桜色の旋風 4
次の日から学校への送り迎えに俺か蒼汰のどちらかが付き合うようになった。学校内では、その気配はないというから不思議だ。もしかしたら、この大学の者ではないのかもしれないが、用心のために俺はできるだけ桃と細かく連絡を取るようにしていた。
「青先輩みっけ」
びくっとして振り向くと、弁当を持ったスミレだ。今日は部活全体で集まる日だから仕方ないんだけど。
「最近、お休みしてたの?具合悪いなら、スミレが看病に行ってあげたのに」
そう言って当然のように隣に座るこいつの服装は、下心みえみえの胸元の開いた服で、俺はわざと自分の鞄からパンと缶コーヒーを出しながら
「別に、学校には来ていたよ。学年も学部の違うから、会わなかったのはたまたまじゃねぇの?」
嘘だ。本当は、蒼汰に頼んで、逆ストーカー…つまり、スミレの授業やサークルスケジュールを調べて貰い、避けていたのだ。
「そんな……」
スミレは口を尖らせると、無言でパンを取り上げて代わりに弁当を置いた。
「毎日、独り暮らしの青の体を心配して、お弁当作って来てたのに」
おいおい、呼び捨てになってるぞ。なんて注意するのもめんどくさくて、どうしたものかと弁当を見つめる。
「あのさ、はっきり言うけど」
「迷惑なんて言わないよね?」
スミレはその、露出の多い恰好で詰め寄る。周りを見ると、部室に来ている連中は、面白がってこっちを見ていた。藍と桃がまだ来ていないのが、せめてもの救いだが、冷やかしの視線は本当に居心地が悪い。
「ね、せっかくだから、食べてよ〜」
「あのなぁ」
いらついてきた俺は眉を寄せると
「いい加減にしないと、怒るぞ。俺は手作り弁当を頼みもしないのに押しつける女も、その下品な服も嫌いだ。迷惑以前の問題なんだよ」
「え」
スミレの表情が一変した。
まずい。言いすぎたか?そう思った時、時すでに遅し。スミレの目から大粒の涙が零れ落ちる。
「青、ひどい。酷いよ!!」
そう声をあげると部室を出て行ってしまった。悲鳴を上げる扉。残った静寂に、その場にいた部員たちの冷やかな視線と「やっちゃった」という呟きが響いた。確かに、言い過ぎかもしれないが、いつかは言わなきゃ分からないだろう。俺はムスッとして、取り上げられた自分のパンに手を伸ばした時だった
「園田先輩って、本当に酷いですよね」
どこからか声がした。聞き覚えのない声にあたりを見回す。
「ここですよ」
みると、なんと机の真向いに誰か座っていた。存在感が薄すぎて、全く気付かなかったそいつは確か、新入生の……
「名前、覚えてないでしょう? 春日ですよ。園田先輩」
小柄ながら太った体型から出てくる小さく引くい声。髪は伸ばし放題で、俯きながらだから視線はどこを見ているのかわからない。一目でオタクってわかる風貌だ。
「そう言う人なんですよね。園田先輩は」
突っかかる言葉に、俺は春日を睨みつけた。
「何が、言いたい?」
春日は俺のきつい語気に、多少たじろいだようだが爪を噛み始めると
「もてる人間にはわからないんですよ。どれだけ自分が、周りの人間をなおざりにしているかなんて。人の気持ちがわかってないんですよ!」
「なっ」
カッとした。
何だ? 知った風な口をきいて。人の気持ちがわかってないのは、お前の方だろう? 俺の何がわかるって言うんだ! 人を外見だけで判断しやがって。ひがみもいいところじゃないか。
「お前っ」
「まぁまぁ」
険悪な空気に割って入って来たのは塚口部長だった。
部長は苦笑しながら
「春日、そんな言い方、園田に悪いぞ? 園田も、芦屋は確かに度が過ぎているが、あれで一生懸命なんだ。少しぐらい気持ちをくんでやれよ」
優しいけど反論を許さない、彼特有の口調に、俺達は二人とも黙りこむ。
「な? 芦屋、本当に毎日弁当作ってお前探して構内うろついていたらしいし、一口ぐらい食べてやったらどうだ」
俺は黙って弁当を手にすると、居心地の悪い部室を振り返らずに出た。
スミレを探して外に出る。彼女の姿はすぐに見つかった。部室棟の傍のベンチでうずくまって泣いていたスミレは、俺の気配に気が付いていない。追いかけてくるのを計算するほどは小狡くないようだ。
黙って俺はその隣に座ると、弁当の包みを開けた。
「青」
スミレは驚いた顔でこちらを見る。
本当に迷惑だったが、やっぱりさっきのは言いすぎだ。春日に言われた事はしゃくだが、弁当は手の込んだもので、そこそこ自炊をしているから、手抜きじゃないのはすぐにわかった。
「うまいな」
「うん。頑張った」
スミレは恥ずかしそうに膝を抱えると頷く。
桜の落ちた枝葉には、新緑が芽生えていた。春の優しい風が、スミレの髪を揺らしながら涙で濡れた頬を乾かしていく。俺は米一粒残さず食べると、弁当箱を返した。
「ごちそうさま」
「うん」
受け取るスミレの表情は、それでもまだ複雑だ。
「あのさ、さっきは言いすぎた。ごめん」
スミレは子供のように首を横に振る。そして、笑顔を作ると顔をあげて見せてきた。でも、その表情はふわふわしていて、今にも泣き顔に変わりそうだ。
「いいの。私が頑張りたいの。私の事をね、ちゃんと叱ってくれたのは青だけだから。凄く嬉しかった。凄く……大好きになった。だから……」
彼女は立ちあがると背を向けたまま
「お弁当は、もう止めるね。服も、もっと地味にする。私、どうしても、青の一番近くにいたいの」
「あの」
「決めたの!」
俺の言葉を遮ると、振り返った。その顔は、やっぱり笑いながら泣いていて、俺は何も言えなくなる。
「だから、諦めろって……それだけは言わないでね」
「スミレ」
彼女はそう言うと、俺が食べた空の弁当箱を抱え
「嬉しかった。食べてもらえて。戻ろ。みんなに心配かけちゃった」
明るい声でいっそうほほ笑んだ。




