空色に滲んだ涙 4
翌日…その日も快晴で、いよいよ…そう思うと朝から気合が入った。
それは藍も同じらしく、朝、顔を合わせると
「青くん、よろしくね」
「おう」
いっぱしの相棒の顔でハイタッチをした。
正直、藍との距離を縮められてる実感はあった。何かにつけてアイコンタクトをするようになったし、一緒にいると言葉にしなくてもお互いの痒い所に手が届く…そんな感じだ。たった2週間…でも想像以上に、同じ目的を持ちそれに一緒に努力するという事は、有効だったようだ。
いよいよミスコンの時間が迫って来た。会場になる講堂の舞台の裾に控えていると、少し余所行き姿ののスミレがそこにいた。そうか、紹介の後のスピーチまでは服装は自由なんだ。
「あれ?どうして青がここにいるの?」
事情を知らないスミレは不思議そうに首を傾げる。俺は誤魔化すように肩をすくめて見せると
「それより、足は大丈夫なのか?」そう尋ねた。
スミレは二三度長い睫毛を上下させてから、やや頬を赤らめ
「うん。おかげでね。絆創膏貼ってるけど…大丈夫。今日は、応援しててね」
「わかってる。頑張って優勝目指せよ」
俺は気軽にそう言った。
その言葉をスミレがどういう風に受け取るかなんて…考えてもいなかった。
出場者は全員で20人…12サークルの参加があった。大学初のミスコンとあって、客の入りは 物凄く…最前列に並ぶ無駄に力の入ったカメラ小僧達を見て、一瞬、カメラを趣味というのは止めようかと悩んでしまった。
スミレと藍はその20人の中にいても、見栄えは十分な気がした。贔屓目ではなく、実際、会場の反応を見ても、二人が良い線いっているのは窺い知れた。藍はあんなに緊張すると言っていたのに、はじめのウォーキングは様になっていて、そんな様子は微塵も感じられなかった。
舞台の裾に戻ってきた藍は、俺の顔を見つけると、急いで駆けてくる。
「お疲れさん」
「緊張した〜」
胸を押さえる藍の頬はやや紅潮していて、それがかえって可愛らしかった。俺は額を小突くと
「どこが。堂々としたもんだったじゃないか。さすが看板女優」
「もう〜、からかわないでよ」
藍も小突き返す。俺は笑いながら舞台に目をやった
「次はスピーチだな。頑張れよ」
「うん。あ〜…でも、噛んじゃいそ〜」藍は不安げに眉を寄せた。
確かに…撮影でも、重要な場面になると、藍はセリフを噛みやすくなる。俺は視線を藍に戻すと、少し自分の中で気合いを入れ、藍の手をとった。
藍は驚いて俺の顔を見る。
俺は恥ずかしくてそんな彼女を直視できなかったが、そっとその手にあるものを乗せた。「お守り」それは、俺たちがこの二週間練習した曲の入ったMP3だった。iPodもMP3も持っていない藍に、今朝まで俺が貸していた奴だ。ライターほどの大きさのそれを、藍は見つめてから握りしめる。
「ありがと。なんか効きそうな気がする」
「効かないはずないだろ。大丈夫、自信もっていけよ」
「うん」
頷く笑顔は、俺の中では誰よりも綺麗に見えた。
「藍ちゃん」不意に後ろから声がする。
「桃ちゃん!」
藍の表情がさらに和らいだ。桃はピカチューの格好のままだ。きっと慌てて駆けつけたのだろう。
「頑張ってね」
「うん」
本当に仲が良いんだな…そう思いながら、俺は微笑ましいやり取りを眺めていた。すっかりスミレの事など忘れて…。
スピーチの順番は15番目。ちょうど審査員もだれ始めているあたりだ。スピーチ内容は桃と二人で考えたらしく、舞台裾で他の出場者に交じって練習する二人は姉妹のように仲がよさげで…肩を寄せ合う二人に今は俺の出る幕はなさそうだった。
ポケットの携帯が震える。マナーモードのそれをとると、三宮教授だった。舞台上では1番目のスピーチが始まっている。
「はい?」
「あぁ、園田君。すまんがお使いを頼まれてくれないかな?」
「え?またどうして…」
「何か、用事でも?」
俺は言葉に詰まった。俺が参加する事は、もちろん教授には内緒だ。俺は一瞬迷うが、出番まではまだ時間がありそうだ
「いえ。何ですか?」
受話器の向こうで安堵の溜息をつく声が聞こえた。
「すまんが、俺の娘が駅まで来ているんだけど、迎えに行ってやってくれないか?俺、今、ちょっと動けなくてな」
「え…」
娘?先生、結婚していたのか?知らなかった。
「娘の写真をメールで送るから。あ、娘にもお前の写メール送ったからわかると思う。頼んだぞ。サークルの喫茶まで連れてきてくれたらいいから」
おい…いつの間に俺の写真を撮ったんだ…そう突っ込みたくなったが、時間が惜しい。俺は承諾すると、まだ熱心に練習する二人を残して舞台裾を抜け出した。




