緋色に染まる片思い 6
バーベキューの間も、藍や蒼汰をふくめ、部員のみんなとわいわいやれたが、ただ一人、桃とだけは言葉を交わせなかった。明らかにこちらを伺ってはいるのに、距離を詰めようとすればかわされる。
仕方ないと思っていても、気持のいいものでも、不思議と彼女の場合は割り切れるものでもなかった。今までの適当な女友達なら、ああやってたとえ酷い切り方をしても、罪悪感すら抱かなかった。でも、彼女の場合は…罪悪感というより、ただ本当に居心地が悪い。まるで違うパズルのピースを無理やり型にはめた、あの時のような感じだ。
結局、食事の間は視線を合わせることもなく、次第にみんな、まったりと酒を飲んだり花火を始めたり、思い思いに過ごすようになっても、俺は話しかけられなかった。藍と一緒にいる、桃の白いカーディガンが、あの夜の蝶のようなコートを思い出させた。
「あれ、お酒ないね」
部長と飲んでいた教授が、声を上げた。
「そうだ、悪いけど、ホテルの売店まで御影ちゃんと西宮ちゃん行ってきてくれる?」
直々の指名だった。
「青、スミレ、頑張って焼いてみたの。食べて」
独りでぼんやりしていた俺は立ち上がりかけるが、スミレに声をかけられタイミングを逃す。俺はやきもきしながらスミレから肉の乗った皿を受け取るが、二人で行かせるのに気になって仕方なかった。
「ありがとう」
心ここにあらずで肉をかきこむ。なんとか口に収め、ようやく立ち上がろうとした時だった、今度は誰かが俺の腕を掴む。「?」もどかしいい気持ちで振り向くと、少し青ざめた春日だった。
「どうした?」
たしか、春日は飯を食ってさっさと部屋に帰ったはず。そう思いながら奴を見る。春日はいつもよりさらに小さな声で
「先輩…見てほしいものがあるんです」
「どうした?春日」
部長が声をかけた。春日は顔をあげると、ビデオカメラを掲げて見せた。
「先輩、先生…変なものが、ありえないものが映ってるんです…」
冗談だろ?俺は半信半疑で春日をみつめた。
春日の持つビデオカメラのモニターに、俺と部長、教授の三人が寄り集まった。
「いいですか…何箇所かあるんですけど。一番わかりやすいのが…」
春日が再生する。それは藍が演じる主人公が浜辺を歩く、なんてことないシーンだ。
「ほら、ここ!!」
春日が一時停止した。そして藍の後方の波間を指す…そこに映っていたのは。半身だけ見える少女らしき影。藍にまるで手を伸ばそうとしている。
「は…馬鹿らしい」
何かの光の加減やゴミでも映ったんだろう。俺は鼻で笑った。
「いえ…ここだけじゃないんですよ。見てください」
春日は再び再生すると、早送り。今度は藍が他の演者と話しているシーン。そこでも、少女らしき影が窓から覗いている。そういうシーンがあと、3つほどあった。
「なんだよ…これ」
部長が息を飲む。
全てが藍のシーンで影は同じような少女のものだ。なんだよ…たぶん、単なる偶然だろ。俺は心霊とかこういった類は一切信じない。
「よくある話じゃないですか。ホラー映画撮ってたら、怪奇現象が起こるって」
春日が声を震わせる。教授は腕を組み、唸ってから
「お前ら、お払いとかちゃんと行ったのか?」
「いえ…そういうのは…」
部長が弱った顔をした。それを聞いた教授は一層険しい顔になり
「まずいな…。聞いたことあるぞ。ここら辺、数年前に少女が海に落ちる事故があったそうだ」
「え…」
思わず聞き入ってしまう。
「両親と夏の思い出に来ていたその子はもともと喘息持ちでな、念願の家族旅行だったらしい。だが、足を滑らせ転落…父親が飛び込んだが、潮の流れのせいかその子は流され…」
教授は黒い波間に視線を移す
「死体は今も見つかっていないらしい。以降、ここで写真やなんかを撮ると、こうやって何かが映り込むことがあるとか。夜になると、子どもの手に引っ張られて海に落ちた人もいるって話だ「寂しいよ…」って」
教授は口をへの字に曲げて、眼を閉じて首を横に振った。
「そういや、御影と西宮、遅くないか?」
ふと、部長があたりを見回す。
そういえば…買い出しに行ってずいぶんになる。俺はギクリとして顔を上げた。
「この影…なんか御影先輩ばかりについてますよね…」
春日の声。
俺は幽霊だのなんだの信じないが…鼓動が高鳴りだした。
「?!あれ…」
教授が何かを指さす。俺は目を凝らす。
黒い鉛のような夜の海に、白い…桃のカーディガン?!
