空色に滲んだ涙 8
居酒屋は相変わらず大盛り上がりで、きっと常連の俺たちだから店側も大目に見てくれているのだろう、入口からその喧騒は聞こえるほどだった。
靴を脱ぎ、廊下に足をかけようとした時だった。誰かが前に立ちふさがる。
「?」
見上げると、酒のせいか斑な顔色でいつも以上に気色の悪い春日だった。奴はアルコールにくすんだ目でこちらを睨んでいる。
「どけよ」
今はこいつと絡む元気もない。俺が奴を退かそうと腕を伸ばした。
「待てよ」
奴はその腕を掴む。
「?」
「アンタ、何してんだよ!」
春日はややろれつの回らない舌で声を荒げた。俺は意味が分からなくて、奴を睨みあげる。
「今は、お前に絡ま……」
「いい加減、自分がどんなに酷い奴か気づけよ!」
「春日」
見ると、やつの後方にスミレが立っていた。春日の声を聞きつけたのだろうか。俺は苦笑して見せると
「なぁ、こいつ何酔って……」
ぐいっと、強い力で胸倉を掴まれる。春日はその顔を鼻の頭がつくほど近づけると
「芦屋さんはなぁ、一生懸命だったんだぞ。毎日、ダイエットとかスピーチとか日舞だって、すっごく、すっごく努力して。当日なんか靴ずれ我慢してまでやったんだぞ! どうしてかわかるか? みんな、お前の……お前なんかの為なんだよ!」
力まかせに俺を揺さぶる、その春日の唇は震えていた。
「優勝すれば、アンタに認めてもらえる、見てもらえる。たったそれだけの事の為に……。なのに、アンタは何だ!」
左頬に強烈な衝撃が走った。
スミレの悲鳴。次いで、誰だ? たぶん、桃だ。彼女の声がした。俺は一瞬気を失いかけた頭を振って、身を起こす。春日は尚も怒りにうち震えた顔でこっちを見下ろしていた
「他の人と一緒に出たり、優勝しても一瞥もくれなかったり」
「春日! いいよ!」
スミレが春日を抑え込もうとする。
「大丈夫?」
誰かが俺の身を支えた。見上げると、すぐ傍に桃の顔があった。
「平気」
俺は桃の肩を軽くたたくと立ち上がった。その俺を春日は再び睨みつける。
にわかに周囲がざわつき始めた。
俺は血が上りかける頭を必死に冷ますように呼吸を整えながら、できる限り抑えた声で
「外に出よう。ここじゃ迷惑がかかる」
「……わかった」
「青!」
スミレが心配そうな目でこちらを見た。確かに…春日の言う通り…スミレには、悪い事をしたのかもしれない。俺は眼鏡を外すと、彼女に渡した。
「戻ってきたら、ちゃんと話そう。預かっててくれ」
「青……」
「すまなかったな」
俺は泣き出しそうなスミレの頭に手を置くと、桃に彼女を頼んで外に出た。




