銀色の光と時間 3
藍と桃は日にちが変わる前に二人で帰って行った。
残された男二人で、秋の月を見上げながら飲みなおす。彼女達が片付けて行ってくれたおかげで、ベランダに足を投げ出す俺らの脇の小さなテーブル上は、日本酒とスルメなんてベタでシンプルな構成になっていた。
蒼汰が虫の音を聞きながら、月明かりを宿した琥珀の液体で口を湿らせる。その横顔は、今までの彼とは少し違う…そう、覚悟を決めた男の顔だった。何か…ここで紅先輩の話を訊くのも野暮な感じがして、俺は月を仰ぎながら呟いた。
「どんな映画にするか、決めたのか?」
「あぁ」
答えはすぐに返って来た。蒼汰は目を細めると
「あちこち回って、自分の手で、足で、耳で、舌で…そして目で色々感じて来た。そうしてるうちに、どんどんシンプルになっていく自分が見えてきてん。で、実は構想はだいたいあるねんけど…青」
それは、強い眼差しで…反らすことも拒否する事もさせない力を宿していた。
「今回は、お前と作りたい。カメラはもちろん、レンズの前にも立ってもらいたいねん」
「え…でも」
蒼汰は片頬で笑い
「わかってる。お前の大根ぶりは…まぁ、聞けや」
蒼汰の考えている話は…まとめるとこんな感じだ。
主人公は一人の大学生。たぶん…藍が演じる事になるのだろう。彼女には一つ上に兄がいた。その兄は彼女が高校の時に行方不明になり、最近、全く見知らぬ土地で亡くなったの知らせが届いた。物語は、その2ヶ月後から始まる。兄の遺品などの整理も終わったある日…彼女の元に手紙が届く。その兄からだ。そこには多額の金が入った彼女名義の通帳と、ある日にちだけが書かれた紙が一枚入っていた。彼女はその意味を知るために、再び兄が亡くなった土地へ行く。そこで、全く知らない兄の顔と失踪した理由、そしてさらなる意外な真実が浮かび上がってき…。
サスペンスというより、兄弟愛…それに近いジャンルの話だった。
「その死んだ兄役を、お前にしてもらいたいねん。実際動いて演技するのは少しだけやし」
「でも…」
「うん、これから皆との話し合いやから…脚本、キャスト、皆で詰めて行かんとアカンから、これはあくまで俺の要望なんやけどな」
そう熱っぽく語った余韻を残す瞳には、微塵も不安の陰りはなかった。
これだけの話を…こいつはどんな思いで作ったのだろう。神崎川先輩を超える…それは簡単なことじゃない。ましてや、その彼と彼の作品に惚れこみ、彼の子供まで産もうとしている紅先輩を振り向かせるなんて…途方もない気がした。なのに、こいつは…。
「映画は一人じゃ作られへん。知識や技術、才能はもちろんやけど…なによりその作る人間の本質が怖いくらい出てくる」
蒼汰はもう一度、強いあの瞳で俺を見つめた。
「力を貸してくれよな」
信頼してくれている…そう感じた。俺は頷くと
「当たり前だろ」
そう言って、何度目かになる乾杯をこいつと交わした。それまで飲んだ、どの酒よりもうまい酒だった。




