空色に滲んだ涙 10
スミレとはその翌日会う約束をしていた。
中古だけど買ったばかりの自分の車に乗り込む。人生初の自分の車だ。
フロントガラス越しに見る空の色は、昨日と変わらないのにどこか違って感じるのは、眼鏡がないせいじゃないだろう。
スミレの要望で、俺は彼女にまだ眼鏡を預けたままだった。
運転の為に仕方なく慣れないコンタクトを入れてるが、眼鏡が戻ればすぐにでもとってしまいたい。外界と自分の間に何もないのが、酷く不安だった。
あれから戻ってきた蒼汰も藍も…俺たちでさえ何事もなかったように振る舞い、引退する先輩たちを無事送った。そんな俺たちは思ったより大人なんだと、心の中で苦笑する俺はふざけた奴なんだろう。
エンジンをかける。
ふとスミレはどんな曲が好きだったか考える。確か、最近流行りの女性アーティストだ。今日一日くらいは、藍の事を締め出して彼女を見てみよう。それができるかどうかは分からないけど。俺はそう心に決めると、彼女の家に行く前にCDショップへとハンドルを切った。
スミレの家に着くと、すでに門の前で彼女は立っていた。時計を見るが、まだ約束の時間には早いくらいだ。目の前で車を止めて降りると、スミレはあのいつもの華やかな笑顔で微笑んだ。
「おはよ」
「おはよう。ごめん、待たせた?」
首を横に振る。そしてその笑みを苦笑に変えると
「家の中で待ってると、母親がうるさいから」
「なるほどね」
俺は肩をすくめると、助手席のドアを開けた。
「どうぞ」
「もしかして、スミレがここの席、初めて?」
子どものような顔で訊く。俺は苦笑して
「そうなるな」頷いた。
意外に心地よい会話に、改めて自分は彼女の事をちゃんと見た事がなかったのに気が付き、最初で最後と初めから約束されたデートの間は、彼女が望むようにしよう。そう決めて、自分も車に乗り込んだ。
スミレは車に乗ってすぐに車内に流れる音楽に気がついた。
「これ……」
「好きなんじゃなかたっけ?」
違ってたら間抜けだ。俺自身は普段、洋楽かクラシックしか聴かないから流行りの曲は疎い。でも、今日は幸い正解だったようで、スミレは目を細めて
「覚えていてくれたんだ」
そう言ってから、かかっている曲を口ずさみ始めた。
「今日はどこに行きたい?」
適当に車を走らせながら尋ねる。彼女は間髪入れずに答えた。
「水族館!」
一番近い所でも、高速で1時間ほどかかる。それでも彼女がすぐに答えたという事は、よほど行きたい場所なんだろう。
「わかった」
俺は何も言わないで了承した。
車内では思っていたより会話が弾んだ。まるで昨夜の事などなかったかのように、いつも通りの彼女の様子に安心するような、不安になるような、なんとも収まりのつかない気分だったが、少なくとも、今日という日が終わるまではこちらから話を切り出さない方がいいだろうと思った。
テンションが少し高い彼女は、学校の事から友人の事、最近はまってるテレビドラマの事…些細なことからプライベートなことまで、本当によくしゃべった。俺はほとんど相槌を打つばかりだったが、聞いているだけでも楽しく感じたし、彼女もまた楽しそうだった。
夏前までは、一緒にいる時間も長かったはずなのに初めての発見ばかりで、本当に自分はちゃんと見ていなかったのだと思い知った。
そしてそれが、たぶん彼女にとって寂しかったのだろうという事も。だから、今日はその分も取り返そうとしているのかもしれない。
水族館は高速を降りて一本道だったから、迷う事はなかった。
目的地に着く前に食事に行こうかと聞いたが、今日は弁当を作って来たからと、照れ臭そうに笑っていた。
海の香りがして来た頃、俺たちはようやく目的地についた。
すぐに海に隣接する公園で弁当を広げる。
あの、彼女を泣かせてしまった日以来の弁当で少し気まずかったが、彼女自身はその事は気にしていないようだった。ただ「頑張ったから、全部食べてね」そう頬に恥じらいの紅を散らして微笑んだだけだった。弁当は、彼女の心配は全くいらないくらいうまくて、無理なくたいらげてしまった。俺の食べっぷりに
「朝ごはん、抜いてきた?」
そう苦笑するから、俺は
「仮に昼飯食ってたとしても、こんなにうまいなら完食できたと思うよ」
そうはにかんだ。




