の事はもちろん、初めて出会った時にあげる約束をしていた写真をまだ渡していないことに気が付き、それも気になってしかたなかった。
返事が返ってこない以上、メールするわけにもいかないと思ったし、電話はもっとできなかった。
それ以前に、自分がこんなに他人に関心を持ったり気になったりすることがなかったから、かっこ悪いと思ったし、そんな自分が煩わしかった。
大学に戻る日はすっ飛んで帰るように新幹線に乗った。自分の部屋の戻ると、独り暮らしの部屋の方が実家より肌になじんでいるのに気が付き、自分のベースがこの場所に移りつつあるのに少し驚いた。
部屋についてすぐに蒼汰から連絡があって、真黒に日焼けしたやつは土産を持って部屋に訪ねてきた。
「地元はどないやった? 青は向こうに彼女おったりするん?」
「遠距離恋愛の話をしたことがあるか?」
俺たちはそれぞれの土産をつまみながら、高校野球をぼんやり見ていた。
「だって、あんなにコンパ組んだってやな、お前、結構女子にも人気あんのに、結局まだ一人やんけ。すでに誰かおるんちゃうかって、このマネージャーにも問い合わせが……」
いつの間にマネージャーになった? なんて突っ込みはしてやらない。すれば、それこそ漫才の相方にでもされそうだ。俺は聞き流すといつもの癖でただ肩をすくめて見せた。
「お前こそ、あんなにコンパし倒して彼女できてないじゃないか」
そう返された蒼汰は苦笑して鼻の頭をかいた。
「いや、やっぱり紅先輩をこえる女性にはなかなか……」
なんだ、あの一目惚れはまだ諦めてないのか。
少し意外だった。軽そうに見えるこの男は思っていたより一図らしい。
「藍ちゃんや桃ちゃんにも久しぶりやな。メールで、二人で浴衣着るって藍ちゃん言ってたし、今日は楽しみやな」
「え!?」藍からメール?
俺は動揺を悟られないように麦茶に口をつけると、テレビの画面に目を向けた。野球の試合は所縁のない土地の高校同士で、全く興味がわかない。
「へぇ、藍は実家から浴衣を?」
探りを入れる自分が情けなく感じたが、気になるものは仕方ない。
「そうそう。あっちにも友達多いみたいやな。かんなりエンジョイしてる感じやったでって、お前、メールとかしてへんかったんか?」
「めんどくせぇよ」
俺は胃のあたりが苦しくなるの理由が分からずに、悔し紛れにつぶやいた。