緋色に染まる片思い 5
撮影は一部の妨害行為を除けば、つつがなく行われた。一部というのは、言うまでもない、三宮教授だ。
教授は、事あるごとに俺にちょっかいを出してきた。鞄の中に人形の首を入れたりカメラにキラキラのモールを巻きつけたり寝起きの写真を撮りに来たり食事を馬鹿に俺だけ大盛りにしたりとにかく、子供じみたあの手この手で、俺の表情を崩そうと躍起になっていた。
初めは「邪魔だ」と眉をしかめていた蒼汰も、見ているうちに黙っていられなくなり、二人して競う様に何かを仕掛けてくるから、こっちは迷惑で仕方なかった。部長に一度文句を言いに行ったが、部長は両手を合わせ「正直、お前が生贄になってくれてるおかげで、他の奴に被害が及んでない。撮影のために合宿中はこらえてくれ」と頭を下げられただけだった。
とにかく、俺は落ち着いてカメラを向けることもままならず、合宿は終わろうとしていた。
役者としての藍は去年に比べ、ずっと存在感が増していた。本人なりに勉強もしたのだろう、セリフの間の取り方やカメラに対しての立ち位置…表情の作り方まで、ずいぶん成長していた。
スミレも幽霊役だったんだが、文句一つ言わずにこなしていた。シーンが終わるたびに一々感想を求めてくるのは面倒だったが、全てが撮り終える頃には一言ぐらい褒めてやってもいいかもしれない。
「意外やったな。スミレちゃん。ああいうタイプは、脇役とか嫌がるかと思ってんけど」
蒼汰は撮り終えた映像のチェックをしながら呟いた。監督班のチェックの後、一度編集班に回される。今年は画像の加工ができる春日がいるので、例年以上のエフェクトができそうだった。
「でも、園田君に気に入られようと頑張ってるのが、見え見えだね。芦屋ちゃんは」
後ろで教授の声がした。振り向くと、教授はいたずらっぽく微笑み、髭を撫でる。
「ほら、時々…幽霊なのにカメラに向かって、妙に意識する感じがあるだろ?」
教授が指をさすが、俺にはいまいちピンとこない。
「ほら、今。……これ撮ったの、園田君でしょ?」
「まぁ…」
俺が頷くと、楽しそうに目を細める。
やばい…攻撃材料を与えてしまったようだ。
「罪作りだね〜」
「何のことかわかりません」
無視を決め込み、画面に目を移す。教授はそんな俺の背中にもたれると
「で、園田は誰派?ここのサークル、可愛い子多いからね〜」
「そりゃ、藍ちゃんやんな。青は」
「蒼汰!!」
俺は口の軽い友人を、この時ばかりは射抜かんばかりに思いっきり睨みつけた。蒼汰ははっとして、一緒に教授を振り返る。しかし、すでに教授は…
「了解!園田君、君に栄光あれ!!!」
意味不明なことを口走り駆けて行ってしまっていた。
俺は頭を抱えて肩を落とす。
「ごめん。つい…」
さすがに顔をひきつらせる蒼汰に、俺は飛びきりの笑みを浮かべると、思いっきり奴の足を踏んだ。
最終日の夜は、浜辺でバーベキューって事になった。全額教授のおごりというから、皆テンションが高い。俺たちの班が鉄板の用意や火をおこし、蒼汰の班が買い出しだ。
「スミレ…こんなのした事ない」
スミレは自分の手が汚れるのが嫌らしく、なかなか準備に参加しようとはしなかった。その隣では春日が黙々と炭をに火を着けようとしている。でも、見ているだけでイラつく手際の悪さだ。
「もういい。貸せよ」
俺が春日とスミレから、それぞれライターと手袋を取り上げた時だった。
「私にも貸して」
手を出したのは藍だった。
肩が触れるほど近くに彼女は座ると、俺の顔を覗き込む。未だに馴れることはない。俺は緊張しながら藍に手袋の方を渡した。
「できるのか?」
「うん。ガールスカウト入ってたからね。こういうのは、炭にダイレクトに着けちゃうまくいかないの。青くん、その新聞紙もらえる?」
「あ、ああ」
俺は新聞紙を丸めて彼女に渡した。彼女は本当に慣れた様子で火を付けると、それを炭移し始める。少し炭に赤い模様が見えて来た頃、藍は俺の腕を掴んだ
「ほら、青くんも空気送って。もうすぐ着くから」
「あ…あぁ」
彼女の横顔が、ぼんやり温かみのある炎に照らされ、綺麗だった。花火の時を思い出すが…未だにあのとき以上には距離は縮まっていないように思えた。
「ほらっ。みて、ついたよ!!」
無邪気に喜ぶ顔は…本当に可愛くて。煤がついた頬に、俺は思わず手を伸ばした。指先を滑る柔らかい感触…。
「あ…」
目が合った藍は、恥ずかしげにすぐそらす。初めての反応に、俺も恥ずかしくなり無意識に伸ばした手を引っ込めた。
「煤が、ついてたから…」
「そうなんだ、ありがと…」
なんとも言えない空気…でも、それはすぐにかき消された。スミレが間に割って入ったのだ。
「鉄板の置きますよっ!」
思いっきり藍を睨みつけると、力強く鉄板を置く。春日がそれに「おぉ」と感嘆のため息をつくのが、妙におかしかった。




