空色に滲んだ涙 1
撮影は9月の半ばには終わり、去年より早めに編集作業に入っていた。
ホラー映画は実は、編集作業こそが要で、映像をどう効果的に見せるかが、ホラーになるかコメディいになるかの分かれ目だ。
CGはもちろん、音響にも今回はこだわり、そういったことに春日の手腕がいかんなく発揮されていた。
奴は、暗いし、普段、俺に悪態をつく以外はほとんど他の人間ともコミュニケーションをとらない。合宿の彼は例外だったのだろう。
ただ、桃には何度か話しかけている所を見たが、やつが桃を意識しているのは明白で、見ているこっちが恥ずかしかった。
そいういうわけで、去年と同じように暇になっていた俺は、バイトを増やすことも考えたが、今年は教授の意向で食べ物の販売スペースを拡大、映画のコスプレ喫茶をする事になったので、学際までの一か月はその準備に回されることになった。
「青くん、裁縫もできるのね」
隣で裁断している藍が、ミシンを動かす俺の手元を見ながら呟いた。
「ん。適当だけどな」
最近は以前のような四人に戻って、だいぶん気が楽になってきている。
けど、そうなると自然にスミレとの時間は減るわけで……。
多少は気にはしていた。でも、付き合っていたわけじゃないし、そこは線引きしていたつもりだ。こちらから誘う事がなくなっただけで、今でもスミレに声をかけられれば、都合さえつけば合わせるようにはしてる。
まぁ、少しスミレを隠れ蓑に使ったことへの罪滅ぼしみたいな面が否めなかったが。
スミレは傷ついているのだろうか?
「青、スミレの衣装は何?」
思いを巡らせていると、タイミングよくスミレが強引に俺たちの間に割って入って来た。
「ねぇねぇ。スミレ、学際は青と回りたいなぁ」
ぐいぐい藍を隅に追いやりながら話す。
杞憂か。
俺はそんな前と変わらないスミレに苦笑しながら、藍を見た。藍も目を合わせると微笑み返す。こういうやり取りが増えてきて、素直に嬉しいと思う。
「ね〜。聞いてる?」
スミレが俺の耳を引っ張った時だった。
「みんな〜。ビッグニュース!!ビッグニュース!!」
騒がしく蒼汰が何かのチラシを手に飛び込んできた。
「なんだよ?」
「あんな、これ!!」
蒼汰はやや興奮気味ににそのチラシを広げる。そこには『サークル対抗 学祭クイーンコンテスト』の文字が躍っていた。
「な、これ、優勝者のサークルには、なんと大学から部費として20万もでるんやで!めっちゃおいしいやん!」
蒼汰は浮かれてそういうと、部室内を見回し
「各サークルから2名の出場を認められてるねん。誰か出ぇへんか?ってか、出ようや!」
女子が断れば、自分が女装してでも出かねない勢いだ。
まぁ、俺には関係のないことだし。そう思った俺は、傍観者を決め込んで皆の反応を見ることにした。
部内のミーティングで、うちのサークルからは藍とスミレが出る事になった。まぁ、順当といえば順当だろう。どちらも一応、うちの看板女優だし、優勝を狙いたいのはもちろんだが、部長は二人が出ることで映画の宣伝効果を期待しているようだった。
審査員はうちの大学の教授陣。少し年配に受ける方が良いだろうとの、春日の分析だった。
審査は、スピーチ・特技・主催側の用意するドレスの三つのアピールタイムで行われる。水着審査がない事に学内の男子生徒からは不満の声もあったが、季節も季節だし…強い女性教授達の反対で、実現しそうにはなかった。
「青!見にきてくれるよね!私、頑張っちゃうから」
スミレは俄然やる気だ。もともと華やかな彼女だから、こういった事には強いかもしれない。
「はいはい。部費がかかってるからな。応援に行くよ」
依然としてミシンをかけながら、俺はおざなりに答えた。
「青は、何が欲しい?20万だもんね〜。なんでも買えちゃいそう」
部費だから仮に優勝賞金が手に入っても、使い道で個人の意見がそんなに反映されるとは思えないけど、せっかく気分が乗ってる彼女の気持ちを挫く必要はないと、話を合わせる。
「新しいカメラかな。やっぱり。ほら、直でDVD録画できる奴」
「カメラね!わかった。青のカメラの為に頑張る!」
ふと、手を止める。
「頑張るって何をだよ?」
当日はいざ知らず、まだ3週間もある。頑張ることなんてないだろう。
すると、スミレは目を輝かせながら
「ダイエットしたり、お肌の手入れしたり…スピーチの練習とか特技を何にするとか…やる事はたくさんあるよぉ」
楽しそうにそう言った。
そうか藍も大変だな。何か手伝う事はないか、後で訊いてみよう…。そう思いついた時、スミレが少しそわそわしながらこちらを覗き込んだ。
「だから、もし優勝したら、ご褒美頂戴」
やっぱり結構子供っぽいな…俺は小さく笑うと、了承の意味で頷き
「何がいい?また飯か?」
ミシンに視線を戻す。スミレは僅かな逡巡の後に、そっと耳元に唇を寄せた。
「彼女にして」
「はぁ?」
思わず声を上げ、彼女を凝視する。最近、そういうアピールはめっきりなくなっていたから、もうスミレにはそんな気はないのだと思っていたからだ。スミレはまだ幼さの残る頬を染めながら、悪戯を成功させたかのような顔をして
「約束だからね」
そう強引にくくって、ふいとどこかに行ってしまった。
「おい!」
呆然とする俺は、かなり間抜けだったかもしれない。




