緋色に染まる片思い 4
翌朝、俺と蒼汰は遅刻ギリギリに集合場所についた。車を出すのが俺たちでなくて良かった…そう思うくらい、俺たちはまだ酒臭くて…。
「お前ら、何してんだよ」
苦笑する塚口部長に、蒼汰は荷物を部長の車に積みながら
「いや〜。青が朝まで寝かしてくれへんくて…なぁ」
気持ちの悪い口調で妙にしなを作って、俺をつつく。
「ばーか」
そう言いながら、初めて二日酔いというものを感じて、少し頭が痛かった。
ふと、他の車を見ると、藍と桃がいる。二人とも可愛らしい服装に、華奢な靴。夏の日差しがよく似合う格好だった。俺は肩の力を抜くように、一つ深呼吸すると二人に歩み寄る。
「よぉ。おはよ」
二人とも少し驚いた顔をしたが
「おっはよ〜。ごめんなぁ。俺と青、朝からラヴラヴ登校で」
後ろから二日酔いに響く大声を飛ばしてきた蒼汰に、二人は吹いた。藍のしなやかな髪が揺れる。
「おはよ。青くん」
「ん…」
まだ、ぎこちない気がしたけど…これで十分だと思った。
ふと、藍に隠れるようにこちらを見る桃の方を見た。彼女とは…まだ、元に戻れなくても仕方ないのかもしれない。
「じゃ、また後でな」
俺はそう言うと、彼女達とは違う車に乗り込んだ。
俺は車の窓から顔を出して、死んでいた。思いのほか、二日酔いの身に車の揺れは厳しい。 見ると、蒼汰も塚口部長の隣の助手席で同じように死人の顔をしている。
「お前ら、本当に仲が良いんだな」
そういう塚口部長は俺たちに気を使って、煙草の火を消した。
「青、大丈夫?」
スミレは俺の背中をさする。
「あ〜…青が浮気してる〜」
こんな時にまで笑いを取りに行こうとする蒼汰は、根っからの関西人なんだと思った。
「あはは…そうそう。顧問の三宮教授がこの合宿から合流するからな。気をつけろよ」
「?気をつけろって?」
俺は力の入らない声で尋ねた。
部長は困ったように鼻の頭をかいて
「いや…もういいおっさんなんだけどな。これが、すっごく悪戯好きで。俺が一年の時は、撮影の遅れの半分は教授の悪ふざけのせいだったくらいだよ」
どんな顧問何だ…ますます想像ができなかった。それ以上に、想像がつかないのは二年の神崎川先輩だけど…。蒼汰も同じように考えていたらしく、その顔に気がついた部長は
「あの頃から、神崎川先輩はすごかったよ。彼がいるから、顧問はすべてを任せて去年一年は離れられたくらいだ。…特別なんだよな」
かなわないよ…弱々しく笑うが、部長は部長で良くやってると思う。実際、俺も迷惑かけてるし…サークル全体の結束は去年よりいい感じだ。
「特に、園田みたいにポーカーフェイスの奴は狙われるから、気をつけろよ」
「はぁ」
気を付けるにしても、何をどうすればいいか分からない。
スミレは唇を尖らせる。
「青にちょっかい出す人がこれ以上増えたら困ります」
「なんや、それって…軽く俺、牽制されてる?もぅ〜手ごわいライバルやなぁ」
「梅田先輩のせいで青が二日酔いなんですよっ」
スミレと蒼汰のくだらない会話が続く。俺はぼんやりする頭で、そんな事より撮影の事が気になり始めていた。レンズ越しに見る、久し振りの藍はどんなのだろう…少し楽しみだった。
ユースに着いたのは昼過ぎ、荷物だけ預けて早速撮影に入る。今回はオムニバスの二本分…別々のシーンを段取りよく撮って行かないといけないから、結構大変だ。俺はカメラの準備をしながら、空を仰ぎ見た。黒い空が西の方から迫っている。水分を多く含む風が潮の香りを運んでくるが、今にも降り出しそうな薄暗い大気に、それはやけに不気味に感じた。
