茜色の空の下で 3
映画部の部室はサークル棟の一角にあり、引っ張られてきた勧誘の新入生と、離すまいと頑張る先輩たちで賑わっていた。
「すみませ〜ん。入部希望者で〜す」
大きな声で蒼汰が部屋に入ると、ひときわ大きな背中が振り向いた。
「ようこそ。映画部へ!」
人の良さそうなその髭面は、満面の笑みで歩み寄ると蒼汰の手を取る。
「俺は部長の神崎川翠。で、こっちが」
大きな手が後方を指した。瞬間、蒼汰の浮かれていた表情が一変する。
「中津紅です」
そこには線の細い女性が立っていた。もう一度蒼汰をみると、言葉を無くしてその女性に見入っていた。
一目惚れか?分かりやすいやつだな。
「さ、入った入った。新入部員が一気に三人なんて嬉しいね〜」
「よろしく」
中津先輩が軽く頭を下げた。流れるような髪が肩に落ちる。蒼汰はさっきまであんなに煩かった口を噤み、呆けた顔で頭を下げていた。
そして、そんな蒼汰に見入っていた俺たちは、気がつけば勝手に映画部に入部させられていた。
映画部といっても話を聞いてみると、さほど忙しい活動内容ではないようだった。作品は学園祭用に1・2本くらいの制作。最近は著作権というの問題があるので、全くのオリジナルになるらしい。普段は不定期に集まって映画を見に行ったり、誰かの家で上映会をして評論しあったりする。これも、そんなにストイックなものじゃなく、どちらかといえば飲み会の口実のようなものだと二年の先輩が言っていた。
はじめに役者、監督、脚本、スタッフのどれを希望か尋ねられたが、希望してはいったわけじゃないのですぐには返答できなかった。蒼汰は「イケメンなんやから素直に役者でええやん」なんて無責任なことを言っていたが、間違ってもそれだけは勘弁だ。敢えて言うなら、勝手は全く違うがレンズを通して記録するって部分ではカメラに興味があった。
そういう蒼汰は意外にも監督希望だった。何でも高校時代も映画部で、何本か手がけたらしい。御影さんは…というと、やはり俺と同じように困っていて返事はできなかった。
でも、それこそ彼女なら役者でいいと思う。彼女なら撮ってみたい…そんな気がした。
それから一週間はオリエンテーションがあったり、初回授業の受講方法に戸惑ったりであっという間にすぎ、その週末に初めて新人歓迎会、いわいる新歓コンパが開かれた。
初めての飲み会に、俺も蒼汰も多少緊張していた。と、いうかまだ成人にはなっていない。 本来ならアルコールはだめだろう。
自分たちのための飲み会とはいえ、遅れていくのはどうかということで、俺たちは早めに予約されていた居酒屋に来ていた。
「藍ちゃんとはメールとかしてんの?」
御影さんを店の前で待ちながら蒼汰が沈黙を埋めるように訊いてきた。
俺はあんまりそういう事を聞かれるのは好きじゃない。本当は二日に一往復くらいのやり取りはあったが、俺は黙って肩を竦めて見せた。
「なんやそれ。お、噂をすればやな」
憮然としかけた蒼汰は御影さんの姿を見つけ手を振る。
そこには彼女の他にもう一つの影があった。俺は見覚えのあるその姿に目を凝らす。あれは、確か……。
「ごめん。迷っちゃって。待った?」
「全然。それより、そちらの彼女は?」
いつもの調子で蒼汰は答えると、御影さんと一緒に来た女性に目を向ける。
「あ、紹介するね」御影さんはそう言ったけど、俺はその子を知っていた。
向こうも俺を覚えていたらしい。こちらの記憶を伺うように軽く視線を合わせる。
「西宮桃ちゃん。私のルームメイトで、昨日からサークルに入ったの」
「桃ちゃんか!かわいい名前やな!よろしく!俺は梅田……」
蒼汰が手を出しかけた時、西宮さんは俺の方に
「やっぱり園田君だったんだ」そう言って蒼汰を無視する形で微笑んだ。
勢いのそれた蒼汰は苦笑いをして、行き場のなくなった手を握るとその肘で俺をつつく。
「なんや。園田先生は、藍ちゃんだけやなくて、桃ちゃんまでもうひっかけてたんか」
「ば〜か」俺は蒼汰を一睨みすると、説明を求めるように女子二人を見返した。
「あ、桃ちゃんがね、サークル迷ってるっていうから映画部と梅田君、園田君の話をしたの。そしたら、桃ちゃんも興味あるって」
「そうなんだ」
世間は狭いんだな。まぁ、彼女たちは同じ学年の同じ学部になるわけだし、知り合いでもおかしくはない。俺は頷くと西宮さんに改めて「じゃ、よろしく」そう言った。
飲み会は大盛り上がりだった。見渡せば、結局新入部員は自分たち四人だけで、サークル全員で二十人程度。うち五人は四年で就職活動や卒論で忙しいから実質引退状態。部長の神崎川先輩は三年生だった。
飲み会が始まってすぐにわかったことが三つあった。一つは大学生の飲み会に、本当は違法だが、未成年だからってアルコールを断るのはルール違反だってこと。二つ目は、俺は結構酒に強く、御影さんはそこそこ、西宮さんは一口でアウトで、蒼汰は調子に乗って飲むタイプらしく、強い弱いの以前の問題だって事。そして、三つ目は……。
「青ぃ」
顔を真っ赤にした蒼汰は、二次会に流れる中で俺に涙目で寄りかかってきた。俺は御影さんと西宮さんをタクシーに乗せたところだったので、車道に出かけて怒鳴りつける。
「危ないだろう!」
「せや。あぶなってか、もう、俺の青春の第一章が既に幕を閉じようとしてるねん〜」
意味不明だ。俺は呆れながら、よれたシャツを直す。
「なんだよそれ」
蒼汰は口をへの字に曲げると、後ろを指さした。そこには部長と中津先輩の並んだ背中がある。
「あの二人、付き合ってんねんて〜」
ってか、そんなの入部した時点の空気で読めるだろ。
「俺、中津先輩、直球ど真ん中ストライクやのに〜」
そのままゲームセットしてしまえ。俺は心の中で毒づくと、抱きつく蒼汰をなだめるように背中をさすった。酔っぱらいをこれ以上ややこしいことにしたくない。
「青、俺らの青春はこれからやんな」
「はいはい」
「青ぃぃぃ〜!!」
おざなりな返事が、その後不幸を招いた。
その日の後、俺はしばらく『傷心蒼汰のコンパ祭り』が付き合わされたのだった。