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タイムカプセル  作者: ゆいまる
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桜色の旋風 3

 俺たちは授業を抜けて、桃と藍のアパートに向かっていた。この春から二人は寮を出て、ルームシェアをしている。せっかくの一人暮らしのチャンスなのに…と思うが、彼女らはよほど気が合うらしく、またこの方が安くつくし楽しいから…と一緒に住むことにしたらしい。

「ストーカーって…ほんま?」

「うん…ここ最近ね。桃ちゃんの外出時、必ず黒い帽子の男がつけてくるんですって。つけてくるだけで、何にもしないんだけど、桃…もう怖がっちゃって」

「そっか、ストーカー被害は青だけやなかったんやな」

 蒼汰が腕組みをして、神妙な面持ちを作って頷く。藍は苦笑して

「青くんのストーカーってスミレちゃん?確かに、ラヴラヴ光線出しまくりだもんね」

 やっぱり…藍にもそんな風に見られていたのか…。せっかく、少しは距離を縮められたかと思っていたのに…。

「青くんは気がないの?スミレちゃん、可愛いじゃない」

「馬鹿。趣味じゃない。それに俺は…」

 口が滑りかけて、思わず息をのむ。不思議そうに藍が顔を覗き込むが、顔が赤くなりそうで怖い。

「青は片思い中やもんな〜」

 そこに蒼汰がちゃちゃを入れた。藍ははっとして

「そうだよね。そう…。ところで、青くんの好きな人って…」

「先を急ごう」

 俺は強引に話を打ち切ると、足取りを速めた。そんな俺を蒼汰はのんきに笑って見てる。人の気も知らないで…くそ。

「私。入るよ」

 藍はドアの前でノックすると、そう優しく言ってからドアを開けた。中はカーテンがしかれているのか暗い。

「桃ちゃん、いる?青くん達連れて来たよ?」

「本当?」

 部屋の奥から声がした。そこからのぞいたのは、いつもの明るさがすっかりなりをひそめてしまった桃の顔。

「大丈夫か?」

 声をかけると、桃はこらえていたものを一気に吐き出すように泣きだした。

「青く〜ん。怖かったよ〜」

 駆け寄り抱きついてくる。それは、やっぱり女性というより妹のようで…ただ、俺なんかよりよっぽど深刻な事態何だと感じて、素直に守ってやりたいと思った。

 桃が落ち着くのを待って、俺たち四人は部屋に入った。桃は俺から離れようとせず、怯えた様子が痛々しかった。

「詳しく聞かせてくれるか?」

 今ばかりは真剣な顔で、蒼汰は出されたお茶にも手をつけず、桃の顔を覗き込んだ。

 事の始まりは3日ほど前からだそうだ。サークルの集まりで遅くなった桃は、一人でこのアパートに向かっていたらしい。気配は校門のあたりからあった。ただ、その時は人気も多いし、気のせいかとも思った。万が一何者かでも、駅前を通れば問題ないとふんで、なるべく人ごみの中に進んだんだそうだ。だが、その気配は、桃の歩調に合わせるようについてくる。どんなに人の間を縫っても、店に入って巻こうとしても、その輪郭のはっきりしない影のような気配はずっと桃ときっちり同じ距離をとり…。いい加減、見極めてやろうと振り向いた時、それは消えていた。

 そんな事が次の日も続き、昨日は怖くて藍と帰った。気配は感じず、安心して二人でここに戻って来たとき…

「いたの。そこの電柱の陰に…黒い帽子の男が、じっと…こっちを見てて」

 桃は恐怖に顔を青ざめている。

「警察には?」

 藍は首を横に振った。

「これだけじゃ、何にもできないって。それを聞いて、桃…もう今朝から外に出たくないって」

 そりゃそうだよ。怖い思いをして…かわいそうに。

「じゃ、しばらくは俺と蒼汰で送り迎えするよ。藍にだって危害が及ぶかもしれないし」

「そうしてもらえると、心強いな」

 藍がそう言うと

「なぁに、そんな変態、俺と青でおっぱらったるやん。安心し!そや、今から、皆で出かけよ!ひきこもっとったら、余計気がめいるで!」

 蒼汰の明るい声が飛んだ。こういう時の蒼汰を俺は羨ましく思う。



 俺たちは蒼汰の車で隣町のカラオケまで出かけた。隣町にしたのは…俺の方のストーカーにも見つからないためだ。って言っても、桃に比べればスミレはギャグみたいなもんなんだけど…久しぶりの四人行動はやっぱり楽で、邪魔されたくなかった。

「青くん…ごめんね」

 車の中で後部座席に座った桃は、隣の俺に申し訳なさそうに呟いた。一瞬、藍を気にして助手席を見るが、蒼汰のマシンガントークに笑っている。少しイラッとしたが、藍も藍で緊張していたんだろうし…きっとそんな緊張をほぐせるのは蒼汰のほうが適任なんだろう。

「お前が悪いんじゃない。謝るなよ」

 俺はそう言うと、桃の頭を撫でた。桃は膝の上で手を握りしめ

「でも…青くんの顔見て、ちょっとほっとしたの。来てくれてありがと…」

 そんなの強がりだ。きっと今だって、その形のない影に怯えている。ただ、桃はいつも人と距離をとってばかりの俺に気を使って…

「馬鹿。今は気ぃ使うなって。素直に甘えろよ」

 こんな時まで女の子に気を使われるんじゃ、かえってこっちが情けなくなる。俺はそういうと、あの花火大会の時のように桃のて手を握った。冷たい指先は、少し躊躇っていたが、一度俺の顔を見ると、ゆっくり握り返した。

「今日は、皆で楽しもう」

「うん。青くんの歌、初めてだね」

「俺は歌は…」

「苦手でも歌ってね」

 いつもの明るさが戻りつつあった。俺は苦笑すると肩をすくめた。

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