「降ってきそうだな」
隣で同じように機材の準備をしていた部長は、心配げに見上げる。
「夕立じゃないですか?天気予報は悪くなかったですから」
「だといいけど。ま、これからのシーンにはピッタリ…」
不意に部長の会話が途切れた。部長が機材の積んである車内を凝視している。言葉を無くし、その目にはかすかな怯え。また、蒼汰か…?呆れて顔を向けた時だった
俺の腕を冷たく細い手が握りしめる。喉まで出かけた声、でも寸でで押しとどめる。どうせ昨日の蒼汰みたいに、誰かの悪ふざけに決まっている。と、俺は反対の手でその腕を掴んで顔を上げた。
「何のつもりだ」
「あ〜ん。びっくりしなかった?」
犯人はスミレだった。某和製ホラーの女の様な姿で黒髪の向こうから、いつもの様に唇を尖らせる。
「は…俺はちょっとビビったよ」
苦笑いする部長。
「なかなか雰囲気でてる?」
手を離すと機材の向こうで体を起こすスミレはふざけてポーズをとって見せた。
「まぁまぁだな」
そう、返した時
「なくごはいねが〜!!」
いきなりの大声!
俺は背中から何者かに思いっきり掴まれた。急な事にカメラを落としそうになり、必死にカメラを抱えるが、その代り俺は尻もちをついてしまう。
何なんだ?!!むかっとして顔をあげると、そこにはなぜかナマハゲの面…。そいつは手を上下させて怖がらそうと…たぶんしている。心底、呆れた…そもそも、なんでナマハゲなんだ?
「なぐごは…」
「教授…そろそろやめましょう…」
部長が俺の顔色をみながら、その場違いな鬼の肩に手を置く。
「それに、それ、間違ってますから」
面をつつく。キョトンとしたナマハゲはしばし部長をみると
「マジ?だって今回はホラーだって…」
「マジです。ナマハゲはホラーではなく伝統行事ですよ。」
「え〜。そうなの?せっかくわざわざ取り寄せたのに〜」
ナマハゲは駄々をこねるようにそう言うと、ようやく面をとった。その下からは、50代くらいのひげ面が現れる。これが…もしかして…。
「あ、こちら、顧問の三宮黄河教授」
「よろしく〜。えっと、園田君だね?」
教授はそいうと、俺に手を差し出した。だけど、その手には電極が見えていて…
「あの、しびれるのは嫌なんで、手助けは結構です」
俺は呆れながら立ち上がった。スミレが苦笑して残念がる教授を見る。
「だから、言ったじゃないですか。青は引っかからないって」
どうやら、二人で組んでいたらしい。
「本当。芦屋ちゃんの言う通りだね。なかなか、面白い奴が入ってるじゃないの、つかぐっちゃん」
教授はそういうとうれしそうに部長を肘で突いた。
「もう…邪魔だけはしないで下さいよ」
「はいは〜い。芦屋ちゃん、行こうか」
そう言って教授はスミレを車から連れ出すと、皆が集まっている方に歩きだした。
俺も慌ててカメラを担ぎなおす。これが顧問…本当にこれで理学部の教授なのか?そう疑いながら二人の後に続く。ふと、教授が振り向いた。俺は疑いを見抜かれたのかと思い、ぎくりと足を止める。すると教授は指で銃の形を作り、俺を撃つ真似をした。
キョトンとする俺。教授はその顔を満足げにみると、再び背を向けた。なんだ?今のは…立ち尽くす俺の肩に、労わるような部長の手が乗った。
「かわいそうに…お前、今、ターゲットにロックされたみたいだよ」
そして、カメラを抱えなおしながら、部員の中に入っていく教授の背中を見つめ
「たぶん…お前のポーカーフェイスが崩れるまで狙ってくるから…ま、頑張れよ」
次いで俺に向けた目は、憐れみに溢れていた…。