「見てきます!」
俺は立ち上がると走り出した。
「青?!」
遠巻きに見ていたスミレが呼び止めるが、振りむいている余裕がない。頭の中にはいろんな事が渦まく。
少女の影買い出しに行った二人の背中そして今にも底のわからない漆黒に飲み込まれそうな白いカーディガン白い…手が見えた?!
「藍!桃!」
俺は叫ぶと眼鏡を投げ捨て、海に飛び込んだ。
夜の海は漆黒の波を重ね、その中に白が浮かび上がるように見えた。ぼんやり見えるそれは、飛沫を上げながら浮き沈みしている。確かに、誰かおぼれている!藍か?桃か?どちらにしろ、助けないと!
「しっかりしろ!」
一度顔をあげると、そう呼びかけ再び潜る。
「たすけて!」
そうもがく相手の体が沈んだ!俺もすかさずさらに潜り、水中でその腕を掴んだ。髪が水中に踊り、顔が見えない。服を着たままだから、こちらも思うように動けずひっぱりあげるので精一杯だ。
「大丈夫か?!」
水上に引き上げ、その髪を取り除いた俺の目に飛び込んできた顔は…
「!!」
ナマハゲ…
見た途端に、やられた…舌打ちした。
「青〜こわ〜い」
冷静になって聞くと、どこをどうやっても、その声は
「沈んどけ…」
蒼汰のものだった。
頭を沈める俺に、蒼汰は一度本気で沈み、面を取りながら浮かび上がる。
「ひっどいなぁ!服着て、お面付けてって…かんなり、命がけやってんで〜」
「こんなのに命かけるなよ」
岸辺を見上げると、『大成功』の文字の看板を掲げた三宮教授と、腹を抱えて笑う春日や他の部員たち、両手を合わせる部長の姿が見えた。
俺は無言で岸に上がると、投げ捨てた眼鏡を捜したが見当たらなかった。苛立ちに眉を上げる俺に、教授は
「いや〜。カッコ良かったよ!園田君!女の子のために危険も顧みずダイブ!最高だった!」
そう大喜びで拍手だ。もう、ここまでされたら怒るのも癪だった。
「結構、信じやすいんですね。それとも、自分のCG処理、そんなにうまかったすか?」
馬鹿にしたような春日の言葉も、いちいち勘に障った。
俺は一睨みすると、盛り上がる部員たちを無視しながらホテルの方へ歩きはじめる。くそう…絶対、これ以上なんの反応もしてやるもんか。恥ずかしさ以上に、こんな手に引っ掛かった悔しさが立っていた。
「すまん。どうしても園田を驚かさんと、合宿を終わらせられないって言われてな…」
申し訳なさそうな部長の声。俺はそれに振り返ると
「すみませんが、片付けパスさせてもらっていいですか?風呂、入って寝ます」
「あ、あぁ。そうだな」
塚口先輩は頷いた。
その後ろでは、春日の作った映像に皆群がって騒いでいるのが見えた。本当に…馬鹿馬鹿しい。部長に軽く会釈して、再び歩き出した時、藍と桃の姿が目に映った。二人とも何か言いたげだったが、心配した分だけ今は腹立たしくて…俺は黙ってその隣をすり抜けた。




